第10話 魔術の勉強・ゼロから作る魔術構成
呼び出されたのは授業中の食堂である。
ラングもミーシャも、特別クラスなので自己学習の時間ならば構わないし、食堂なら人も少ないのでいいのだが、てっきり訓練場かと思っていたのが肩透かしだったのは確かで。
焦っても仕方ないと、ミーシャは言い聞かせるよう目を瞑ってから、改めてメズの言葉に耳を傾ける。
「おおよそ、エーリエが四階層を突破して五階層へ向かうまで、五日くらいなものだろう。お前らが地下に潜れるようになるまで、どのくらいの日数を考えている?」
「一ヶ月――なんてことは、考えちゃいねえよ」
「最短で半年ね」
「最短、ね。まあいい、ともあれ許可も出たし方針も決まった。俺は体術をメインに教えてやる。避けきれない戦闘はあるからな。それと地下迷宮に関するデータは、俺がまとめてデジタル式で送ってやるから、暇がある時に読め。ここらは記憶だ」
「面白い読み物は期待しないわよ」
「俺も感想文は期待しないでおく。随時、戦闘訓練を終えてから質問は受け付けるし、たまにエーリエが戻った時に聞くのもいいだろう。そして魔術に関して、課題を二つ出す」
「二つ?」
「そう、二つだ。まず一つは、帰還術式の基本でもある
「格納倉庫? 聞いたことないけれど」
「観察が甘いな。エーリエがどうして、大した荷物も持たず、地下に潜ることができるのか、そのあたりから探りを入れろよ。扱いは人によってそれぞれだが、いわゆる自分に追随する倉庫を作っている」
メズはあえて、右側に手を伸ばすと、そこから剣を引き抜いた。
「今は、空間ごと移動させて右側にしたが、普段は腰の付近にある。剣なんて使わないが、一本くらいはあるからな、わかりやすいだろ」
「呼び寄せたとか、引き寄せたんじゃねえのか……」
「リュックから荷物を取り出すのと同じだ」
ひょいと放り投げただけで、それは空間の中に収納された。
「冒険者みたいにパーティを組んでいく場所じゃない。複数人の場合でも、自分一人で解決できなきゃ、すぐ駄目になる。せいぜい、心細さを誤魔化すくらいの相手でいい。しかし、そうは言っても、研究しろと言ってできるものでもないだろう」
「そうね」
「できるなら、冒険者全員が使えても、おかしくねえもんな」
「というわけで移動だ。魔術の講師を紹介してやろう」
そうして、彼らは一度外に出た。
ラングに言わせれば、メズだとて相当な魔術師だ。教えることと、できることは別物だとよく聞くが、それでも充分にメズは詳しい。
本当にどういう経歴なのか、調べたくなるほどだ。
寮で同室であるラングは、エーリエからもそれは聞いていた。
おそらく、魔術のみの場合、錬度はメズの方が上だろう、と。総合力なら差はほぼないはずだ、とも。
正面入り口、噴水のベンチまで行くと――そこに、ミーシャより少し背の高い、つまり平均よりは低いのだけれど、数値を出すとかなり怒るので割愛するとして。
そこにいたのは、ツナギ姿の少女であった。
「おせーぞ、親父」
「おう、すまんな」
「――親子!?」
「どうしてそこでラング、お前が驚くんだ……?」
「実際に血は繋がってねーよ、ボクが拾われたんだ。サアヤ、よろしく。技術開発学科の末席だ」
「腕はあるんだが、マジで興味あることしかやらんからなあ……」
「うっせ、だから興味ある迷宮探索の関係で呼んだんだろ?」
「まあいい、元気そうで何よりだ。話は通してあるから、こいつらをアクアさんとこに案内してやってくれ」
「親父は?」
「お仕事」
じゃあ頼んだと、メズはきた道を戻り、とりあえずと名前の交換をする。
それからすぐ移動を開始した先にあったのは、あの屋敷である。
「うお……マジか」
「私は二度目ね」
「ちょっとした仕組みがあるんだぞ、ここ。今回は招かれてるから大丈夫だ、とっとと行くぞ。どうせ中まで入らねえ」
「お前は慣れてんのか?」
「内緒だ」
そうして、かつてミーシャが見た通り。
庭で侍女が待っていた。
青色の宝石を持った、侍女服の彼女が、庭に円形テーブルと椅子を用意して、パラソルまで立てて。
「あら、いらっしゃいませ、お客様」
「きたぞー」
「あら、サアヤ様と、そちらはミーシャ様ですか。では、ラング様ですね?」
「お、おう、そうです」
「なに動揺してんのこの男は……」
「いや戸惑うだろ、普通に。じゃあ、あなたがここの管理人?」
「はい。丁寧な言葉を使わなくても結構ですよ、それ以上に集中すべきこともありますので」
それぞれが席に座り、彼女――アクアは紅茶と、茶菓子、それからメモ帳とペンを用意した。
「さて、メズリス様から聞いている限りだと、
「はい。それと
「空間に作用する点では類似部分もありますが、別物と捉えた方が良いでしょう」
「おーい、悪いけど、眠くなりそうだからアクアさん、理屈くれ」
「サアヤ様、落ち着きはどうしました?」
「今朝の便所で一緒に流れた」
「女子力は?」
「顔洗った時に落ちた!」
すがすがしいほどの言い分である。
「わかりました、ではサアヤ様は少し離れたところでどうぞ」
「おー、いいぞ。それで?」
「空間転移の基本は、距離の誤魔化しです。この場合、障害物を迂回するか、直通するかで内容も少し変わりますが、定義を重ねることで目的地と現在地を
「――なるほど? じゃ、ちょっと作ってみるから、そっちやっててくれ」
紅茶を片手に立ち上がったサアヤは、クッキーを口の中に放り込み、少し離れた場所に移動して展開式から術式の構成を組み立て始めた。
「すげえな……」
「あの方は、作り出すことに傾倒していますから。
「おう、そうだった。そもそも、構成を作るって、どういうことなんだ?」
「あるいは術式を作る、ね」
どちらも、学園で習う内容だ。もちろん、当たり前の意味として、二人はわかっている。
――ただし。
それは、既存の術式の派生形だ。
原型のあるものを、変えているに過ぎない。そして、それこそが魔術の基本でもある。
術式を。
「しかし、それで構いませんよ。ただし、一部分を抜き取ること。たとえば――ラング様はともかく、ミーシャ様。火を術式で作れますか」
「ええ、小さいものなら」
「はい。魔術とは、構成から具現の流れになりますが、具現させたものは現象であっても、具現させるのは構成です。では、その火の術式が具現しているのは、どこですか」
「現実――」
「その中でも、空間に何かしら作用してるってことか?」
「はい、着眼点はそこです。では考えてください、自分が扱える術式の中で、空間の把握に一部分でも触れているものが、どれだけあって、そして構成のどの部分でしょう。まずはその抜き出しからです」
「ちょっと待って。作業自体に疑問はないけれど、かなりの数になる場合、どう記憶すればいいの?」
「お、おう、確かにそれな。似たようなものになりそうだし」
「構成そのものを保持――は、まだできませんね。魔術師とは、本来、こうした研究のためのやり方さえ、覚えて学ぶものですよ。そうですね、最初ですから、メモを使ってください。すべてを記す必要はありません、速記と似たようなものです。自分の記憶と繋がる何かを書いておけば構いません」
「やってみる」
「わかったけれど……これ、学園じゃ一切教えないわよね」
「あちらは、大多数へ向けての授業ですから」
席を立った二人は、距離をあけて自分の展開式を作り、抽出作業へ入る。
「おうい、アクアー」
「はい、どうしました、サアヤ様」
「障害物の設定な、これな! 結果が同じになるぞ! 高さ指定を誤魔化すために補正入れるの面倒で、障害物ぶっとばしたら、直進でもいけるのなー」
「魔術用語としては、障害物を通り抜けるタイプを曲線運動、迂回する場合を直線運動と、逆に捉えます」
「――ってことはあれか? 障害物があることを前提にして、歩くだけで到着するなら直線、障害物をどうにかするって回り道があるから、曲線ってことか?」
「はい」
「なるほどなー。……で、これ何に使うんだ」
本気で首を傾げるのが、このサアヤという女である。
「まあいいや。そんで
「まったく、仕方ないですねえ……」
教えがいがない、とも思うけれど。
まずは作ってから――それが、いわゆる技術屋の特徴なのだ。
そして、作ってからが重要であることも、彼女はよくわかっている。
――はずだ。
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