第5話 メイズメーカーの呼称

 不定期に行われる実地訓練――地下訓練場を使った授業が、始まろうとしていた。

 メンバーは、エーリエを加えてラング、アカインク、ミーシャの四人だ。


「――で、お前は余計なことをするだろ」

「いやあ、信頼されてるなあ」


 そういうことじゃないと、ラングは吐息を落とす。


「一応、メズ教員が同行するらしい。一日のサバイバル、明日の昼まで」

「へえ、サバイバルなんてするんだ」

「あなたは聞いてなさいよ」

「あまり興味がなかったからね。最初くらいは、正規のルートで中に入ろうとは思ってたよ。お陰で、それなりに監視があるみたいだ」

「確かに、まだ入り口なのに監視員が多いな」

「え? ああ、そっちじゃなくて術式の布陣ね。探査サーチ系の応用で全域カバーしてるよ。存在を把握するタイプのやつ。甘いけど」

「何が甘いの?」

「近いよインク、邪魔だ。甘いのはね、追跡まで前提にしていないからだよ。存在の把握から消えたら、もうお手上げだ」

「ふうん」

「……難しそうね」

 人を尾行することは、難しい。逃げ場を封じるのもまた、同様だ。しかも、そのための準備を見破られた時点で、ほぼ終わりに等しいのだから、余計に困難だろう。


 それはともかく。


「おう、待たせたな」

「あれ……教員がやるんだ。いつも訓練場の支配人みたいな顔をしてるから、てっきりそういうものだと思ってたけど」

「笑いながら嫌味を言うな、エーリエ。そんなことは思ってませんと顔に書いてある」

「顔を洗えば落ちるよ」

「言ってろ。さて、お前らも初めてじゃないから、いちいち説明はいらないな?」

「話が早いなあ……メズ教員はそういうとこ、学生にも親しまれるんだ」

「馬鹿、俺は面倒なだけだ。そうだな……先導はラングとアカ、その後ろをミーシャ。目的地はとりあえず地下二階の入り口。ルートはミーシャが決めて指示を出せ。俺とエーリエは後ろな」

「あいよ」

「諒解」

「はあい」

 すぐにミーシャがマップを出し、二人が覗きこんでルートを決め始めた。

「地下一階層は、おおよそアルケミエリアの半分。二階層の入り口は三ヶ所、最短ルートで徒歩一時間。距離は五キロ前後」

「さすがに調べてあるか。ただ? お前の場合の最短ルートだと、数メートルで数秒ってところか」

 メズは笑みを浮かべながら、右足で地面を軽く叩く。

 二階層の範囲は、アルケミエリアの全域に及ぶ。物理的な壁を除けば、真下に存在するのだから、そこを飛び越えれば良い。

 肯定も否定もせずにいたら、ルートを決め終え、歩き始めた。

 表層は屋内だが、地下への階段を下りれば、一気に湿度が高くなる。天井の高さが一定にはなっているものの、地下だという意識が閉塞感を生み出した。

「思った通り、随分と人の手が入ってるね。通路も綺麗なものだ」

「……ま、そう思うわな」

 あちこちに視線を投げながら、最後尾を歩いている二人は足元をほぼ見ない。空間把握の一種で、障害物の大きさや場所を認識しているからだ。


 これも経験である。

 特に、足場が悪い戦闘では、必須技能だ。


「何故作られたのか、議論は尽くしているはずだけれど、どうだろう」

「ん?」

「どうやって作られたのか、その件に関しては?」

「――お前」

 少し、驚いたような声色が混じった。

を考えてるのか?」

「もちろんだよ」


 地下を好む魔物は、それなりにいる。

 たとえばスノウラビットは、雪の中に巣を作るし、その範囲はかなり広い。ほかにもモグラ系は穴を掘るし、土を食べるギログーリーなんてミミズを凶暴化させたような魔物だとて存在しているのだ。


 結果、こうした場所が作られるのなら。

 そうした魔物が関与している可能性は高い。


 綺麗にするのは人間だってできる。整地や補強も可能だ。けれど基礎的な部分として、少なくとも地下二階までの広さを作る理由が必要になる。

 鉱山など、資源が眠っているのならともかく。

 発展したエリアの下にある理由としては薄いし、仮にそうならば、図書室の本に載っていてもおかしくはないはず。


 であるのならば。

 最悪の可能性もある。


「それこそ、神話に近いけれどね……その可能性は否定しないよ」


 一体それが何であるのか、エーリエは言葉を尽くしても説明しきれない。

 本当に存在しているのかどうかも、曖昧なモノだ。


 迷宮メイズ創る者メーカー


 それがどんな形をしていて、何を目的としているのかは、定かではない。ただ間違いなくその存在は、迷宮を創る。

 倒すことはできない。倒してはならない。邪魔をしてはならない――そんな言葉を積み重ねた先に、ただ、関わることを禁忌とされた存在。

 見てみたい、そんな好奇心すら、許されない。


「さすがは元冒険者、知っているとは思わなかったよ」

「いや、まあ、……ここ以外にも、洞窟って規模なら、それなりにある。俺はたまたま耳にしただけで、隠されてるわけでもねえよ」

「そうだね。でも、仮にメイズメーカーがいたとしたら、何故なんて疑問がナンセンスだ。僕としては、目的を達成するまで逢いたくはないね」


 おおよそ、九十分。

 後ろで雑談をしながら、目的地までを歩いた。

 似たような区画ばかりが続いており、四角形のスペースが、狭い通路で繋がっている光景が見慣れてしまう。三叉路、十字路、あるいは一ヶ所、なるほど迷いやすい地形ではある。

 しかし、九十分で地下二階層への入り口に到着できたのだから、さすがは特別クラスといったところか。


 休憩しろと、入り口を前にしてメズが声をかけた。

 それぞれが座って水のボトルを取り出すのを確認してから、エーリエはぐるりと周囲を見渡した。

「エーリエ、どうだ」

「方向感覚は狂ってないし、歩数から割り出した距離を覚えているから、徒歩でも戻れるよ」

「ならいい」

 何度も背後を確認していたので、帰り路の光景も覚えているはずだ。似たような場所ばかりだが、必ず何かしらの目印はある。

 あとは、どれだけ迷わないための要素を持っているかどうかだ。


 次の瞬間、エーリエの姿が消えた。


「……は? おい!?」

「どうしたラング、便所か?」

「ちげーよ! エーリエどこ行った?」

「それはお前が追えてないって現実を見て、錬度不足を痛感したってことか?」

「教員は追えてんのかよ」

「この程度で何を言ってるんだ……? 特に行動を隠しちゃいねえよ。上に行って、現在地が街のどのあたりか、確認をしに行っただけだ」

 言えば、すぐ戻ってきたエーリエは、焼き鳥の串を持っていて、二本をメズに渡した。

「お土産」

「おう」

「なにやってんだよ……」

「ん? 現在地の確認だけだよ。結果は予想通り」

「どこらへんー?」

「気になるなら自分で確かめるんだね、インク。僕のことは気にせず、学生として訓練をした方がいいよ」

「――質問、いいかしら」

「いいよ」

「エーリエじゃなく、メズ教員よ」

「ああそう、それは残念」

「俺がどうした、ミーシャ」

「エーリエの術式を見切ってたでしょう?」

「んん……素直に頷けんなあ」


 そもそも、見切ってなど、いないからだ。


「術式を使う際の魔力波動シグナル感知キャッチして、構成からの発動を見てやれば、初動を掴むくらいはできる。エーリエも隠してなかったしな」

「そういう理屈ね。……どうしてそこまでわかるものなの?」

「どうって、ラウムタートルの対処だが……?」

「なんだそれ、魔物か?」

「面倒くさがりの亀でね。安全なところから動きたくないらしくて、空間転移ステップの術式で躰の半分、特に顔のあたりだけを転移させて食事を済ます、肉食の魔物だよ。よく指を噛みちぎられるんだ、気をつけないとね」

「へ……へえ? そ、そうなのか。覚えておく」

「――ありがとう、メズ教員。踏み込んだ質問をするなら、どうして冒険者をやめたのか、聞きたかったけれど、やめておく」

「俺も興味はあるな。言うほど老いてないだろ」

「いろいろ理由はあるんだが……エーリエ、お前は興味があるか?」

「興味というか、同情はしてるよ」

「同情?」


 うん、とエーリエは頷いて。


「山猿のネーミングセンスが悪いせいで、お互いに女性みたいな名前になったこととか、同情するよ、メズリス」


 驚くのでもなく。

 額に手を当てたメズは、


「お前あのイノシシ野郎を知ってんのか」

「親父だよ」

「なるほどな」

 大きく、ため息を落として手頃な岩に腰を下ろした。これで立っているのはエーリエだけだが、それはともかく。

「少し話してやるか。まず、お前らの勘違いを訂正しておく。俺は体術の教員じゃなく、――魔術師だ」

 さすがにその言葉にエーリエ以外は驚いた。実際に体術も教えていたし、訓練室によくいるのは、戦い方を指導する役割もあってこそ。

「昔、一緒にいた相方が、イノシシみてえに突っ込むことしか考えてねえ野郎でなあ、それをフォローするための後方支援ってのが、主な役割だ。つまり、ある種の冒険者にとって、俺くらいの体術は最低限ってところだな」

「言ってやればいい、術式なんて体術の補助でしかないってね」

「突き詰めりゃそうなるが、これから伸びる学生にそいつを言ってどうなる。威力が強くて派手な術式の方が、よっぽど成長を感じられるし、見た目も良くて胸を張りたくなるだろ」

「それが何の役にも立たないと現役に言われて、落ち込むまでがワンセット?」

「まあな」

「……え? そうなのか?」

「いいかいラング、威力を上げて派手な術式で魔物を一掃できたとしよう。地形も変えるくらい派手なら、敵なしと勘違いするかもしれないけれど――仮に、それを魔物にやられた時、君はどうする?」

「どうするって……そりゃ、その魔物の討伐を考えるだろ」

「その通り。魔物だって同じだよ? むしろ、君だけじゃなく冒険者、ひいては人間全体を敵視し始める。巣を作って落ち着いていた魔物も含めて、敵意をむき出しにすれば、君が地形を変えた場所以外からも、多くの魔物が侵攻を始めるだろうね」

「それが、脅威の討伐という理由ね?」

「うん、そうだよ」

「今まで安全地帯だと思われた場所も、変化があれば、人間の被害も出るでしょうね」

「察しが良くて助かるよ、さすがミーシャ」

「ありがとう」


 事実、派手な術式は使い勝手が悪い。

 威力が強い術式よりも、的確に魔物の心臓だけを潰す技術の方が役に立つ。

 それに。


「高威力の術式は無駄が多すぎる。魔力の消費量、術式の構成、発動までの時間、どれもこれも一人じゃまずできないだろうな」

「いや、一人で冒険はしねえだろ」

「じゃあお前は、仲間が倒れて身動きできない時に、あっさりくたばるのか?」

「ぐ……」

「お前らはまだ学生だ、そこまで考えるのが良いとは思わん。悪いとも思わんが、現実はいつだってそうだ。ありえない可能性が必ず訪れる。まあ俺の膝は、使い過ぎての負傷なんだが、似たようなもんか」

「へえー、メズさん膝が悪いんだ。ぜんぜん気付かなかった」

「五分以内の戦闘なら、どうにかなる。それに言っただろうアカ、俺は魔術師だ。それなりに上手くやる方法はあるぞ」

「怖いなあ……」

「さて、もう少し休んだら二階層へ向かう。目的地はない、探索だ。隊列はさっきと同じ、マップを使わずに移動しろ。最悪の時は俺が止めてやる」

 これもまた、現実で。

 今は授業中なのである。



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