第12話 目隠し訓練と地下の所見報告

 戦闘訓練の指定日、メズが三人を案内したのは、空き教室であった。

「椅子と机は動くし、多少は壊してもいいぞ。使われてないからな」

「おい親父、質問」

「なんだ?」

「なんでボクまで混ざってんだ?」

「そりゃお前、あれだ、なんか流れで」

「まあいいけど」

 教壇側に立ったメズは、用意しておいたボールを一つずつ、彼らに渡した。

「そのボールは、触ってわかるように柔らかい。おそらくミーシャよりも、サアヤの方が馴染みがあるだろう」

「あら、どうして?」

「ボクの方がおっぱい大きいからな!」

「……………………」

 こいつは敵だと思った。

「さて、今からこのアイウェアで目隠しをしてもらう。視界情報が閉ざされるから、目を閉じなくてもいいが、最初は目を瞑っていた方がいいだろうな。お前らのやることは簡単だ」


 返されたボールを手に取り、それを五つに増やして。


「ボールを避け続けろ」


 渡されたアイウェアをつけると、視界が暗闇に閉ざされた。聞けば、サアヤが開発したものらしい。しかも、昨日言われて作ったようだ。なんという手の早さ。


「内容はわかったけど、これどうすりゃいいんだ?」

「どうって?」

「アドバイスをくれ、教員らしく」

「そうだな。お前らが魔術でやってることの延長――つまりは、空間把握の一種だ。どうであれ、ボールを避ければそれでいい。まずは五個から、始めるぞ」


 ひょいと、ボールを五個、軽く投げれば、それは室内を縦横無尽に跳ねまわった。そういう空間にしているから当然だが、さすがにすぐ回避できるはずがない。


 十五分もすると、なんとなく感覚を掴みだすのだが、ミーシャは途中から動くのを止めて、腕を組んで考え始めた。

 難しいのだ。

 ここのところ術式の研究で空間への作用はいくつか考察していたし、実際に仮組みもできている。その延長で、たとえばこの教室全域を、自分の領域で囲うようにして把握することは、可能だ。

 可能だが、それをやれば机の位置や人がいる場所、それこそ動いて倒れた机の位置も視線を向けずに把握できる――が。

 情報量が多すぎる。

 そもそも、動いているボールの軌道に意識を向けると頭痛がするし、意識を向けて軌道を読んだところで、五つは無理だ。

 ゆえに、方向性は合っていても、やり方が違うはず。


 ラングは複雑に考えることを止めて、揺らぎを感じることにした。

 火とは、熱だ。そして熱とは、温度の差があれば感じられる。だから空気の動き、揺らぎ、そうしたものを感知する。

 全てではなく。

 自分へ向かってくるものだけ。

 ――タイミングと範囲がわからなくて、まだよく当たるが。


 サアヤはよくわからないが、避けている。


 廊下から様子を見ていたメズは、小さく吐息を落として頭を掻いた。

 教えるというのは、なかなか難しい。こうしろと言えば簡単だが、現場でそれは通用しない。自分がどうするか考えて選んだ結果なら、汎用性も高く、調整もできるのだが――それを、覚えるのが難しい。

 いわゆるコツと呼ばれるものだ。


「エーリエ」

「やあ」

 空間転移ステップの初動、三次元軸の指定を掴んで顔を向ければ、外套の端を整えながら、エーリエも大した反応はしなかった。

 気付かれることも、織り込み済みだ。

「へえ? 面白いことをやってるね」

「最初はこのくらいでいいだろう。次に、範囲の維持をさせれば、あとは自然と学習する――はずだ」

「自然体で周辺の察知ができないと、どうしようもないのは確かだね。まあ親父みたいな馬鹿はともかくも」

「あいつはなあ……」

 それこそ、魔力どこから空気の流れまで、どれほど速くても把握する馬鹿なのだ。どうかしている。

「五層か?」

「四層の最奥部に、中継点ポータルが作られていてね。どうも、僕が二階層で作ったものを、調査して作ってくれたんだろう――まったく、ありがたい話だ」

「それで予定より早く戻ってきたのか」

「まあね。ところでメズ、火山帯に生息する、岩みたいなもので頭から背中にかけて覆われた、大きめのトカゲを知ってる?」

「ああ、それはシャッカリザードだな。本来は単独行動をせず、数匹で動く魔物だ」

「なるほどね。門番ポテイロとして召喚されてたよ。遊び心が満載だ。よくある洞窟ってわけじゃない証明でもあるけど」

「支配者か」

「少なくとも、僕の行動を妨害しようって意志は感じないね。ギミックそのものも、面白そうだから――と、僕が感じるのはそのくらいだ」

「そういえば、支配者のいる迷宮は?」

「経験はないね、親父の与太話として聞いてた」

「ああ……」

「――そうか、メズが当時、一緒にいてもおかしくはないね」

「眠ってるのを邪魔すんなと、俺が何度言ったことか……」

「普通、支配者って洞窟や迷宮の奥に引っ込んで、眠ってる存在の方が多いよね。今回はあちらも、まあ僕も、楽しんでいるよ」

「難易度はともかく、全域歩いたか?」

「うん。四層はそれほど広くはなかったけど、位置情報としてはもう、アルケミエリアの外だ。三層でそれは感じたけど、深く広く――確証はないけれど、五層は現状での最大規模になるだろうと、予想してる」

報告書レポートは?」

「適当に書くよ」

「なら先に言っておく。冒険者と騎士学校から、地下迷宮のシミュレートができないか、と打診がきていてな。いわゆる現状の、魔物の映像と戦闘訓練をするシステムの派生だ」

「ああ、そんなのもあったっけ。僕は触れてないけど、つまり疑似的に地下を作りたい?」

「もちろん今すぐじゃないが、情報が欲しいそうだ」

「説明役はメズに任せるけど、僕の視覚情報はある程度、作ってあるから、それを回すよ」

「へえ?」

「報告書の補強になるだろうと、そう思ってね」

「諒解だ。あいつらと、冒険者で慣れた連中とで見るから、休んだらこっちに寄越してくれ」

「映像を組み込む宝石は?」

「学園の備品でも貰っておけ、俺が説明しておく」

「暇があれば、地下で採掘ってのもいいかもね。リーリット鉱石くらいなら、結構な感じで拾えるよ。サイズはまちまち」

鉱石喰いストングーリーもいそうだな……」


 土を食べる大きなミミズ、ギログーリーの亜種で、土よりも鉱石を探すために掘って、鉱石以外を輩出する魔物だ。いわゆる糞のような土が見られるので、発見はそれほど難しくはないが、グーリー系の魔物は場を荒らすので早めに対処した方が良い。

 特に、崩落の危険性がある場所には、よくいる魔物なのだ。


「でもどうだろう、造りはしっかりしてたよ」

「手入れされてると感じたか?」

「いや――ただ、設計はされてると思う」

「設計か」

「理屈に合ってる、理にかなってる。これでメメの存在確率がぐっと上がった」

「支配者の手によるものだとは思わないのか?」

「彼女は気まぐれだよ、中継点を作ったように、楽しんでる。けれど迷宮を創れるほどじゃない」

「つまり、やっぱりメメか」

「うん。――禁忌が、どんなものかは気になるけどね」

「そうだな。いくら危険を伝えられようとも、好奇心に勝るものはない。あとは」


 そう、あとは。

 その好奇心と、捨てられるものが、釣り合うかどうかだけだ。


「ま、とりあえず美味い飯を食べて少し休むよ」

「おう」

「それと、三階層ならきっと、足手まといが三人ばかりいても、余計な動きをしなければメズ一人でも、なんとかなるよ。僕の作った中継点ポータルに戻る用意さえあればね」

「心を折るなら早い方がいい?」

「さあね」


 確かに。

 目標としているものが曖昧なままでは、中途半端になるかと、去っていくエーリエから教室へ視線を向ければ、開始から三十分と少し、だいぶ避けていた。

 彼らは気付いているだろうか。

 今はボールだが、それがどこから出現するのかわからなくて。

 一撃で致命傷になるのが現実なのだと。

 口で言っても、やはり、それは言葉でしかない。


 メズだとて、最初は何度も死にそうになった。


 一時間が経過した時点で、休憩を入れた。カーテンを閉めてうす暗くしておくのは、アイウェアを外した時に、明るすぎるからだ。


 飲み物を用意して渡せば、しばらく無言だったが。


「しんどいぞー……」

 一番避けていたサアヤが、一番最初に弱音だった。

「やっぱ仕事と運動は別物だな!」

「そういう理由かよ」

「なんかほかにあるか? 日頃から動いてるお前らと一緒にすんな」

「……メズ教員」

「ん? なんだミーシャ」

「訓練の意図を読み取ろうとは思っていたけれど、メズ教員はこのくらい、簡単にできるのよね?」

「そりゃな」

「確認だけれど、避け続ければいいのね?」

「そうだ」

「そう……、……ああ、そう、そうね」

 何度も頷き、だからこそか、顔を引きつらせるようにしてから、吐息を落とした。

「――

「おいミーシャ、俺は目の前のことに一杯でそこまで考える余裕はなかったけど、何を納得したんだ?」

「ラング、これが不意打ちを回避するためのものだと、そういう認識はあるわね?」

「まあな。視覚に頼らず、危険に対する察知だろ? 死角からの攻撃への備えだ。つまり、そのくらいしねえと、一撃で死ぬってのが現実――おい、おい、ちょっと待て」

 言葉にしたら、そこに気付けた。

「確認だ、メズさん」

「言ってみろ」

「あんたは、当然のようにできるわけだ。そう言ってた。――そうだ、つまりそいつは、メズさん、あんたは」


 少しだけ、口に出すのが怖くて。

 けれど、ここまできたらもう、確定しているようなものだから。


?」


 メズはその言葉に、苦笑して肩を竦めた。


「不意打ちなんてのは、わからないから不意なんだ。姿を見せる前に察知していることを、態度で出すとお前ら学生は不思議な顔をするが、冒険者にとっては初歩も初歩、状況把握の前にやってることだ」

「つまり、学生程度が踏み込めない領域なのね?」

「お前らはまだ、安全だろう? それでいいし、学生ってのはそうでなくちゃならんとも思う。だがな、経験上、危険な場所に踏み込むからと警戒の度合いを上げるのは、あまり良い方に転ばない。ある程度は常に警戒してるくらいが丁度良いんだよ」

「そう……」

「十五分後に再開だが、もう目隠しはしなくていいぞ」

「なんだよ、最初からそうしろよー」

「最初から目を開けてると、感覚で掴もうとしないだろうが」

「……それもそっか」

「でだ、さっきエーリエが戻ってきてな。地下の映像をあとで貰うつもりだが、検分に付き合うか? 冒険者も一緒だが」

「おう」

「もちろん」

「ボクはどうすっかなー……」

「サアヤ、お前は中継点ポータルの解析をして、帰還術式を作れ」

「はあ? あんなクソみたいなのを?」

「馬鹿、冒険者が使ってるような、エリアの意向がふんだんに含まれてる骨董品じゃなく、進行形で作られた地下にある中継点だ」

「よしやろう」

「即決即断ね……」

「エリアにある帰還用のポイントはもう、調べ尽くしたんだよ、あんなの。クソだぞ、クソ。利権が絡まってて、改良もできねえ」

「ま、今すぐじゃない。連絡するから待ってろ。じゃ、次は十個からな? なんならボールの強度を少しばかり上げてやろう」

「ミーシャのおっぱいくらいか? ――いてえ! お前本気で殴るなよ! ボクは打たれ弱いんだぞ!?」

「うるさい」

「ひいっ、冗談通じないのか……?」


 ともあれ、訓練は再開する。

 じゃれ合っていて、楽しめていれば、まだ大丈夫だ。

 まだここは現場ではなく、学園なのだから、そのくらいの余裕は作ってやりたいと思うのも、過酷さを知っていてこそでもある。

 安全が悪いのではない。

 ただそれがなくなった時に、安全にできるかどうかが、実力なのだ。



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メイズメーカー・地下迷宮の三姉妹・ 雨天紅雨 @utenkoh_601

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