第11話 四階層の門番

 何を目的とするかで、探索の難易度は変わってくる。

 たとえば、これが五階層を目指すだけの探索であったのなら、空気の流れを読みながら歩けば、二日とかからず発見できるだろう。

 しかし、エーリエは直感に従うよりも、四階層をくまなく調査することを選択した。


 理由は多くある。


 まず一つは、十日と少しとはいえ、地上の生活に慣れてしまったこと。探索の途中で、ベッドが恋しくなるようでは話にならない。

 地下の構造を知るのも、理由になる。

 どれだけ深くあるかはわからないが、少なくとも一日と少しで踏破した三階層は、二階層――つまり、アルケミエリアの全域ほどの広さだったが、四階層はそれよりも狭い造りになっている。

 ちなみに、三階層には小さな魔物がおり、数もそれほど多くはなく、罠の類もなかった。四階層への入り口も、やや強い傾斜に階段が作られているだけのもの。自然発生に限りなく近いような階段だった。


 巨大な空間を支えるのに必要なものは、強度だ。


 地上において、建築物を高く設計するのと同じく、地下を掘るのだとて、強度は避けて通れない。洞窟探検には、崩れやすい場所や崩れにくい場所、そうした察知をするのも必要なスキルだ。

 その点、この地下迷宮は崩壊の危険性がほとんどない。壁が崩れる気配しか感じないなら、計算された造りのはず。


 そして、まあ理由の話に戻るのだが、エーリエにとっては対象物の捜索であるため、見落としだけは避けたいのだ。

 広範囲の探査サーチ術式などを使うと、アンチフロッグに邪魔をされるし、大物がそれに気付くと襲撃の可能性が高くなる。


 七割。

 通常を十割とした場合、地下では七割の制限がかかる。

 条件を満たさなくては、常時三割でいなくてはならない。


 慣れていなければ、どんどん体力と気力を奪われ、最後は魔物に喰われて終わる。

 それが、地下の世界だ。


 しかし、四日目にして四階層も調査を終えて、最後の一部屋である。

 実はこの部屋、昨日の段階で発見していたのだが、入らずに素通りした。

 何故って。

 中に魔物が一切いないからだ。


 魔物が近寄らない場所なのである。

 地下を棲家としている存在が近寄らないなら、確実に何かある。


「あるんだけどなあ」


 数日ぶりに声を出す。

 罠だとわかっていても、五階層への入り口はここだ。踏み込むしかない。

 そう思うことが罠かなと、感知キャッチ術式を最大にして中に入った。


 奥の壁が見えるかどうか、つまりかなりの広さがある。三十メートル? あるいはもっと?

 感知したのと、火ではない術式で作った明かりを全方位に飛ばして、区画全域を照らすようにしたのは、同時だった。


 区画把握、強度上昇、隔離、そして召喚。


 隔離の種類が逃げ場を消すのではなく、周囲に影響を与えない――つまり、他区画への影響を妨害する内容であることは、助かったが。

 しかし。


 召喚された魔物は、赤色が目立つ巨大なトカゲであった。


「う、ううん……? 地上の魔物を呼んだ? つまり門番ポテイロ?」


 派手な仕掛けギミックだ。

 ――嫌いじゃない。


 この広い空間の中において、そのトカゲはかなりの圧迫感を与えてくる。

 全長、おおよそ7メートル。胴体と尻尾の長さは、7対3くらいか。完全に腹を地面につけており、顔もひらたい――が。

 頭頂部のあたりから背中にかけて、ごつごつとした岩がついている。

 肌の表面が赤い。


 そして、熱をまとっている。


 まずいな、と思ったら、口が膨らんだ。


「――だろうね!」


 さすがに予備動作を見て、機先を封じるのは、初見では困難だ。空間の半分を埋め尽くす炎を、尻尾側に迂回するよう走って回避する。

 間違いない。

 火山帯に生息する魔物だ。

 残念ながら地上に詳しくないエーリエは、それがシャッカリザードと呼ばれていることは知らない。


 振り向く時間が数秒、その間に接敵し、上空から打撃を素直に叩き込んだ。


 エーリエが扱う体術において、拳を握ることは、ない。

 破壊だろうが衝撃を通す技術だろうが、全て手のひらで行う。ただし、指の関節を曲げることはある――が、それでも、手の外側は使わず、内側のみが相手へ触れる。


 硬い。

 区画内部が振動したのは、腹ばいになっているため、衝撃が地面へ吸収されたからだ。

 あと、熱い。それなりに熱い。


 いろいろと考えた結論は、大きくてもトカゲはトカゲ。それなら洞窟でよく見かける連中の特性を思い出せば良い――それだけだった。

 安直とは言うなかれ、世の中そんなものだ。

 とはいえ、、というのが一番厄介だ。何しろ、シャッカリザードは間違いなく大きいのだから。


 火を吐くのはいただけない。ただでさえ酸素濃度が低いのに、燃焼で消費されるのはまったく嬉しくない。


 本当は、あっさり討伐する方法をエーリエは持っていた。

 空間転移ステップだ。


 これは移動に使われると思いがちだが、戦闘において最大効力を発揮する。

 背後や死角への移動が一瞬で可能だから? ――まさか、そんなものは何の優位性にもならない。一流と呼ばれる連中は、そもそも相手の移動なんか気に留めないし、目で追えなくなって消えたからといって、慌てたりもしない。

 一瞬で移動して? そこから、攻撃しようとする、その行動を止めればいいだけだろう?


 移動そのものに、注意を向けなくとも。

 殴ろうとする相手を止めるだけでいい。


 それを知っている連中なら、空間転移と聞いて、すぐ嫌な顔をする。

 危険性を悟るからだ。


 物質の転移である。


 三次元軸を指定し、その場所に移動する術式であるのなら――そこらで拾った石、小さなナイフ、そうしたものを、


 しかし、あまり使いたくない。

 それはこの迷宮にいる相手に対して、手札を見せたくないからだ。

 間違いなく対策されるだろうから。


「ということで、ちょっと乱暴にいくよ?」


 そこからは、打撃の連続だった。

 足技はほとんどない。故にそれは、両手を使った格闘術。衝撃の制御もそれとなく、本質は柔術に似た、相手の力の利用。

 ――それでいて、乱暴さが混じる攻撃。


 結果だけ言えば、シャッカリザードはその巨体で、エーリエの打撃を受けて跳ねまわった。速度と手数でおされ、巨体であるが故に何もできない。せいぜい、強引に躰を回転させて尻尾を振り回すくらいなものだ。

 それもそうだろう。

 エーリエは、火を吐かれないことを中心に攻撃を組み立てていたから。


 そして。

 シャッカリザードの頭頂部にある岩が四つ砕けたところで、相手は動きを止めた。

 おそらく脳に直結する部分が砕けた振動で、気絶したのだろう。その瞬間に、帰還術式が作動して、姿を消した。

 気絶か。

 それとも、殺したのかは、さすがにわからなかった。


「ふう……」


 額から流れる汗は、熱さだけではない。運動量はちょっと多めかと思えば、奥の地面から地下へ向かう階段が出現する。これは二階層にあったものと同様で、手入れされた階段だ。

 さて、どうしようか。

 そう考えていたら背後、区画の中央から周辺へ魔力波動シグナルが広がり、警戒しつつ振り向けば。


 そこに。

 2メートルはある猫の彫刻が出現していた。


 まるで氷か、水晶のような色合いで作られた彫刻からは、罠の気配がない。むしろそれは、転移系の術式に見られる、馴染みのある構成が感じられ。

 近づいて、理解する。


 ――中継点ポータルだ。


 しかも汎用性の高い、つまりエーリエが作ったような個人を対象としたものではなく、複数人が利用可能な、そう。

 これは。

 帰還術式で使われる中継点の、より完成度の高いものだ。


「至れり尽くせり、か。門番ポテイロを倒した褒美?」


 ならば、次にきた時もここに魔物はいないのか。

 探索の効率化を、わざわざしてくれているだなんて――遊び心が満載だ。


 小さく肩を竦めたエーリエは、彫刻に触れて中継点として登録しておく。

 さて。

 せっかくの気遣いだ、五日ぶりに地上へ戻ろう。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る