第9話 壊れた時計

 あれからどれだけの時間が経ったのだろう。僕の世界に生きる意味がなくなってから。

 僕は気付いた頃には病院にいて、現実を受け止められないまま家に帰って自室に引きこもっていた。

 ベッドに背を預け、引き裂かれた本がばらまかれている光景をただ、じっと見つめていた。真っ暗闇の中で。

「……姫野」

 栄養失調でやつれた口から出る言葉。それは僕の生きる意味だった人の名前だった。

「……姫野」

 もう一度その名を呟く。しかし返ってくる声はない。

 あの元気で、うざったらしくて、悲しそうで、なによりも澄んでいた、優しい声。

 もう戻ってこない。

 あの体温も、あの匂いも、あの思いも。

 姫野は何度か言っていたっけ。楽しい時間はあっという間だって。そうか、そういうことなのか。

 僕たちの時間は、楽しい時間はあっという間に終わってしまった。

 僕に過去を変える力が本当にあったら。

「くそっ……」

 全ては一つの交通事故によって奪われてしまった。

 悔しくてたまらない。けど、もう流す涙が出てこない。枯れ果ててしまった。

 そして僕は思い出す。姫野の最後の言葉を。

「私を、忘れ……」

 忘れて。

 忘れないで。

 どちらなのだろう。姫野のことだから私を忘れて生きていってねとも取れるし、忘れないで記憶に繋ぎ止めておいてねとも取れる。

 いや、感傷的で独占欲の強い大食いオオカミのことだ。きっと忘れないでの方に決まっている。

 それなら安心してくれ。僕は絶対に君を忘れない。

 僕の初めての友達。

 僕の初めての、そして最後の愛しい人。

 忘れるものか。忘れてたまるか。

 でもごめん。生きる意味を失った僕は、これからどう生きていけばいいのか分からないんだ。君のいないこの世界は白黒で音もない。甘い匂いも光もなにもない。

 そんな世界で僕はどう息をすればいい? どう歩けばいい?

 僕を導いてくれる手は、もうここにはない。

 君のいない世界は苦しいよ。

 僕は涙も流せずに、嗚咽を漏らす。

 座っているのも困難になった体が崩れる。床に踞って君の言葉と君といた時間を反芻することしかできない。

 僕は恋をしていた、君に。君といる時間に。

「君だけずるいよ……。僕も殺してくれ!」

 最後の力で床を殴りつける。痛みすら感じなくなった手からはなにも伝わってこない。

 生きているのか、死んでいるのか、自分でも分からない。

 こんな時、君がいてくれたら教えてくれるかな。

 そう思った時だった。

 僕の手から痛みではなく、床でも真っ白なカーペットでもない物の感触が伝わってきた。

 ゆっくり顔を上げて、それを確認する。

「……姫野」

 それは僕たちが出会った最初の日に、姫野がくれたビーフジャーキーだった。自暴自棄になって部屋で暴れまわった反動で、本も通学用のバックも服も滅茶苦茶にしてしまった。その拍子にバックもからこぼれ落ちたんだ。

 そうだ、僕はこれを貰ったまま食べずにしまって、そのまま忘れていた。

 枯れていたはずの涙が頬を伝って真っ白なカーペットを濡らした。

 そうか。姫野、そういうことなんだね。

 食にうるさい姫野のことだ。何日も食べずにいた僕を咎めに来てくれたんだろう。食べ盛りの男の子が断食なんてダメでしょって。そのビーフジャーキーはそれを伝える遣いってとこだろう。

「分かったよ……姫野。僕は、生きるよ。君のいない世界で」

 そして僕は無心でビーフジャーキーにかぶりついた。

 何日かぶりの食事で胃が拒否反応を起こしたけど、姫野のために、今を生きるために飲み込んだ。

「ごめんね、姫野。君は生きてって言ってくれたのに、勝手に死のうとして」

 僕は正真正銘最後の力を振り絞って立ち上がり、天井に隔たれた空に向かって手を伸ばした。

「僕は、生きる。君の分まで。君を忘れずに。だから、いつか絶対に交わろう。時計の針が重なるみたいに、また僕たちの時間を重ねていこう。待っててね、姫野。ゆっくり、そっちに行くから」

 そして、決意を込めて告げた。

「今度は僕がオオカミになって、嘘つきの君を食べに行くよ」

 僕たちという名の時計は壊れてしまった。だけど、僕は針を進めるよ。君が生きろって言ってくれたんだから。

 その時、どこからともなくなにかの振動する音がした。

 僕はその音ではっとした。五感が遠退いていたからすぐに分からなかった。だけどこれは、僕のスマホが震える音だ。間違えることなんてない。僕のスマホが、なにかを受信した時に発するバイブ音。

 そして、震える理由はただ一つしかない。

 僕が確信した瞬間、夜が明けた。

 絶望の夜は終わりを告げ、希望の陽の光が部屋を照らし出す。

「姫野!」

 僕は無我夢中で部屋中を探し回った。

「姫野! どこだ、姫野!」

 暗闇を貫く一筋の光を見失うわけにはいかない。だけど震える手足は思うように動いてくれない。僕の手足ではないようだ。

 それでも僕は探し続けた。ビリビリに破れた漫画のページをかき分ける。ない、ない。見つからない。それでも探し続ける。

 それから何十分も過ぎたが、どこにもスマホは見当たらない。バイブ音もいつしか聞こえなくなっていた。

 僕は部屋の真ん中で呆然と立ち尽くす。

 孤独の果ての幻聴かと一瞬疑ったが、あれは確かに聞こえていた。姫野が僕に呼び掛けていた。

 それでも僕は諦めなかった。

「今、行くから」

 僕は扉を開け放ち、冷蔵庫にある食料を片っ端から胃に詰め込んだ。何度も何度も吐きそうになりながら胃に押しやって失っていたエネルギーを充填する。

 食後はおぼつかない足取りで浴室へ向かい、五分でシャワーを済ませる。今は一秒でも時間が惜しいけど、これから姫野に会いに行くんだ。姫野の前だけは最善の僕でありたい気持ちがそうさせた。

 白のワイシャツに紺のジーパンとシンプルで面白味のない服装に着替え、僕はなにも持たずに駆け出した。

 久しぶりの朝日に立ち眩む。外の空気が肌に突き刺さる。

「待ってて、姫野」

 家の鍵も掛けずに最寄りの総合病院へと走り出すが、足がもつれてたったの数歩で転倒した。

 アスファルトに手を突いた拍子、掌が擦りむけて血がうっすらと滲む。勢いよくぶつけた膝も崩壊寸前だった。

 それでも僕は再び立ち上がり、ぼろぼろな足取りでゆっくり着実に姫野の元へと足を引きずりながら行く。

 静かな早朝の住宅街には荒く乱れた息だけがあった。

「……姫野」

 自分を鼓舞するように呟いたその名前の主は、もうすぐそこだ。

 

 

 

 満身創痍の状態で病院に到着したのはお昼をとうに過ぎた頃だった。本来なら三十分、徒歩ならば一時間もかからないはずなのに何時間もかかってしまった。

 受付に向かい、姫野の名前を口にする。するとこの病院の面会時間がちょうど始まったらしく、すんなりと病室を教えてくれた。

 やっぱり、姫野は生きている!

 僕はぼろ雑巾のようになった体でエレベーターへと乗り込み、姫野がいるはずの階のボタンを連打する。

 早く、早く。

 扉がゆっくりとしまり、静かに上昇を始める。

 僕は息を整えながら目的の階へ到着するのを待つ。

 永遠とも思える時間を箱の中で過ごした後、簡素な機械音と姫野のいる階に来たことを告げた。僕は扉が開ききる前に、わずかな隙間に体をねじ込んで窮屈な箱を飛び出した。

「姫野……姫野」

 心身ともに限界を迎えていた僕を動かしていたものは、姫野が生きているという希望だけだった。

 僕は端から病室のネームプレートを確認していく。

 違う。違う。違う。また違う。

 何度も何度もそれを繰り返し、ようやく見つけた。

『姫野 大華』

 僕はその名前を見た瞬間、その病室の扉を勢いよく開け放った。

「姫野!」

「んぁふぁ、ひょうぼひへくれはんら!」

 そこには間抜けな顔でメロンパンを頬張る姫野の姿があった。

「えっと、彰悟、来てくれたんだ。で、合ってる?」

「…………ぅぐ。正解!」

 姫野は頬張ったメロンパンを飲み込んでから元気よく答えた。

「そっか」

 僕は姫野のベッドの側に畳まれていたパイプ椅子を広げ、腰掛けた。

 やっぱり、姫野からのメッセージは届いていた。

 

 

 

「姫野……あの、本当に生きてるんだよね?」

「生きてる生きてる。すっごく生きてる」

「嘘、じゃないよね?」

「東雲くんじゃあるまいし、まさか」

「うん、嘘じゃないらしい。よかった。生きててくれて」

「って、泣かないでよ彰悟。シーツ汚れちゃう」

「ごめん。でも、嬉しすぎて」

「彰悟、そこまで私のこと思ってくれてたんだ。私も嬉しい」

「当然だろ。僕のたった一人の友達なんだから」

「うっへへ。言うようになったね、彰悟」

「君のおかけでね。って、なんかデジャブ感じる。それにしても、よくあの怪我で生きてたね。やっぱり君には驚かされてばっかりだ」

「あー、あれね。結構痛かったよ。正直もうダメかと思った……。でも、彰悟が私の名前、たくさん呼んでくれたからどうにかこうにか生きてられた。あの時の彰悟、かっこよかったなぁ。死ぬな、姫野! って」

「あの時は、その……夢中で」

「ふひひっ。やっぱり彰悟を好きになってよかった。こんなに私のこと心配してくれるんだもんね。私は幸せ者だよ。……って、彰悟。最近食べてる? なんだか痩せこけてる感じがするけど。隈もひどいし、私より彰悟が心配なんだけど」

「あー、これは諸事情ありまして……。でも安心して。君が生きてるって分かったから、これからは健やかな生活が送れる」

「……そっか。それなら、いいんだ」

 まったく、本当にあなたは困った人です。

「ねぇ、この際だから訊きたいことがあるんだけど、いいかな?」

「うわっ、随分と急だね。心の準備が」

「ごめん。ゆっくり整えて」

「うん。ひっひっふー。ひっひっふー」

「……心の準備、できた?」

「臨戦体勢」

「うん。……それじゃあ、訊くね。君の初恋の相手って、誰なの?」

 そんな分かりきったこと、いちいち言葉にしないとダメなのかな。本当に困った人だ。そんなところも可愛いけど。

「そんなの……彰悟に決まってるでしょ」

「でも、あの時一度も話したことないって」

「私たち、一度も話したことなかったでしょ? 初めて会ったあの日まで」

「あっ、そうか。ならなんであんなに苦しそうに」

「照れ隠し。いちいち言わせないでよね、お馬鹿彰悟」

「ごめん。でも、嬉しい。初恋の相手が僕だなんて。それにしても、僕のどんなとこを好きになったの?」

「うーん、難しい質問だね。どんなとこって言われたら、まぁ全部。それと保健室で口説かれた時が一番きゅんと来たかなー」

「待って待って! 最後のは訊いてない! しかも口説いてないし!」

「えー、私てっきりプロポーズされたのかと思ったよ」

「プロポーズなんて、そなな!」

「あ、日本語変になってるよ」

 なんて言いながら声を殺して笑い合う。病院ではお静かにがルールだから。

「ねぇ、姫野。いつ退院予定なの?」

「うーん、リハビリの経過にもよるけど、まだちょっとかかりそうかな」

「……そっか。それなら君が学校休む分のノートは僕が全部取る。プリントも全部貰っておくから、安心してリハビリして」

「うん、了解。それなら安心できる。任せたよ、彰悟」

「任せて。それと、僕との約束も守ってね」

「そうだね。まだまだこれからだもんね。でも、お出かけはちょっと難しいかな」

「大丈夫、そんなにすぐじゃなくていいから。ゆっくり治してくれ」

 あー、これ言わないとダメなやつかも。いつかは言おうと思ってたけど、今そのタイミングが来ちゃったぽい?

「あー、あのね。彰悟」

「ん、なに?」

「私ね、もう歩けないの」

「……えっ」

 うぅ、ごめん。あなたにそんな顔させたくなかったけど、いつかは言わなくちゃいけないから。いや、言わなくてもその内バレることだけど。それでも、ごめん。

「半身不随になっちゃった。事故の後遺症ってやつ?」

 それでも、私だけは元気に振る舞おう。あなたがこれ以上悲しまないように。

「半身不随……」

「うん。もう一度歩くのは絶望的だって、お医者さんにはっきり言われた。でも、それ聞いた時に思わず笑っちゃったよー」

「……そんな状況で笑うなよ! …………笑えないよ」

「えーっ、だって半身不随ってことは生きてるってことだよ? 生きてるってことは、もう一度彰悟に会えるわけだし。悲しむ必要なんてどこにもないよ」

 なんて強がってるけど、本当はいっぱい泣いてしまった。もうあなたと肩を並べて歩くことができなくなってしまった。あなたと同じ歩幅で歩けなくなってしまった。あなたの手を取って連れていくことができなくなってしまった。

 二度と戻ることのない現実を受け入れるのに何日もかけた。涙なんてとうに枯れてしまった。危うく涙で溺れるほどだった。

「姫野」

「おっ、どうしたの。真剣な顔して」

 いきなりそんな顔されるとドキッとするんだけど。せっかく止まりかけた心臓を一生懸命動かしてるのに、また止まるところだった。殺人未遂だ。

「姫野が歩けないなら、僕が姫野を支える。これからずっと、姫野のためにどんなことだってする」

 ……優しいあなたならそう言うと思ったよ。でも、それは、なんていうか。言ってほしかったけど、言ってほしくなかった。

「ねぇ、彰悟。もしもの話、するね」

「……うん」

「もしも。もしも、ね。彰悟に他に好きな子ができたとします」

「……ありえない」

「彰悟が私をずっと支えてくれるのは、すっごく嬉しい。とっても嬉しい。嬉しすぎて死んじゃうくらい。でもね、彰悟が他の子を好きになったら、私のことは忘れてその子と幸せになってほしい。ほら、車椅子の子と一緒にいると疲れるし、変な目で見られるかもでしょ?」

「……ありえない」

「だから、今は私を支えてほしい。でも、その時が来たら、私じゃなくてその子を支えてあげてね。私、彰悟の迷惑になるのだけは絶対に嫌だから」

「ありえない!」

 初めて見る、あなたのそんな顔。今まで知らなかった、怒りの表情。

「彰悟、静かにっ」

「僕には姫野しかいないんだ! 姫野以外の子を好きになる? 姫野のことを忘れる? 馬鹿にしないでくれ! 僕は姫野をずっと愛してる。姫野が歩けなくたって、目が見えなくなったって、言葉が話せなくなったって、僕のことを忘れたって! 僕が死んだって! 僕は姫野が好きだ!」

「彰悟……」

「だから、迷惑とかそんな馬鹿なこと考えないでくれ。僕とずっと一緒にいてくれ。姫野を支えさせてくれ。姫野の力になりたいんだ」

 そして私は力強く抱き締められた。息がつまりそうなほどの力だ。なにも言い返せない。

 でも、あなたに抱かれて死ねるなら願ったり叶ったりかも。

「彰悟……苦しい」

「あっ! ご、ごめん。つい熱くなっちゃった。今、離れるから」

「離れなくていい、から。このまま、そっと、抱き締めて。女の子は繊細なんだから。力任せはダメだよ?」

「う、うん」

 よかった。これで彰悟の体温をずっと感じられるし、泣いてるのもバレてないよね? うんうん、平気平気。一石二鳥。

「彰悟、ありがとね。私は本当に幸せだよ」

「これからもっと幸せにする」

「うわーっ、かっこいい。惚れ直しそう」

「何回だって好きになって。僕も何回だって好きになるから」

「あははっ、なんだそれ!」

「……ねぇ、姫野」

「……なに、彰悟」

 今日はシリアスモードだね。私はそんなあなたも大歓迎だよ。

「僕ね、夢ができたよ」

「聞かせて。どんな夢?」

「君と、結婚する夢」

「ほえっ!?」

「もちろん、今すぐには無理だけど。僕が高校を卒業して、立派な大学を出て、社会人になって、お金が貯まったら、結婚しよう。結婚式は盛大に挙げて、指輪はきっちり給料三ヶ月分」

「はの……ほの……へっほ」

 どーしよー。あたま、ほわほわする。なにも、かんがえ、られない。ねつ、でてきたかも。

「姫野の夢と僕の夢、一緒に叶えたい。手伝ってくれる?」

 まってまってまって。いま、それ、いうの、ひきょう。あたま、こんがらがって、その、あの。

「はの……おねがいひまふ」

「ありがとう。いっぱい勉強するから、ちょっとだけ待っててね」

「は、はひ」

「姫野、大丈夫? さっきから日本語が怪しいけど……」

「ひょっほ、はいむ」

「ちょっと、タイム。かな? うん、どうぞ」

「ふにゅ」

 ひょっほはけ、ひゅーへー。

 ………………よし。ちょっとだけ、きゅーけー終了。まだ顔あっついけど。あー、扇風機。扇風機欲しい。今すぐ涼みたい。

「戻った?」

「うん、たぶん」

「なんか、その、ごめん。急にいろいろ言っちゃって」

「へーき。だけどへーきじゃない。嬉しすぎて一瞬死んでたかも。こらからは嬉しいことは一日一回にして。嬉死する」

「嬉死って……まったく」

「それで彰悟。さっきの続き」

「う、うん」

「私たちが結婚するなら」

「するなら、じゃない。結婚する。決定事項」

「ふふっ。そうだね。私たちは結婚する、そしたら……その、秒針も欲しくない?」

「長針の姫野と、短針の僕。それ以外に秒針……? っ! もしかして!」

「そのもしかして。いっぱいがんばってね。未来のお父さん」

「……全部、任せろ」

「頼もしいっ」

 私たちという名の時計は、残念ながら壊れてしまった。長針の私は自力じゃ動けなくなってしまった。短針のあなたと一緒に、ずっと重なったまま、時を刻んでいくしかない。

 時計としての役割はもう果たせない。

 それでも、私はあなたと一緒の時を歩いていきたい。

 そして次に壊れる時は、二人で一緒に壊れて止まろうね。

 そしたらさ、私たちの代わりに、可愛い秒針に時間を進めてもらおうね。

「姫野……いや、大華」

「……なぁに?」

「大華が嘘つきの僕を食べに来てくれて、大華が僕のオオカミで本当によかった。大華に出会ってなかったら、こんなに幸せになることはなかったよ。ありがとう、愛してる。大華」

「嬉死した……」

「まだ死なないでくれって!」

「ふふっ。ごめんごめん。今私が死んじゃったら彰悟は困るよね。でもね、私は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あなたの腕の中で死ねるなら本望です」

「相変わらずだね。なら、一緒に眠ろうか。おいで」

「はい、失礼しますね。ふふっ、あったかい。とっても。…………あの、私たち、ずっと一緒、ですよね?」

「あぁ。いくつになっても、ずっと一緒だよ」

「いくつになってもって……そんな歳じゃないでしょ?」

「そうだったね」

「ねぇ、あなた」

「なに?」

「私はあなたといる時間が大好きでした。あなたといると時間があっという間に過ぎてしまって、今では、髪もこんなに白くなっちゃって」

「大華は可愛いよ。髪の色なんて関係ない」

「……ありがとうございます。それを聞いたら、気持ちよく眠れそうです」

「そっか。……それじゃあ、そろそろだね。……おやすみ、大華」

「……はい。おやすみなさい、あなた」

 そして私たちは安らかに目を閉じた。

 でも本当は少しだけ怖いです。あなたの腕の中にいると私はいつも幸せになります。いつかは離れると分かっていも。

 それが怖いんです。幸せの反動が真っ暗な闇をより深くしてしまうことが。

 だから、私は思ってしまいました。目の前で目を閉じているあなたが、私を騙そうと寝たふりをしているのでは、と。

 私が話しかければ、あなたは起きてくれるんですよね?

 そうすれば、私たちの時間はまた動き出しますよね?

 ……いいえ、分かっています

 私たちの時間はもうすぐ止まってしまう。

 これは変えられない運命。

 運命に抗える力なんて持ってない。

 それでも、私は死んでもあなたのことを絶対に忘れたくない。

 あなたがくれた言葉、あなたと過ごした時間、あなたの大切な名前、全部を刻みつけたい。

 だからもう一度だけ、あなたを忘れないように訊いてもいいですか?

 眠っているあなたに。












 

 

 

 

 





 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、君って東雲彰悟くんだよね?」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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オオカミは時に恋をする Namako_Fontaine @Namako_Fontaine

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