第25話

 十八年生きて初めて、拒絶されることがこんなに苦しいことだと知った。

「ねえねえ聞いて柾ぁ。俺昼休みに黒澤さんに告ったんだけど」

 信号を待ちながらジュースを飲んでいた俺に、琢馬はそう話しかける。「ふん」と生返事を返してから、彼がとんでもないことを口走ったことに気付く。「は?」

「いやだから告ったんだよ」

「はい?」

「耳大丈夫? 耳鼻科行く? いいとこ知ってるよ?」

「お前こそ、」

 頭大丈夫かよ、と言いかけて口を噤む。頭大丈夫はないだろう。どちらかというと頭のねじが最近はじけ飛んでいるのは俺の方だった。そういえば昼休みに、どこにも姿が見えないと思った。全く、華音といいこいつと言い、そして、いや。……何だ最近。告白ラッシュか。

「んで俺振られたんだよね」

「そ、そう」

「んなシリアスになんないでよぉ。俺悲しいの超我慢してんだぜぇ。そんな声出されたら俺泣いちゃうかも」

 うええん、と分かりやすく嘘泣きする。

 本当か嘘かわからない口調だったが、目を見るとその奥は全然笑ってなかった。だから少し心配してやったのに。けれどやはり琢馬はちっとも笑っていない。以前本気でキレた時に、一度だけそういう琢馬を見たことがあった。その時は何の感情もない目をしていたけれど、今回は、少し泣きそうだった。

 それでも俺はあーあ。と心中で溜息を吐く。これで黒澤さんのことを相談できなくなってしまった。俺にとって唯一と言っていい友人だと思っていたのに。俺がどう思っていても。相手がどう思っていても。友達とか彼氏とか彼女とか、そういう言葉でくくるのも感情でくくるのも嫌だけれど、でもこいつは友達で、だったら相談してもいいかな、って考えていたのに。

 これじゃあ本当に孤独だ。ついでに、冷たい。今までずっと気づいていたのに、気付かないふりをして(いや、気付いていたし受け入れていた。けれどそういうキャラクターを演じて、そんな自分も、周りも嫌いな、厭世的な不幸のヒーローに自分を仕立て上げて)いた自分と、一対一で向き合わされることが多くなってきた。

「お前最近黒澤さんに避けられてるだろ」

 図星だった。

「俺マジわかんないんだよな。急で。華音に告られたから、それでそれを断ったから、俺に抗議、してんのかな」

「避けられて、どんなかんじ?」

「わけわかんねえってかんじ。あと、」

「あと?」

「……」

 苦しい。と言うのは恥ずかしくて、俯く代わりにジュースを飲む。ずごごご、と情けない音を立ててパックの中のコーヒー味の空気を吸った。

「いや! いいぞ柾。皆までいうな! 男は背中で語るもんだぜぇ」

「はあ」

「でも珍しいな。普段の柾なら何とも思わないだろ」

「そうでもない」

 嘘だった。

 華音が距離を取ってきたとき、俺は何とも言わなかったし思わなかった。

 黒澤さんは、特別だった。

「行動あるのみだぜ。やらない後悔より、やってから後悔する方がマシだろ?」

「そうかな」

 信号が青になる。人々は動き始める。

 学校帰りの高校生。中学生。小学生。そして買い物に行く主婦や、外回り中の会社員。散歩中の老人。みんな行きたい場所があって、歩く人々だ。

「行こうぜ、ご友人」

 ぼんやり考えていた俺に、琢馬は芝居っぽく、俺に手を差し出す。それを軽く叩いて、俺は肩を並べて歩き出す。いつかは追い越すかもしれない。抜かれるかもしれないけれど。置いて行かれることはないように。置いて行かれても、追いつけるように。見失っても、違う道を進んでも、俺は歩き続ける。

 電話をしよう。今すぐ君の声を聴きたいんだ。やりたいことをして何が悪い。それをいつだってやらないのは俺自身だ。引き金を引くのは、理性と感性に境界を引くのは俺だ。

 まるで動物のよう。

 コール音が耳元で響く。三回目に、彼女は出た。

 もう逃げられない。

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