第27話
『もしもし』
ノイズ交じりの声。
「上島だけど、ごめん。寝てた?」
『いえ。起きていたわ。……何かご用かしら』
「いや、その。話がしたいなあっておもったりして。いやその、今日委員来なかったからさ。元気なら、よかった」
何を言っているんだろう。しっかりしなくては。
電話はそんなにもともと得意ではない。直接会っていても、あんまり上手に話せるほうではないと思っているけれど、やっぱり文字でやり取りした方が、自分の目で気持ちを確認できるから得意かどうかは置いといて、好きだった。けれどこんなに電話で緊張するのは、初めてだった。
『今度、図書便りを発行することになったの。三か月に一回配布する、図書委員の広報誌。貴方にもぜひ手伝ってほしいの』
「わかった、手伝うよ」
そういえば俺は何を伝えようと思って電話したんだったか? 心配するためにだったか? こういう無駄話、黒澤さんはきっと好まないだろう。
『貴方、私に用はそれだけかしら』
「え、あ、いや」
声が裏返る。ざわざわと周りの音が急にうるさく聞こえる。落ち着け、集中しろ。
けれど言葉は出てこない。何を伝えていいのかわからなくて、何も伝えるようなことはないような気がする。この気持ちも。向こうにもノイズばかり聞こえているのか、或は俺の返答を律儀に待ってくれているのかはわからない。信号は青。周りの人に気を使いながら歩く。ああ、どうしてこんなタイミングで連絡しようとしてしまったんだろう。早くも後悔しかけている。
『私、貴方のことが好きよ』
「え」
反射で聞き返す。『聞こえなかったかしら』と、いつも通り平坦な返事。あまりにも自然にさらりと言われたものだから、どういうことかわからない。今なんて言った? あなたのことがすき? 貴方って、誰だ、俺か。「いや、聞こえてる」と返事する。混乱。
『あと、』
「いや、黒澤さん待って」
『何かしら』
「あのさ、……いや、やっぱりいいや」
『そう』
いつも通りの返事。かと思ったが、耳を澄ますと少し語尾が震えていることに気付いた。泣いている、訳はないから緊張のせいだろう。女子に、自分の思い人に、こんな緊張させてどうする。
「明日、ちゃんと話すから!」
横断歩道を渡り終える。『わかったわ』という言葉を聞いて通話を切ると、琢馬は堪えかねたかのように、歩きながら俺のほうを振り返ってガッツポーズを作った。
俺たちは、歩き続ける。
心底10442メートル 亜寿 @AJU_Kmsr
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