第9話 いささか乱暴で面倒な顔合わせ
呼び出されて向かった先は学園の会議室であり、念のためノックをして中に入れば、先に五人は集まっていた。
見知った顔はメズだけ。
しかし、だいたい見ればわかる。
「やあ、代表が揃っていると考えていいのかな? そっちの女性は、エリアの代表で、そこの甘ちゃんが暗部代表――」
「あ?」
「そっちが、騎士学校の代表かな、消去法だけど。メズは学園の代表で、そっちが冒険者の代表ってところか。話の内容も、だいたい察してるから、先に言っておくけれど、探索を止めるつもりはない」
肩を竦めたエーリエは、座ろうともせず、後ろから入ってきた追加の人員が、暗部の人間であることに気付きながらも、視線を冒険者代表へ向けた。
「エーリエだ、よろしく」
「おう。こっちは代表の一人でしかないからな、そこらへんは配慮してくれ。俺だって外で死ねば何もできん」
「だろうね。要求は?」
「正直に言って、地下を専門にしている物好きは、それほど多くない。ただ探索に前向きな連中はいるだろう」
「ネタバレはどの程度聞く?」
「現状で話せる範囲なら、俺は聞こう」
「まあ慣れてる連中は知ってるはずだけど、魔術素材はそれなりにあるよ。
「出土品は?」
「支配者の存在は確認してるから、あるにはあるし、僕の目的はそこだ。まあ、騒ぎになるようなものじゃあないよ。実際に探索速度で負けるつもりはないし、目的の共有もいずれしてもいいと考えてる」
「まあ見つけた野郎のものだよな、基本は。しかしこっちは、二階層で入り口を探すところからスタートだ」
「そうなるね」
「三階層は見てきたんだろう? 魔物が上がってくる気配はあるか?」
「現状は結界もあるから、二階層に上がることはないよ。最悪でも、地表に出ることはないと考えてる。学園が訓練場として使えるかどうかは、……多少刺激があっていいかもしれないね」
「はは、まったくだ。――あまり立ち入られたくはないから、情報は伏せたままか?」
「言葉だけで聞いて、調査隊を組もうなんて言いだすクソ間抜けが、そこにいるからね」
そうして、躰ごと動かして、残った三人を見る。
「やあ間抜け諸君、いつまで座っているのか知らないけれど、僕が君たちに要求することはない。邪魔をするなら敵として排除するし、そうじゃないなら黙って見ていろ」
「――言うじゃねえか、ガキが」
「行政なんてものに興味はないんだよ、
「危険な思考だな、それこそ無視はできない」
「わかった」
頷いた瞬間、エーリエは踏み込んでいた。
四角形に配置されたパイプテーブルを飛び越え、座ったキイチの背後に回り込み、頭を掴むまでで一秒とかからず、そのまま叩きつけてテーブルを折った。
轟音。
「なんだ、テーブルとサンドイッチして頭を潰せばいいのに」
呑気に呟いた冒険者代表は、煙草に火を点ける余裕もある――が、視線だけはそらさない。
「おい寝るな間抜け、どうした」
頭を掴んだまま引き起こし、左手の小指を無造作に折れば。
「ぎっ――」
悲鳴はそこまで、続かない。我慢するのは良いことだ。
「格付けは最初にしておくのが動物の流儀だったね。聞こえるかクソ野郎、初対面の前に対策もせず顔を見せる間抜けが、偉そうにするなよ。なあに、安心しろ、お前を殺すのは最後だ。二日あれば、こっちからお前の部下を探し出して、部屋を首だけで一杯にしてやれる」
聞いているのかと、左の手首を掴み、そのまま力を入れれば――骨が軋む。
「冒険者を舐めるな、若造。連中はただ、やらないだけだ。僕はやるぞ」
「――来るな!」
その声は。
ようやく現状の理解に至った入り口付近の男が、こちらに踏み込もうとするのを制するものだった。
「そうだ、それでいい。なんだ、ちゃんと身内を守るくらいのことはできるじゃないか。少しはマシなクソッタレだな。まあ君も、いろいろ事情があるんだろう。だから、関わるなキイチ。何かあったら僕が顔を出して、ちゃんとお願いするよ」
そう言って、エーリエは両手を離した。
「以上だ、もう帰っていいよ。お大事に」
何事のなかったよう、軽く背中を押して出口の方へ誘う姿を見て、冒険者代表は、おいとメズに声をかける。
「おいメズさん、あいつ相当だろ。いざって時にどうにかできるのか?」
「さあなあ。だが勘違いするなよ? 現役だったら俺の方が上だぞ」
「お前ね……あんたと同レベルってこた、このエリアで立ち向かえる馬鹿はいねえってことだろうが」
「そんなことは知らん。知らんが、魔術師としては負けてるつもりはない。体術じゃちょっと現役の俺でも相手にならんな」
「あんた体術だけでいけるじゃねえか……」
好き勝手に話してるなあと思いながら、今度は。
「次は君だ、騎士学校代表。何かあるかな」
「うちの人員を、探索に参加させたい」
「人員というと、生徒になるのかな? 冗談ではなく、死亡同意書にサインをする程度じゃ済まないよ? 君は冒険者ではないようだ」
「ああ、そうか。騎士学校の大半は、エリア治安維持隊へ就職することが多く、冒険者になるのはわずかだ」
「へえ、そうだったんだ」
「言っておくが、それは魔術学園も同様だ。エリアの安全性という点から、ある程度の――まあ、武力と言ってもいいか、そうしたものは必要だ。一般就職の場合であってもな」
「なるほどね。暗部に関してもそうだけど、君たちはもう少し、冒険者って連中の情報を集めるべきだよ。わからなくもないんだ、冒険者はあまりエリア内部に関わりたがらないだろうし」
そもそも、戦闘能力のレベルが違う。
加えて、エリアの外に目的を求める彼らは、積極的に内部へ関わろうとはしない。
「だから簡単に教えてあげよう。冒険者であっても、まず、洞窟の内部に足を踏み入れようとはしない」
「何故だ?」
「危険すぎるからだよ。理由は後で詳しく調査して欲しいところだけど、パーティで向かえば死亡率は跳ね上がるし、二人くらいが丁度良いとは思うけれど、それも錬度があってこそだ。役割分担なんて考えた時点で終わる」
「一般的には九割死ぬってのが通説だ。確かめようと思う馬鹿はいねえよ……いや、いるにはいるんだが」
「しかしお前は行ける。そうだな?」
「僕を学生として見るから、奇妙に思えるかもしれないけど、実際に僕は詳しいからね。相手が生徒じゃ、好きにしろとは言えないよ。それによる
「そうか。今まで通り、地下二階層までの訓練利用に関して、お前はどう考える?」
「冒険者の定期巡回は必要かな。それと、好奇心を殺すために、本気で死ぬことを伝えておいて欲しい。その上で、適度な緊張感が持てれば、大丈夫だろう。危険があるなら、事前に連絡をするよ」
「わかった」
ならば残るは一つだ。
「ということで、階層の広さや魔物の数なんかは、戻るたびに
言えば、彼女は眉間をほぐしていた手を止め、眼鏡を改めてかけた。
「ほかの議員への説明に関して、より良い情報はありますか」
「ああうん、クソ面倒なことをどうも……」
「それをやるのは私なんですが?」
「はいはい。まずは僕の危険性を教えること」
「おう、二割くらい誇張してもいいぞ? たぶんそんくれえが丁度良いくらいだ」
「あなたは気楽ですね?」
「俺は関係ねえから」
どうやら冒険者代表とは、知り合いらしい。
「で、それを脅しとしながらも、そんな僕じゃなきゃ地下の探索なんてできないことを教える。すると笑われるから、事前に用意しておいた死亡同意書を見せて、案内するから行って来いと伝えるといい。そこからがスタートだ」
「なるほど。基本的に他勢力が関与できないことを前提に、冒険者だけが入れる状況はどうしますか」
「冒険者が何人、出入りしているのかを、そちらで把握したらどうかな?」
「五人がせいぜいだ。――今のところは、な」
「では探索の結果、エリアに与える危険性に関して」
「その危険性は今までと何も変わらないよ。魔物が溢れるなら、いつかなっただろう。それがわかるようになっただけマシだ」
「もう一つ。あなたが地下迷宮に挑むに当たって、正当性のある理由は?」
「そうだね」
あるには、ある。
あるが。
「教えてもいいけれど、今すぐにでも迷宮の攻略をして、死者を増やす真似だけはしないでくれよ?」
「聞きましょう」
「地下迷宮ではスライドが存在しない」
そもそも、スライドとはどういう現象なのか。
エリアの外で活動する冒険者にとっては慣れたものだが、予期せず、今立っている場所が変わってしまう。
それこそ雪のエリアで魔物との戦闘中、いきなり火山帯に周囲の景色が変わってしまうこともある。
何よりも。
エリアの開拓、外の世界の探索を妨害しているのが、これだ。
地図を描こうにも、常にころころと変わるから、場面に対処するのが先で、そこがどこなのか、わからない。
「理由は聞かないでくれ、僕もまだ予想段階だ。けれど事実だよ、メズも知っている」
「保証しよう」
「けれど、今までの話を聞いていれば、わかるね?」
「――その情報に飛びついて、探索を進められるほどの錬度がない、ですね」
「死体が増えれば、魔物も増えるし、危険度は上がる。それこそ、人間の味を覚えると厄介だ。僕の目的が終えたあとなら、ご自由に」
「ご冗談を。では、魔術学園、および騎士学校にて、地下探索を目的とした学部を立ち上げるのはどうでしょう」
「うちとしては構わん……が」
「こっちも文句はないが、教えられる人間がいないな」
「メズさん、あなたはどうなんですか」
「悪いが、俺は学生を二人、集中的に教えなくちゃいけなくてな。そもそも大勢を見られるとは思っていないし、さっきも言ったが地下ではソロが基本だ。三人で入っても、役割分担をするようじゃ、すぐ死ぬ」
「では冒険者代表、ガイドラインの作成を仕事として頼めますか」
「そりゃ仕事なら頼まれてもみるが、探索の果てに何もなかったって結論が落ちてることを、前提にしとけよ。冒険ってのはそういうものだ」
「わかりました。では――エーリエさん」
「うん?」
「議会に通しておきますので、結果が出るまではこっそりお願いします」
「ああうん、君がとても賢明であることに、僕は手を叩きたい気分だ」
「それはどうも。私への直通連絡先も渡しておきますので、――拒否しないように」
「見ての通り、交渉ごとは苦手なんだけど、そのくらいなら」
「暗部への保証はこちらからしておきます。――よく使っている馬鹿がいるので」
「なんだ、じゃあそいつを殺すのが先か。情報ありがとう」
「どうも。では解散にしましょう、お疲れ様でした」
「ん……」
エリア代表と騎士学校代表が出ていき、エーリエは吐息を落として肩の力を抜いた。
「ああ疲れた、面倒なことはするもんじゃないね。全部敵に回ってくれれば早いのにと、来る前は思っていたんだけど」
「そう簡単に物事は動かねえよ」
「まったくだ。それでメズ、ミーシャとラングは?」
「これから徹底して、お前が目的を達成するまでには、三階層を踏破できりゃいいな」
「また先が長い話だねえ」
「一足飛びだと死ぬからな。で? お前は本当に興味がないのか?」
「俺? ……興味はあるが、若い時ほど踏み込みが強くいけなくてな。そろそろ、ほかの育成に回ろうかと、そう考えてもいる」
「俺みたいに負傷引退でもなし、まだ三十半ばだろ、お前さんは」
「責任ってやつが足を重くするんだよ。うし、じゃあ適当に情報を流しにいく――が、エーリエ」
「うん?」
「お前のことは、どのくらいの情報量にしておく?」
「注目されるのには慣れてないけど、面倒が起きない程度なら、構わないよ」
笑って、エーリエは言う。
「僕が屋敷の管理人に依頼された――と、そこまで言わなければ」
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