第4話





 地下迷宮ダンジョン『赤静殿レイドネス


 薄暗い空間が広がる地下深くの階層にて、そこでは数十人の戦士たちが俺ら悪魔の集団と相対して激しい戦力を繰り広げていた。




「ハンナ!一旦下がれ!」


「わかってるわよ!ヘマすんじゃないわよダースッ」 


「わあってるさッ」


 甲冑の鎧男の指示に従い、仕方なしとばかりに前戦から後ろの陣へと下がっていく。

 そしてハンナは何やら魔法を発動すべく呪文らしきつぶやきを唱えた。

 聞き取れない程の速さでありながら流暢な滑舌、それはひとえに彼女が熟達した『魔術師マジックソーサラー』であることを示していた。


 ハンナが詠唱している間、時間稼ぎのためかダースと呼ばれた鎧の男が果敢に俺との距離を詰めて幾度も斬りかかる。


「くらえッ!!」


 当然避ける、悪魔の翼をもつ俺の俊敏性をもってすればその斬擊を回避するなど容易いことだ。


「ヒヒヒッ、そんな遅い攻撃じゃ俺に一太刀浴びせることは叶わないぜェ?」

 

「チッ、チョロチョロすばしっこい悪魔だッ」



 苛立たしげに怒りを孕ませさらに斬りかかる。

 その繰り出される斬擊、それに伴うこの威圧感はこの鎧男もまた熟達した騎士であることを如実に示している。


 なんて洗練された斬撃。



 ...だが無駄だ。


 無駄無駄無駄ッ。




「そんなスピードじゃァあ、永劫俺に追い付かねぇぜェェェッ?」


 こいつの繰り出す剣さばきは明らかにハンナのそれとは一歩劣る。

 弱い敵を相手にした高揚感に俺は吠えるように嘲笑した、今の俺はきっと悪魔然とした忌避すべき醜い笑顔に違いない。


 弱いやつは大好きだ。

 徹底的にいたぶって苦しんだ顔を拝めるからな。

 


 今の俺は調子がいい、気分に乗って調子付き、ダースの剣撃を軽妙にかわしてみせるとその男に向けて片方の腕を付きだした。


 手のひらから魔法陣が出現する。



「ひゃははははッ燃えて悶えるといいッ、『炎渦ブレイズフィアー』ッッッ!!」


 

 鎧男を燃やすべく魔法を発動、俺の手のひらから轟くような火炎音とともに凄まじい炎が吹きすさぶ。


 その炎は指向性をもってダースの方へと突き進み、その男だけじゃなくその周囲にいるやつらの仲間もまとめて燃やし尽くし、燃え盛る炎の波へと巻き込んだ。


 

「キッヒヒヒヒヒヒヒッッッ!!!燃えろ燃えろッッッ雑魚冒険者どもがッッ」



 大量にわきでる黒煙と激しい炎がたちのぼる中、あわてふためく彼らが目にうつる。

 俺は愉悦の笑みが止められなかった。

 

 所詮この程度か、この程度の強さでこのダンジョンを踏破しようなど片腹痛い。



 たちのぼる炎の中、やつらが燃え尽きて倒れ伏す。


 

「さてと...次はどいつが相手だァ?」


 

 この程度なら楽勝だ、今回の戦いは早く決着がつきそうである。


 魔法の効力が切れて燃え盛っていた炎と煙が沈下していく。

 その様子を尻目に、俺は次の獲物となる屠られるべき標的を探しだした。



 ...が、広範囲にわたって立ち上っていた黒煙が徐々に晴れていき視界が明瞭となる中、俺はその光景に違和感を覚える。



「...あ?」




 そこには、ありえるはずのない光景が俺の目にうつりこんだ。



「.....」

 


 人影だ、沈下していきつつある炎の中たちすくむ人影。


 

 ありえない、ありえるはずがないのだ。


 やつらは確かに今しがた燃え尽きたはずだ。



 ...だというのに、沈下していく炎と煙の中には一人だけじゃない、何人もの立ちすくむ人影が俺の視界にうつりだす。



「どういうことだぁ、こいつはぁ...」



 そしてついには視界は明瞭となり、はっきりとわかる、鎧男たちは生きていた、彼らは燃え尽きてなどいない。


 その姿形は戦いで負った幾多の傷は認めても、高温の炎にあぶられた様子は微塵も見受けられなかった。




 ...これはいったい?



 俺がそう疑問に悩み目の前の状況にわずかに困惑していると、不意に、小さくもはっきりと聞き取れる清兼な声が耳に木霊した。



聖壁セイントフィール...そして」



 その言葉を聞いて俺ははっきりと認識した。

 彼らの前には微弱な光沢をきらめかせる透明な薄い壁が張られていたのだ。


 これがやつらを守った原因か。


 それにこの声は。

 

 



「『光裁ホーリーブロー』」


 

 この声はハンナだ、魔法を発動し彼女のその身は凄まじい光量をはなつまばゆい光に包まれていた。


 光属性の魔法だと? 


 『魔術師マジックソーサラー』に『魔法剣士マジックナイト』、その他いくら強力なクラスを得ようとも光属性魔法などそうそう使えるものではないはずだ。


 突如沸いて出た予想だにしない目の前の事態に俺は頭を働かせる。

 


 ...がしかし、そんなことはすぐに憚られた、目の前に広がる光景に思考が停止して俺は絶句する。



「なっ、こ、こいつはッ!?」



 俺らの上空にて巨大に広がる聖なる光を孕む魔法陣、それを見た瞬間のこと、この身を塵も残さず消し炭にするような怖じ気が俺の全身にほとばしった。


 これはまずいッ。



 『私を虚仮にしてくれたその罪、ここであがなわせてあげるわ...光裁ホーリーブローッ』


 それは悪しき存在を滅する聖なる輝き。

 光属性魔法の中でも中位に位置する程度の攻撃魔法ではあるが、その天より下ろされる広域に広がる巨大な光柱はまさに光の暴力である。


 負のエネルギー体である悪魔種の俺らに効果は絶大だ。

 一瞬で死滅するぞ。



「総員ッ退避ィぃいいッ!!」


 俺は仲間に向けて怒号する。

 

 あのハンナと呼ばれる女、『退魔師エクソシスト』のクラスさえも得ているというのか。

 光属性魔法の使い手など本当に数が限られる。



 俺の怒号にともない他の仲間達も危機に察したのか、少しでも距離を離すべく散り散りに悲鳴をあげて飛び去っていく。



「ウワァァアアアアッ!!!!ニゲロォオオオオオッ!!!」


「どけッテメエらッ、オレがニゲレねぇだろおおがッッッッ!!」


「チクショオオオオオッッッ!!」



 俺もそれに乗じるように逃げる、魔法陣の範囲外に出ればまだ助かる。


 


 ...だが遅いか。



「や、やめッ..」


 

 俺は最後まで言葉は発せなかった。


 魔を滅する光の粒子が下ろされる直前のこと、ハンナの言葉が俺の耳に届く。





「我が光の裁きに塵も残さずこの世から消え失せなさい、悪魔ども」





 

ⅩⅩⅩ






「...ははっ、いつみてもハンナの光魔法はすごいな」


 

 地下洞窟にて広大に広がる薄暗い空間の中、視界を遮るように土埃が舞い上がる。

 その土埃も時間の経過とともに徐々に薄れてゆき、晴れた視界にうつる目の前の光景に鎧の男ダースはあきれ半ばに言った。

 

 目の前に広がる光景、それはとてもじゃないがおのれ自身には到底つくりようがない光景だ。

 障害物となる岩石の隆起物はすべからく消滅し、岩盤には大きなクレーターが刻み込まれ、もはや元の地形は面影もなく消え去っていた。


 これで悪性の性質をもたない人間には効果がないというのだから驚きである。


 だが確かに、悪しき悪魔達はひとっこ残らず消えていた。



「はぁッ、はぁッ...」


 

 魔力の消耗が激しかったのか、その疲労を示すように膝をついてハンナは息を荒げた。

 そんな彼女を労るように、ダースはハンナの肩に優しく手を置くと称賛の言葉を送った。



「ハンナ、よくやったな。お前のおかげで助かった」

 

「...はん、別に当然のことをやったまでよ。てか、触んないでよ」



 不機嫌気味にそっぽ向くと、ハンナは肩におかれたダースの手をパシッと軽くはたき落とした。


 激しい戦闘で乱雑に乱れた金の髪、そして極度の魔力消費で疲労してもなおのぞかせるその凛々しい表情は、ハンナはさながら硝煙がまう死の戦地に降り立つ麗しき聖女かのようであった。 

 誰もが目を奪われる気高さだ。


 周囲の仲間達はそんな彼女に、そして忌まわしき悪魔をうち払い窮地を脱した喜びに次々とハンナに称賛を声を送った。

 



「さっすがハンナ!俺たちの聖女様だぜ!」


「助けてくださり誠にありがとうございます、ハンナ様!!」


「マジで助かった、ありがとう!」




「うっさいわねッ、人を誉める暇があるならちゃっちゃと怪我を治して準備をしなさい!」



 現在、ハンナのチームメンバーは総勢20人のメンバーで構成される。

 そのメンバー全員が冒険者という職につく戦闘を生業とする者たちであり、一人一人が熟練者だ。


「あんた達さっさと立ちなさい、目的のブツを手に入れたらさっさと帰るわよ」


 危険な魔物や悪魔が蔓延るこの地下洞窟にてハンナたちの目的はあと少しで達成されようとしていた、それが済めば後は洞窟を脱し町に帰るだけだ。


 先の忌まわしき悪魔の集団との遭遇は少し運の悪い想定外のアクシデントだったのである。

 

 

 今回の冒険でチームメンバーはまだ誰も死んでいない、それ故にみながみな顔が安堵したようにほころんだ。


 冒険中は死と隣り合わせの職業であるゆえにその安堵は格別だ、それはベテランとなった今も変わりない。

 互いに生きて生を実感していることを喜びあう。






 ...だが、



「あんたたち、私と違って弱いんだから油断すんじゃないわよ。 

 まだここはダンジョンの中なんだからね」



 そう、ここは地下洞窟の迷宮、来たる冒険者をことごとく死へと誘うダンジョンだ。

 

 その名の通りただの自然洞窟にあらず。


 想像にも及ばない超越した存在、そんな何者かの加護や人の手が加わったたしかな迷宮である。



 ...それ故に、ここで油断するなど絶対あってはならないのだ。




「ほらッ、ぼさっとしな.......」



 ハンナは半ば怒ったように仲間たちを激励し、激励される仲間たちは笑って心を奮い立たせた。


 ...しかしそんな激励の言葉も、ハンナはもう口にし続けることは出来ない。



「かはッ..」



 吐血。


 夥しい量の鮮やかな血液がハンナの口からあふれるようにこぼれ落ちる。


 血の気が引くような光景だ、場の空気が凍えるように凍りつく。

 先の安堵の空気が嘘のよう、仲間の冒険者たちは一斉に目の前の壮絶な光景に驚愕をあらわにした。



「ハンナッ!?」


 ダースが血相を変えてハンナのそばに駆け寄るも、それは叶わずすぐにその足を止める。

 

 そして驚愕の表情が零れた。



「ば、ばか..な...」


 それはまるであり得ない悪夢でも見たかのような、ある種の絶望の色ともいえた。


 ハンナは口から大量の血液を流しつつ、それとは別に腹わたからも夥しい血を流しつつあった、そしてその腹わたには彼女の内臓を軽々と突き破るように悪魔の手がとび出している。



「...ひははッ、いけねぇなぁ、聖女様よぉ? ダンジョンじゃ油断大敵なんてのは常識だぜェ?」


 

 腹わたを押さえども、当然その血の流出がとどまることは微塵もない。

 ハンナはただ血を吐き出して度しがたい苦痛に呻くしかなかった。



「な..なんで...生きて..る」


 ハンナは今にも飛びそうな明暗とした意識をその高いプライドで縛り付け、必死な形相で後ろの存在に目を向ける。



 ハンナの金髪と同色とした金の瞳に、悪魔の顔が...俺の顔がうつる。



 悪意と嘲笑、そして絶望がそこにあった。



 悪魔たる俺は嘲笑して言った。




「あ"あ"? なんで俺たちが生きてるかだってェ? ひはははははははッ!!そいつは愚問だなぁ?

 ここはダンジョンだッ、一攫千金を夢みて果敢に挑むお前ら冒険者を誘う迷宮にして、お前らを生きて帰さない我らが魔王デイリス・アザード率いる『眼差しの軍団』我らレッドデーモンの拠点ハウスだぜェ?

 そんな敵地に、形勢を逆転させるトラップの一つや二つくらいはあるに決まってんだろォお?」




 ハンナは絶望した。


 そこには、先の戦いにて消滅したはずの多くの悪魔たちが生きていた。

 聖なる光を浴びたとは思えぬ悪鬼の笑みを浮かべてハンナたちを嘲笑していたのである。





ⅩⅩⅩ





 ダンジョンとはただの自然にできた洞窟にあらず。

 それは他者の手が介入された歴とした生きた人工物ともいえる。

 ここ、地下洞窟ダンジョン、レッドデーモン族の拠点『赤悪殿レイドネス』もまたその例外でない。



 ダンジョンには冒険者をダンジョンへと誘う宝の山であると同時に、その略奪を防ぐべく彼らを死に誘う『迷宮罠ダンジョントラップ』もまた数多く存在する。


 

 ハンナが先ほど放った広域に渡る光魔法『光裁ホーリーブロー』、あの致死級の一撃から俺らレッドデーモンを守ったのもまた『迷宮罠ダンジョントラップ』に他ならない。



 あれはヤバかった。


 俺らが助かったのは本当に運がよかったとしかいいようがない。

 


 迷宮罠ダンジョントラップ強制転送ディメンション・ジャンプ』、これが俺らを救った。


 このトラップは発見者の任意で発動できるトラップ系マジックであり、一定範囲の対象者を一時的にに異次元へと転送する。

 加えて、その対象者は無差別ではなく発見者と同属グループいわば見方と認識された者のみが対象となっている。


 

 これは本来俺たちが使う用途のないはずのトラップだ。

 モンスターの大群などから冒険者を一時的に敵のいない安息の地へと送り届ける冒険者を守るためのトラップ、いわばダンジョンの作り手たる迷宮精ラボ・シーの加護ともいえる。


 つまりは、俺たち魔王軍とは関係していないトラップであり、本来はハンナ達が偶発的に使うべきもののトラップなのだ。



 ...これは幸運だ。


 まさに天命。

 

 我々悪魔を塵に滅する破魔の光を浴びるしかなかった俺らの命運に、それを何を思ったか運命の女神が味方したのだ。




「ヒハッ、ひへへへへッひははははははははははははははははははははははははッッッッッ!!!!」



 これが笑わずにいられるか。


 彼ら冒険者たちがその命を張った努力をこうも容易く踏みにじるとは、あまりに滑稽な命運なことよ。

 あまりに惨めだ、それがおかしくておかしくて俺は狂ったように嘲笑した。



 ズボッと生々しい肉音をたてるよう、ハンナの腹わたを貫いた手の腕を勢いよく引き抜いた。

 それと同時ハンナの腹わたからは噴水のごとく鮮血が飛散する、そして多量の血液を失った彼女になすすべは何もなく、自らの血でできた水溜まりに力なく倒れた。



「「「ハンナァあああああああああッッッ!!!!」」」


「「聖女様ァァァああああああああッッッ!!!」」



 ダースが、その仲間たちが、ただされるがままに事切れる彼女の姿に雄叫びあげた。


 もはやハンナは虫の息だ、一刻も早く処置を施さなければ彼女が手遅れになるのは明白である。

 武器をその手に決死の表情で彼らは俺らに向かって突貫する。



「「聖女様を返せェえええええええッッ!!!」」



 ...聖女。


 そうか、やはり『聖女マリア』か。

 彼女が世界でも数少ない光魔法の担い手なのも納得である。



「ひはは、ひははッ...」



 『聖女マリア』のクラスを取得するものはそうはいない。

 それも『魔術師マジックソーサラー』と兼任するなど前代未聞の話だ。


 闇の力を源流とし魔力を源とする『魔術師マジックソーサラー』に対して、『聖女マリア』は神の祝福、つまりは神力を源とするいわば光の力だ。


 魔力と神力は相反する、闇と光は混じりあえない、..だというのにハンナはそれを成している。



 あり得ない、ああ、あり得ないはずだ。

 

 だが現実にそれがなされている以上、これはますますハンナをただで返すわけにはいかないな。



 俺は今意地の悪い笑みをしてるに違いない、こんな楽しいことは他にないぞ、俺は激怒する彼らをさらに煽るよう嘲笑を雄叫びを木霊させた。



「ヒッはははははははははははッ、聖女を救いたくばぁあ俺たちをとっとと倒してみせるんだなぁあああああああッッアッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!!!!」



 さあ、第二ラウンドの始まりだッ。

 

 

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レッドデーモン、木っ端悪魔の最強譚 上下反転クリアランス @reidesu

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