第7話 地下迷宮の入り口開通

 洞窟を含めた地下において重要なのは、やや高い湿度と、低い温度。それによって育つコケだ。その特有のコケが酸素を生成しているのである。

 その区画には、コケが妙に多いと、そう感じたのもそうだが。

 何より。


「さっきと同じ場所だろ……?」


 違うのは、わかっている。何しろコケが多い。

 先ほど休憩していた場所を出て、次の広間を左に曲がって、更にもう一度左に曲がって、とどめとばかりに左に曲がった先がここである。

 どう考えても一周してきたとしか思えない。


「――はは、錠前か、いいね。解除してみろと言わんばかりの挑戦は嫌いじゃない。メズ、説明は頼んだ。僕はこっちに集中するよ」

「おう」


 嬉しそうに。

 今まで見たことがないほど子供じみた笑みを浮かべたエーリエは、中央付近をぐるりと回りながら、いくつかの術陣を展開し、その中で構成を展開式にして作業を開始した。

 メズは座るよう指示を出す。


「移動するなよ。通路から出ると戻れなくなる」

「――ここ、メズ教員は知ってたのね?」

「まあな。三階層への錠前も確認済み。ただし、報告は一切していない。ここへ来るのは限られるし、俺自身が行く理由もなかったからな」

「そう……」

「違う場所だよな、ここ」

「そうだ。これはよくある迷宮の罠でな、ムーブフォレストが似たようなことをする」

「移動する森ね」

「曲がり角に来るたびに、周辺の地形を変える森だったか」

空間転移ステップの応用だ。外のエリアが区画ごとに移動スライドするって聞いてるだろ? それと同じようなことをするんだよ。いわゆるスライドパズルだが、動かし方は自由だ」

「じゃあ、タイミングなのか?」

「基本はな。だから、よほどの幸運ラッキーか、不運アンラッキーじゃなきゃここには来れない。俺やエーリエみたいに、そのタイミングってやつを、こっちから干渉しない限りはな」

「また空間転移……どういう理屈なの? 当たり前のようにできるものじゃないでしょう?」

「しばらく時間もかかるだろうし、おさらいだ。そもそも魔術とは何だ?」

「現実における現象を、構成を基本として魔力を使って具現するもの」

「模範解答だな。じゃあ、構成とは何だ」

「理屈ね。理論とも言えるけれど……」

「次だ。ラング、現実とはなんだ?」

「何って……魔術では、世界だとも言われてるな。物理法則に逆らうことはできない」

「そう、法則を利用しているが、法則そのものを作ることはできない。だがな、逆らうことはできなくとも、誤魔化すことはできる。中級から上級への壁とも言われているんだが」


 誤魔化し方は一つではない。

 それは、火を作る術式が一つではないのと同じだ。

 可燃性の物質を作って燃やす術式でも、物質そのものは個人によって違う。


「構成は難しいが、説明はそれほど難しくはない。ただ距離を誤魔化してるだけだからな」

「転移は、いわゆる移動系だもの。でもその距離を、どう縮めるのかがわからないわ。エーリエを見てても、ほぼ一瞬で移動してたでしょ」

「距離の考察なんかしてたら、あっという間に数年だぞ。魔術師なんてのは、基礎知識を得たら、あとは飛躍だ。そこからようやく着手できる」

「性格が悪い方がいいってことか?」

「馬鹿ね、悪知恵が働くくらいが丁度良いってことでしょ」

「似たようなもんだろ。けど教員、移動に関して距離を主軸としないって、どうなんだ? それこそ、距離はあくまでも結果論とか?」

「そうだな。たとえば、お前はそこに座ってる。ミーシャもそっちに座っている」


 その二つを手で示して、メズリスは口を歪ませた。



 ミーシャは俯き、ラングは天井を見上げる。

 距離を無視した――。

 同じ場所なら移動もクソもない。

 ないが。


「――そうか。距離以外のもので理屈を詰めてくわけか」

「足りないものは付け加えれば良い……。それこそ同じものが二つなら、定義もしやすいものね」

「けど、教員。魔術特性センスの問題はないのか?」

「術式の完成までの流れにおいて、魔術特性が影響するなら、構成そのものが組めねえよ。問題が出るのは、完成後だ。たとえば距離に制限がかかったり、時間がかかったりな。それが魔術だ、魔術特性なんぞは言い訳でしかねえ」

「授業でそいつを教えてくれよ……」

「現場を知らないなら、教えようがねえよ。そんな術式が必要になる場面は少ないし、冒険者になりゃ現場で知る」

「ちなみに、メズ教員の魔術特性はなに?」

「少なくともお前は偽装具現フェイクあたりだし、ラングは火系術式に傾倒してるな。ここらの対策は対人において必要になるぞ、覚えておいて損はないが、相手に不快感を与えるような探りは敵を増やすだけだ」

「やっぱおかしいだろ、あんた……」

「エーリエは?」

「分析系はだいぶ強いが、おそらく空間系の特性だな。ああ、構成を組んでみてもいいが、実際にやる時に人間を指定するなよ。即死するぞ」

「わかったわ」


 とはいえ、一時間やそこらで構成が作れるわけではない。


「そもそも、構成の作り方とか知ってるのか、お前ら」

「授業じゃ、威力向上が中心で、既存の術式の改良がメインだから、実はゼロから作るってのは初めてだ。ミーシャは?」

「ここのところ、着手はしているけれど、どれも完成はしてない」

「構成の内容に関しての知識は、確か教わってるな?」

「主に小さい構成同士を繋げる役割のことよね? 横の繋がりを持つ連立式れんりつしき、上下を繋げる複合式ふくごうしき、混ぜて一つにする混合式こんごうしきの三種類」

「それがわかって、構成を把握できるなら、完成はするだろうな」

「把握できないのか?」

「調査してみろ。普段使う術式に、どれだけの連立式が含まれているのか――絶望したくなるぞ? 線と線を繋ぐのにだって、連立式はあるんだ」


 すぐに展開式を作ったミーシャは、図形が重なり合っている自分の構成を見る。


「なんだ? 構成の可視化? ほとんど魔力波動シグナルを感じないが、何か出てるな」

「展開式だ、ラングも使えるようにしとけ。そう難しいことじゃない」

「おう」

「……なんてこと」


 ミーシャは額に手を当てた。

 図形が重なっている部分に注視していたら、気付かされた。

 四角形に似ている構成の一部、その一本の直線ですら、連立式が四つは作られているのだ。


 魔術構成とは、術式として完成している以上、綿密な計算式の上で成り立つものであり、不具合一つで術式は発動しない。

 つまりその一本のラインに対し、四つの連立を含むことで、ようやく線として構成されているのである。


 ふと思って、その線を拡大してみたら、長方形の繋がりがあった。

 数百というレベルではない。桁はもう一つ上がるだろう。


「まだまだ、自分への探求が足りないな。術式を作ってるのが自分なんだから、把握していて当然で、だからこそ魔術師は研究によって新しい術式を生み出すことができる。ミーシャの場合、その図形の一つ一つを作る感じだな」

「メズ教員も見えるのね……」

、が正しいけどな。術陣を作る時はその展開式が基本となるってのも、覚えておくといい。そして、他人の術式の解析も、同様だ」


 言えば、中央付近で錠前の攻略をしているエーリエに視線が向く。

 術陣のようなものが出ては消えて、両手が空中を泳ぐように動いている。


「他人の展開式をそのまま見ても、基本的には理解できない。だったら?」

「……まずは、自分の展開式に変換する」

「ちょっと待て。解析はそれでできたとしても、作る鍵は向こうの構成に合わせなきゃいけない――んじゃないか?」

「そういう錠前は多いな」

「どんだけ高度なんだよ!?」

「それが魔術げんじつだ。しかし、どうであれ錠前を解くカギがあるなら、それは魔術という手段で作ることができる」

「メズ教員。ここから戻ったら、スケジュールを組んでちょうだい。真面目に師事するわ」

「俺のぶんもな。今のままじゃ、地下の探索に加わることもできそうもねえ」

「正式に探索の許可が下りればな。その交渉はエーリエ次第だ」


 それから二十分ほど会話をしていたが。


「――待て。開くぞ」


 空気が張り詰めたように感じたのは、メズが警戒したからだ。


 そうして、最後のパーツが組み合わさり、鍵が開いた。


『――鍵を開けた者に問う』


 声が響く。

 女性、おそらく若いだろう声色。


『何を求める?』


 室内に響く声に対し、笑いもせず、エーリエは答える。


「ガーネットをあるべき場所へ」


 しばらく、沈黙のような時間があった。


『いいだろう。そしてガーネットよりも更に奥、そこで私は待とう』


 光が走る。

 最初に十字、だがそれは四角形の一部であることに気付けば、部屋の中央に大きな階段が出現した。


 大きく、吐息を落としたのはエーリエだ。


「予想はしてたけど、可能性は低かったのになあ……」

「支配者か?」

「どうだろう、そういう感じはしなかった。とりあえず今日は、様子見だけにしておくよ」

「ほう……難解だったか」

「それこそ、予想以上にね」

「よし。ラング、ミーシャ、俺の傍を離れずついて来い。余計なことはするなよ?」

「おう」

「ええ、お願いね」


 さあ、地下迷宮へ行こうじゃないか。



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