第6話 安全のための中継点作成
その男を表現するのならば、
ただし性格はそれほど良くない。
メズは彼に相棒として拾われて。
エーリエは子供として育てられた。
特に拾い癖があるわけでもなく、本人いわく、たまたまらしい。どうだっていいだろ、そんなことはと、笑い飛ばすような男だ。説明させたって、どこまで本気かわからない。
お互いに、今このアルケミエリアにいるのには、事情があるだろう。そこにあの男が絡むだろうことは、少なからずあるけれど、特に会話をすることはなく。
ただ、敵にはしたくないと、思っていることだろう。
思考は似ている。
だから同時に、なってしまったらどうすべきか、それも考えているはずだ。
地下二階層は、広さもそうだが、造りも複雑化している。冷たさを強く感じる空気の中、大小の通路もあり、灯りの数も少ない。
いや灯りがあるんだから手入れされてるじゃないかと、エーリエは思うのだが、それなりに緊張感を持って移動しているようだった。
もちろん、アカインクも、無駄口を叩いていない。
だからメズも、六十分ほどで休憩を入れるよう指示した。
「手入れされてる洞窟だと、痕跡を探すのも馬鹿馬鹿しいね」
「お前の目的は更に地下だったな」
「まあね。そこに目的のものがあるかどうかは、まだ確定してないけど」
「悪いが俺は付き合わんぞ?」
「現役じゃないからって言い訳はしなくていいよ」
「ふん。……ただ、こいつらはまだ早いだろ」
「そう? 僕はべつに気にしないよ。死にそうになったら地上へ送ってやればいい。――それができない場所なら、魔物の餌だ」
「そんな場所もあんのかよ?」
「ラング、可能性を捨てたら手詰まりだよ」
「そりゃそうだが……いや待て、質問は二つだ。こっから先、つまり三階層はあるのか? で、あるなら魔物がいるのか?」
「調べてみようか」
エーリエは目を瞑り、手を合わせて音を立てた。
目で見えるものでもなく、肌で異物が空気に混ざるのを感じるだけだ。
――けれど。
ミーシャは目を凝らすようにして、エーリエを見た。
「……とんでもなく複雑な術式ね。構造物の立体把握? 基点を定めて、そこから地表を這うように障害物の立体を得る? ……ああ、表面じゃなく立体内部も透過させて内容の調査も?」
「ほう……」
「広範囲指定……え、どうやって? そもそも両手が届く範囲から外側となると、視界の範囲くらいがせいぜいで、魔力も届かないし術式として成立するの?」
「そこらの理屈は人によって違うが、広範囲指定の場合の多くは、中継役としての魔術品なんかが効果的だ。四方を囲うだけでも範囲が指定されるから、広さそのものは曖昧にできる」
「けれど、エーリエは使ってないわよ?」
「〝距離〟と呼ばれるものを無視するための定義ってのが、可能なんだよ。
そのタイミングで、舌打ちをしたエーリエは目を開けて肩の力を抜いた。
「解除された」
「アンチフロッグか?」
「数匹だったから、たぶんね」
そうして、エーリエは躰の向きを変えて、彼女を見た。
「発見したよインク、錠前がかかってるけれど、僕はこれから三階層へ向かうだろう」
「――」
迷わず。
ナイフを引き抜いたアカインクは、距離を取るよう後方に飛んだ。
命令は。
指令は。
その場合は止めろ、だ。
「さあ、どうした
既にアカインクからは表情が消えている。
冷静、冷徹、目の前の現実だけをただ処理する機械と同じ。
感情は彼ら暗部にとって、仕事の際に必要ない。
「ああ、もし
「……」
「――どうした。それとも、こっちからやろうか? どうせお前らは邪魔だ」
一歩、左足を出した段階で、やはり跳ねるようにして、アカインクは。
――後方の通路へと身をひるがえした。
撤退だ。
「僕の監視と行動阻止か。まあ、わからなくもないけどねえ……ところで、メズは反対かな?」
「さあ? 少なくとも言い訳の用意はしておかなくちゃならねえな」
「なるほどね。やあ、すまないねラング、ミーシャ」
「いや……理由は、聞かない方が良さそうだ」
「少なくともアカは、地下の侵入に反対していたのね?」
「そうだね。新しい何かが発見された時、何かしらの均衡が必ず崩れるから。保守派ってわけでもないんだけどね」
「その件に関して、私やラングが地下に入ることで問題が発生するかしら」
「それは僕が引き受けるから、気にしなくていいよ。ほかに質問は?」
そうねと、ミーシャは吐息を落として。
「どうしてアカは、あっさりと引き下がったの?」
「顔を合わせてすぐ、19番であることは気付いたし、それを本人に言った。その延長で喧嘩を売られたからね、格付けは済ませていたんだよ。今は、命を落とすよりも報告を優先したらしい」
「そう」
「まあそこらは知らんが、アンチフロッグ? それも魔物だろうけど、聞いたことねえな。図鑑に載ってなかったろ」
「それはしょうがないよ、洞窟の魔物だしね」
「洞窟探検なんてのは、冒険者にとって回避するものだ。リスクが高すぎる上に、目立った戦果にもならねえからな。何かがあるかもしれないってだけで、退路を塞ぐ理由にはならん」
「それでもいるんだろ?」
「いるが、帰還率は低いし、わざわざ誰かに教えたって、入る馬鹿だと言われるだけだ」
「……じゃなんで知ってるんだよ」
言えば、メズとエーリエはお互いに顔を見合わせて、頷いた。
「アンチフロッグっていうのはね」
「言わねえのか……」
「物好きもいるってことさ。まあ簡単に言うと、魔力を喰う魔物だね」
「――ああ、術式封じでは、それが最も簡単な方法ね。できるかどうかはともかく」
「発動中でも食われるから面倒なんだ」
「そう」
「場所はここから近いし、
「おう。邪魔はしねえから、ゆっくりやれ」
十メートル四方はある空間にて、中央に行ったエーリエは、術陣を展開した。
「うお」
「邪魔すんなよ、ラング。いわゆる儀式陣の一種だが、
「邪魔はしねえけど、本当にわからんことだらけだ。主席なんて笑い話だろ、これ」
「だがお前らは運が良いぞ? 俺もエーリエも、経験で学んだことばかりだ。そいつはな、失敗して
「本腰を入れて、教えてくれないかしら」
「へえ?」
「俺もだ。――このままじゃ足手まといだろ」
つまり。
この二人は、エーリエについて行く気なのだ。
術陣の調整を何度かしながら、円形を組み合わせた複雑なかたちに頷き、ゆっくりとその外周まで移動すると、まずは一ヶ所にナイフを突き刺せば、そこを中心にして術陣の表面を光らせるよう魔力が流れる。
「中継点ってのはな、いわゆる安全な
「休憩所とは違うのか?」
「似たようなものだ。ただし、魔物避けなんてのは完全じゃないのが当たり前。今も外のエリアで
「それは聞いたことがあるわ。中継点に必要な魔術品が大きすぎるせいで、魔物の攻撃対象になりやすく、壊れることが多いって」
「じゃ、ここで一つ問題だ。エーリエが作っているものと、それが同じものだとして、大きな違いがあるとしたら、何だ?」
「簡単だ」
ラングは即答できる。
「誰が使うか、だろ」
「その通り。規格の更新をしたら、新しい帰還術式の魔術品を買えと、そう言ったら?」
「なるほどなあ……」
改良が進まないわけだ。
「ま、冒険者連中はあまりエリア内の行政にも関わらないからな、連携不足ってのもある」
「でも、どの学園でも最低限の戦闘技術は学ぶでしょう?」
「すぐ現実を見て嫌になるさ。命を賭けるには安いし、好奇心を満たすには危険だ」
「ならどうしてだ?」
「知りたきゃやってみるんだな」
少なくとも。
それを知らなければ、冒険者をやめていく。
一度知ってしまえばきっと、躰が動かなくなるまでは、続けたいと思うはずだ。
七ヶ所にナイフを突き刺したエーリエは、十五分ほどかけて陣を敷き、完成させた。それからは手早くナイフを回収する。
「やあ、待たせたね。そう難しい作業でもないんだけど、
「念入りにし過ぎて魔物に発見されて、かといって軽くやれば魔物の一踏みで壊れちまう――ってか?」
「その通り、勉強になったよ」
「はは、よくあることだ。俺は諦めた方だけどな。さて、そろそろ移動するぞ。先導はラング、次にミーシャとエーリエ。移動先の指示は――俺がやった方がいいか?」
「いや、僕がやるよ」
「じゃあ頼む」
「つーか教員、場所わかってんのか……?」
「さっきエーリエが
ラングは一つ、理解した。
魔術師としても、この二人はどこか、おかしい。
普通じゃない。
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