第8話 地下にある迷宮の様子
丁寧に作られた階段を下りた先にある広間に入り、真っ先にラングが感じたのは、ざわめきだった。
騒がしい? ――いや、そうではない。
「なんだ、生き物が動いてる感じか……?」
呟くような声は、音を立てない配慮だが、周囲に視線を投げたメズは、入り口広間には軽い結界が張ってあることに気付く。
狭い、と言うべきだろうか。
それこそ、二十畳と少しの広さはあるのだから、充分だとも言える。
「エーリエ、
「何度かあるよ、討伐経験は一度だけ。遭遇するたびに、次はご免だと心に強く誓うんだけどね」
「なら、こっちはこっちでやる」
「そう? じゃあ頼むよ。遅くても明日には戻るつもりだから」
「おう」
道は三つ、エーリエは迷わず一番細い通路へ向かった。
広い通路も、狭い通路も、対応が変わるだけで、危険性の度合いなんてものはそう変わらない。
狭いことの利点は、魔物の挟撃が低いこと。ただし、可能性はゼロではないし、仮に挟撃になってしまえば、途端に不利へと転落もする。
逆に広い通路では、可能性が高くなるわけだが、いずれにしても、対策をしているかどうかだ。
冷たさを感じる。
逆に、暑さを感じるのは危険の兆候でもある。
――さて。
魔物の気配を感じるのは当然として、どうすべきか。
「どうすべきって……どういうことだ? 魔物の相手だろ?」
「普通は戦闘よね?」
「まあ学生らしい反応だな。冒険者になって一番最初に現地で教わることでもあるんだが――そうだな、じゃあこうしよう。街に魔物が出現した、どうする?」
「それこそ討伐だろ」
「被害が出る前提での対処」
「そう、それでいい。いいか、魔物にだって意思はあるし、中型以上の魔物には人間よりも高度な思考を持つ場合もある上に、最上級のあたりになると、既にそいつは人型の魔物なんだが――人間のエリアに魔物が来たら討伐するのに、魔物のエリアに入った人間が討伐されない理由はあるか?」
「そりゃ……」
「――場を荒らしているのは、人間なの?」
「その人間が刃物を出して、敵意を見せれば、戦闘になるのは当然だ。――だから、冒険者は魔物を避ける。遭遇しても、七割の状況において戦闘を仕掛けない。となると、見つからないことが第一なんだが……」
「隠蔽系の術式はどうだ」
「
「隠れるのはわかるけれど……」
「上手くやるって、危険度が高すぎないか?」
「リスク分散だな。隠れるのはわかると言ったがミーシャ、それは隠れきれなかった場合の危険性を考慮してのことか?」
「――それは」
「仮に隠蔽術式で移動したとして、それが切れた瞬間に全てが敵に回るぞ? 部屋の中で泥棒を見つけたのと同じだ」
「そのたとえはよくわからない」
「そりゃすまん」
「最初から姿を見せていっても、敵意をぶつけられないのか?」
「ぶつけられるさ」
細い通路に分岐がないのは良いことだと、次の広間に顔を見せれば、小型の魔物がちらほらと。
「お、やっぱりいたなー、アンチフロッグめ。味はイマイチなくせに……」
上の階が土とコケだけなら、地下三階層は大きく変化している。水が流れる音、小川や池、コケ以外の植物。
注意点は足元よりも天井をよく見ること。
何より、奇襲が怖い。
30センチはあるアンチフロッグの隅を通り抜ける。基本的に無条件で敵意を向けない魔物に対しては、自然体で構わない。
縄張りに入らないことを心掛けながら、まずは躰を慣らすための調査だ。
「魔物が見せたのが、敵意なのか警戒なのか、その見極めは重要だ」
「敵意なら戦闘?」
「ほぼな。だが警戒なら、そりゃこっちが悪い。縄張りに入ったってことだからな」
「魔物を知っているかどうかに直結する問題よね?」
「そうだ。そして――地下の魔物は、おおよそ地上の魔物とは別物だ」
一歩、動くにも気を遣わなくてはならない。
できるだけ足跡を作らないように。それを発見された時は警戒されるし、次に来た時に待ち構えられている場合もある。
魔物の巣、という感じは、まだない。
「食料よし、水場もよし、崩壊の危険性も低い……なんというか」
地下迷宮、だ。
洞窟ではない。
やはりメメ――メイズメーカーがいる。
自然発生的に生み出される洞窟とは違っていて。
ここは、明らかに造られている。
研究対象としては興味深くもあるが、エーリエの目的は別のところにあるので、それが落ち着いてからだ。
脳内でマッピングをしながら、次の分岐は大きい通路へ。選択基準に、傾斜の有無も含まれるが、まだまだ入り口なので、複雑なギミックはない。
ないが――。
支配者がいるなら、話は別だ。
「ま、俗称だな。支配者ってのは、迷宮の一部を自分のものとしてる存在のことだ。それは人かもしれないし、魔物かもしれない。言葉が作れるかどうかってよりも、支配しているかどうか、そこを指す」
「そりゃ外のエリアでいうところの、支配の領域か? でけえ魔物が占有してるっていうか」
「似たようなものだ。この場合、中型以上の魔物は連携することもあるし、地形そのものに罠を潜ませることもある。意図的に、突破を許さない状況を作り出すわけだ」
「ダンジョンじゃねえか……」
「迷宮なんて、そんなもんだろ」
「じゃあ
「そっちは洞窟にも、ある一定の規模を越えた地下になら、どこにでもいる。
「――え? 魔物を、狩る?」
「人間も刈るけどな。メメはともかく」
「なんだそれ」
「後で説明してやる。まあともかく、一番出逢いたくない手合いだ。倒せば得物を拾えるし、かなりの業物で人間が作るには難しい代物でもある――が」
「エーリエが一度、討伐したと言ってたわね」
「はっきり言って最悪だぞ。ここの地形だと、上階に逃げるくらいじゃないと追ってくる。常時、
「……え? それ、どうやって討伐なんてするの?」
「方法やセオリーなんて、ねえよ。全力戦闘の中で探すしかない。まあ九割がた、全力逃走になるんだけどな。だがそれでも、逃げられない場合は存在する」
厳密に言うなら、逃げることよりも立ち向かう方がメリットのある場合、だろう。
エーリエの行動指針はそこだ。
つまり、そんな場合が作られないようにする。
逃げた方が良い状況を常に続けられるよう、波風を立てない。
「立てないけど、君たちは本当にどこにでもいるよね……?」
肌の表面がやや緑がかった蛇が、こちらの熱を感知して噛みついてきたので、その前に首を掴むよう止めたのだが、そのまま右腕に絡みついてくる。
尻尾の先が、からからと音を立てて警戒を示していた。
カミツキヘビ、なんて呼ばれているけれど、洞窟を棲家にするありふれた蛇だ。腹いせによく食べた。
ちなみに擬態させると、かなり高レベルで、よく初心者が噛まれて毒で死にそうになっている。
群れにならないのが、良いのか悪いのか、それは定かではない。
「ともかく、お前らは知らないことばかりだ。何なら、試しに隣に移動してみるか? 視線を向けただけで飛びかかってくる蜘蛛や、熱感知を持つ蛇、行動阻害するコウモリに、音を喰うネズミ――」
「やめとく」
「お、おう、上に戻ろうぜ?」
「――ちなみに、脅して言ってるわけじゃないからな」
「エーリエとメズ教員は、経験があるのね?」
「生活のメインにしていた。――洞窟に潜ることが、な」
そう、エーリエとメズにとって、それは生活だった。
潜るというより、洞窟で暮らしていたと言っても過言ではない。
「外はつまんね。――知ってることばっかだ」
そんなことを平然と言う、男と一緒だったからだ。
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