第3話
悪魔種というものが存在する。
それはその名の通り悪魔系のカテゴリーに属する魔物の総称をさす種族名。
それは生まれながらに忌避すべき悪性の性質を備えもつある種の害ある生物の代表格でもあった。
そう、害ある生物の代表格......害ある生物。
忌避すべき悪性。
そう、...俺ら悪魔は生まれながらに忌避すべき疎まれる存在なのだ。
「なによ、あんたら」
目鼻立ちの整った美女が俺を前にして剣呑の声を発する。
導師なような法衣をまとったその服装からして魔法使いだろうか? 目元は鋭く気が強そうだ。
「な、なんでこんなに
「キヒヒッ、なんでだろうなぁァァ?」
美女の後ろには数十名にわたる冒険者が構えておりその内の一人が警戒するようにボソリと呟く、それは冒険者全員の心境を代弁していたにちがいない。
俺は
俺の後ろには総勢百人の
まさに数の暴力。
俺ら
圧倒する数の優位性に俺は愉悦の嘲笑を止められなかった。
俺に続くように他の
「なあにぃ細かいことは気にするなァ、俺たちはただ勇猛果敢なお前たち冒険者を歓迎しにきただけサァ」
「ハン、悪魔に歓迎を受けるなんて考えるだけでおぞましいわ」
「ヒヒヒッ、そう冷たいこと言うなや。
これでも俺はお前たちにけっこうな期待をしているんだぜぇ?」
「期待ですって?」
美女の魔法使いが不快げに眉をひそめる。
その目は一瞬の油断もならないとばかりに俺ら悪魔の一挙一動を睨み付けていた。
「ハンナ、悪魔と不用意に話すな、あいつら悪魔はその言葉だけで生きとして生きるものを悪性に導き俺たちを惑わせる。
何をきっかけに呪われるか分からん」
「黙ってなさい、隊長は私よ」
いい、...とてもいい、この気の強さは自らの力にとても自信をもっている。
その強かな気性を屈服させたとき、一体どのような顔をするのか。
「あッ、ハンナッ待つんだッ」
ハンナは仲間の制止を振りきって動いていた。
『
「ケハハッ。お前らぁ、相手してやんなァッ」
俺の合図に十名近くの仲間たちが哄笑をあげた、そしてその悪魔の翼を猛然とはためかせハンナに飛びかかる。
だが、
「雑魚悪魔は引っ込んでなさいッ」
仲間たちの攻撃は空しくも当たらない、その鋭い一撃一撃が流麗な動きをもって軽やかに避けられる。
もはやかすりもしなかった。
そしてその避けざまに、ハンナはその手のもつ剣をもって悪魔たちを切りさばき、あたり一帯を悪魔の血で埋め尽くす。
「キヒッ」
張り付いた笑みに冷たい汗が垂れる。
これが冒険者ランクA級の動き、予想以上の戦いぶりである。
彼女に飛びかかった悪魔たちはものの一分とかからずに全て斬り倒された。
そしてハンナはその怒涛の勢いを止めずにステップを踏み俺へと距離をつめれば剣を振りかぶる。
「死になさいッ」
防御はダメだ、こいつの攻撃力を考えれば俺の爪が砕けてしまう。
「ちっ」
鋭い刃物がかち合う鉄性音とともに火花が散った、俺は自らの悪魔の爪をもってやつの攻撃を何とかはじくことに成功した。
しかし、ハンナの攻撃はただ一回の一撃では終わらない。
さらなる連撃が次々と続き俺は苦戦を強いられる、連続でこいつの攻撃をはじくなど無茶に等しい。
「ハッ、リーダー格のアンタは少しはやるのかと思えば所詮ただ雑魚悪魔ね、下っ端と大して変わらないわ」
戦いの均衡はすぐに崩れた。
ハンナが雄叫びをあげるとともに渾身の力をその一閃に乗せた。
「『岩砕斬』ッッッ」
「ゲヒッ!!」
それは岩石などといった物理耐性の高いものを切断する際に使用される
「ッ!」
いやまだだ、彼女の苛烈な攻撃はまだ終わらない。
これはまずい、俺は自らの直感に従い回避行動に全力を尽くす。
...が、
「その腕もらうわ!!!」
俺の片腕が血しぶきをあげて空高く千切れとぶ、ハンナは俺の左腕を軽々と両断した。
「ガぁああああああああああぁァァぁああああああああああッッッッッッ!!!!!」
俺は失った左腕をおさえて絶叫をあげる。
くそっ、くそくそくそくそッッッッ!!
こんな傷を負う予定はまるでない、とんだ誤算である。
綺麗に切り上げられた切断面から流れる血液はとまる気配はまるでない、悪魔の血液はどこまでも無慈悲に流れていく。
ああ痛すぎる、あまりの苦痛に絶叫をやめることができない。
そんな俺をハンナはまるで下らない無価値なものでも見るかのように一瞥すると、冷たく言い捨てる。
「聞き苦しいわね、その耳障りな喚き声はいつまで続けるつもり?」
「ああああああああああああッッッ」
「...はぁ、見苦しいったらありゃしないわ」
ハンナは剣を携えるコツコツと足音を立てて俺に歩み寄る。
ああ、大勢の悪魔どもを前にしてこの余裕ある振る舞い、まさに清らか傲慢さ、俺は痛みにこらえながらも彼女を睨み付ける。
「あああああ..あああッッ..あがぁッ...」
「...私が介錯してあげるわ、悪魔の分際でこの私に殺される幸運に感謝することね」
俺のすぐそばまで歩み寄った彼女は、俺の首を刈るべくその剣を大きく振り上げるとそう言った。
だが彼女のその言葉に慈愛の精神など欠片ものっていないことなど、悪魔の俺でもすぐにわかる。
「...あが、ああ..ぎあ..あ、あ」
「........」
「あ、...あ、あはあ、あは、あははは...」
「?」
「アハ、アハァ、ギャハハハハハハハハハハハッッッ!!!!」
ああ、笑うしかねぇ、こんな糞みたいな状況だが最高だ。
痛みに喚いていたはずの俺が突如笑いだしたことに薄気味悪く感じたのだろうか、ハンナは狂人でも見るかのように俺を見下した。
「なに? これから死ぬ恐怖に頭でもおかしくなったの? 悪魔のくせに情けないわね」
ハンナは鼻を鳴らしてわずかに笑った。
ああこわいとも、...そしておかしいさ、こんな愉快なこと笑わずにはいられない。
「ギャッハハハハハハハァッ。第48階層の階層主、
映像記録媒体をその体に内蔵するやつの役割はいわば斥候、...やつはその役割は大いに果たしていた」
「は?」
説明した内容の意味がわからないのか、ハンナは訝しげにその綺麗な眉をつりあげた。
「だが同時にやつは階層主としての役割も担う、その戦闘力はただの斥候レベルにおさまらないことは実際に戦ったお前らも重々知っているはずだァ。
通常の武器では切れない強靭な堅牢性と高い伸縮性、そして高度の粘着性を誇るやつの放出する糸は冒険者の機動力を大きく阻害する。
加えて機動種という種族特有の高い
「急になにをくっちゃべってんのよ、アンタ」
「きはひッ、第48階層の階層主は強かっただろう、という話さァ」
「あら、だとしたら見当違いも甚だしいわね。
あんな雑魚私の敵じゃなかったわ、あんた同様にね」
ハンナが下らないとばかりにそっけなく言い捨てる。
だがそんな筈はない。
確かにハンナの言う通り彼女自身は大きな怪我を負うような危機的状況にはならなかったものの、彼女の仲間たちはその限りではない。
そこそこにダメージを負っていた。
何より、多大なる魔力消費はハンナを含めて魔術師系の冒険者全員に強いられていた。
自らの足場となる鉄製の網糸を縦横無尽に張り巡らせ、地形的優位性を得ている
また通常の武器では切れない頑強な網糸に対しては唯一の脆弱性を示す炎系魔法は必須だ。
必然的に対抗策として魔法による特殊な対応が必要となってくるのだ。
そんな俺のだらだらとした話にハンナは苛立っていた。
「だから何んだというの? これから死にいくあんたら悪魔にそんなことはどうでもいい過去のことよ」
「ひひ、ああ、かもしれねぇなァ?」
「ふん、じゃあ遺言はそのつまらない話でいいかしら?」
彼女のその皮肉に俺は笑みをもって応える。
この話において重要なことはそんなことではないのだ。
そしてもう一つ、抜けてはならない重要なことがもう一つ確かに存在する。
「...俺は見たんだァ」
「...何をよ?」
「さっきも言ったはずだ、
やつのその巨体に内蔵されている映像記録媒体にはお前らの戦闘情報が一部の抜けもなくつまっている」
「...なんですって?」
俺の言わんとすることに何となく気付きだしたのか、ハンナがその顔色を少しずつ変えていく。
「俺は知っていたのサァ、法衣をまとって一見魔法使いにしか見えないお前が実は剣を主体とした戦闘を得意とする魔導剣士であることも、そしてさきの
そして何より、冒険者の中でもお前の戦闘力が飛び抜けて突出していたこともなぁあああああああッッッ」
「ッ!?」
俺は残った片腕である右腕でとある術式を展開させる。
後ろの冒険者の誰かが言っていたな、...悪魔は人を惑わせる、そして悪魔は人を呪うと。
その通り、まさにその通りだ。
ハンナに飛びかかったさきの悪魔たちは何も無駄死にしたわけではない。
重要なのは彼らの血だ、悪性の魔力に満ちる悪魔の血液。
ハンナに切り伏せられた彼らの血液はあたり一帯を盛大に汚しており、それは彼女自身に例にもれずその肌に返り血として多量に付着している。
加えて
まさに今このとき、この呪いはとても効果的である。
「『
「しまったッ」
呪いの魔力がハンナの両腕にまとわりつき呪いを示す紋様が浮かび上がる、それに慌てて気付いたハンナはその手をふって振り払おうとするがもう遅い、それは絶対に離れない。
『
これは数多ある魔法分野の中でも『
解呪には数少ない専門の手を借りる必要があり、同時にその呪術の発動には何かしらの条件を満たす必要がある厄介さがこの『
この『
そのため少なくとも彼女は今、もはや剣はおろか武器となり得る全てのものをその手にもつことは不可能となったのである。
そう、つまりは全ては計画通り、俺は最初からハンナに標的とし彼女に武器を持たせるつもりはなかったのだ、多少の誤算はあれど全てつつがなく進んでいる。
「ヒーハハハハハハハハハハハハッッッッッッ!!!!」
呪術の効力が効いてきたのか、ハンナが力なくその手にあった剣をこぼれ落とす。
俺はそれを見てもろ手をあげて割れんばかりの嘲笑をあげた。
絶望。
剣を握れないその手元を見下ろす彼女の表情は今の現状に対する確かな絶望の色が張り付いていた、震える唇がそれを証明している。
ああ、なんて愉快な絶望なことか、嘲笑がやめられない今の俺はきっと悪魔的でありその笑顔はどごでも忌避すべき醜さで染まっていることだろう。
俺は切れた糸人形のごとくピタリと嘲笑を止める。
それに気付いたハンナがその悔しげに満ちた顔をあげて俺と視線を合わせる。
ああ、その金色の瞳にうつる悪魔の笑顔がなんと醜いことか、自らのあり方に歓喜の感情が沸き起こる。
これぞ悪性、俺たち悪魔種たる悪性である。
俺はその本能に従い、こう言った
「さぁァ、ショータイムの始まりだアッッッ!!」
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