第26話

 放課後の始まりを告げるチャイムが鳴って、先生に体調不良を伝えるメールを送る。なんだか熱があるみたいにふらふらして、ずっと同じことを考えているのに考えが纏まらない。苛立ちが募るばかりだ。こんな状態で、本と向き合いたくなかった。

 バスに乗り込んで、窓の外を見つめる。綺麗な青空。雲は見当たらなかった。

(またあのお店に行きたいわ)

 この前華音と行った店。華音が上島君に教えてもらったという店。今から行こうかとも思ったが、やめておこうと自宅付近で下車した。誰のことも考えたくなかった。こんなことも、たまにはあるのかもしれない。以前までは、努力しなくても誰のことも考えずに済んだのに。どうしてこう、心の中をかき乱すのだ。

 そういえば、今日の図書当番は誰がやってくれるのだろう。先生一人きりだったら、悪いな。上島君、来てくれるだろうか。

 部屋に入って私服に着替えて、ベッドサイドに置いた本を取る。けれど、それを読んだのは数行だけ。集中が途切れる。文字が文字として頭に飛び込んで来るような感覚を覚えて眩暈がする。それに抗うことなくしたがって、身体をベッドに預けた。転寝してしまおう。そうやって目を閉じたのが一五時三十五分だった。しかし、瞬きすると時計は十七時過ぎになっている。どうなっているのかわからず上体をあげて窓の外をみると、空は夕焼け色に染まっていた。会社帰りの時間なのか、車の通りも随分と増え、その群れはまるで大型魚みたい。だったらそのあたりを歩いている人間は小さな魚かしら。動き続けないと死んでしまう、と華音は言った。まるで回遊魚の一種のような言い方だったけれど、実際どうしていいのかは分からない。ただ相手と話していたい。それだけ。と自然に思って、思わず呆れた。成程、じっとしていられない。

(電話)

 してしまおうか。言わなきゃいけないことがある。図書便りのこと。今日の当番のこと。

 いいや、言い訳はもうやめた方がいいかもしれない。

 携帯電話を手に取って、電話帳から上島君を探す。発信ボタンを押そうとすると、着信有りの画面に切り替わった。

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