第2話


 居酒屋『アクマバライ』


 それは魔界のとある場所に立地した酒場であること以外は至って普通の居酒屋だ。

 特筆すべきことがあるとしたら悪魔や鬼など、その客層ゆえに暴力沙汰が多発しやすいことだろうか。


 

 今日も今日とてお目当てのキルナちゃんとお話するべく、俺は居酒屋『アクマバライ』へと赴いていた。




「ねぇワイズ、あなたは知ってるかしら?」



 カウンターで酒をちょびちょびと飲む俺に、キルナはなにか意味ありげにそう問いかける。


 相変わらずのムンムンとした色気だ。


 女淫魔サキュバスの種族的な特性ゆえか、何気ない所作でさえたいへん魅惑的かつ性的にうつるのである、たいへん素晴らしいぞ。



 だが質問に対し返答に窮する、知ってるとは何をだ?



「ふふ..勇者のことよ」


「ひひッ、こころあたりが色々ありすぎてどれのことやら。

 なにか勇者について噂でも流れたのかい?」



 興味半分に聞けば、キルナはうなづいて肯定の意を返した。


 勇者などとてもありふれた存在だ。

 魔族と人族が戦争状態となってすでに五年という月日が経過し、その間何人もの勇者が確認された。

 

 ...が、そのどれもこれもが俺ら魔族の観点からすれば紛い物に過ぎず勇者足り得ない者たちばかりであった。


 

「なんでも、聖なる祝福を宿した冒険者がいたとかいないとか、そんな話がちらほらと出てきてるわ。

 どこで誰が見たかは不明瞭だし、真偽は定かじゃないけどね」

 

「ひひ、なるほどねぇ、だとしたらぜひとも見てみたいもんだァ」


「次はもしかしたら本物の勇者かもしれないわよ?」



 本物の勇者足り得る人間など久しく見ていない、最後にこの目にしたのはいつだったか、それももはや朧気だ。



「けけッ、別に今までの勇者も紛い物ではあれど実力は確かなものだったさ」


「へぇ、そうだったのね...でもやっぱり、魔族に生まれた一人として本物の勇者ってのは見てみたいものじゃない?」


「...そうだなぁ、見てみたいもんだが...きひっ、重要なのはそこじゃねぇさ」



 容器に残った酒をゆっくりと飲み干すと、しゃがれた声を唸らせてその喉ごしを味わった。


 

 あ"ぁぁぁ...勇者か。



 勇者、勇者、勇者...



 ....


 ........




 なにとはなしにキルナのその魅惑あふれる豊満なバストは目を向けた、露出が大きい服装ゆえにとても眼福だ。


 俺が勇者ならばその豊満なバストに今すぐにでも飛び込めるのだろうか?



「...きひひッ、ま、いまはどうでもいいなぁ」

 

「へ?」



 泥酔した働かない頭で考えるだけ無駄だ。


 俺が何を言ったのか聞き取れなかったのか、キルナはキョトンとした呆け顔で俺を見つめる一方で、俺は空気を切り替えるよう気だるげにカウンターに肘をついた。

 そして前のめりになって彼女に近づく。



「なあなあぁキルナさぁん、俺とデートしてくれよお?」

 

 勇者なんて今はどうでもいい、俺はキルナさんとお近づきになりたいのだ。

 そのために俺はここに通っているんだ。



 話が急に切り替わったせいか、キルナはその微笑みに困惑の色を浮かばせた。



「ちょっともう、いきなり何よ」


「だってよお、いつもデートに誘ってるのに振られてるんだぜぇ? そろそろ俺たちの関係も一歩踏み出す時だと思わねえ?」


「...私、今日はずっと仕事なの、だからダーメ」


「じゃ、じゃあ仕事が終わった後ならいいんだな?」


 

 俺が未練がましくなおも食い下がる、俺は是が非でもキルナちゃんとお付き合いしたいんだ。

 するとキルナは俺の真摯な思いに観念したのか、なにやら思索げに一度目をつむると、改めて微笑む。



 そして、こう言った。




「お、こ、と、わ、り、よ」

 

 

 撃沈である、俺は泣いた。



「そ、そんな殺生なぁぁあああッ...」



 俺はオイオイと情けない声をあげて涙する、そして彼女の柔らかくて白いスベスベの手をとって自らの頬にこすりつける。

 俺は懇願した。


「キルナさあぁぁん、頼むよおぉぉ、俺と付き合ってくれよぉぉ」

 


 ああ、キルナの手は柔らかく気持ちいいなぁ、温けぇなァ。

 俺は涙を流しつつ彼女の手の温もりを堪能していると、やれやれとばかりに彼女は盛大にため息をついた。


「はぁ、困ったわねぇ」


「俺がこんなに頼んでるのにそれでもだめなのかよお」


「あなたの懇願はどこか嘘臭いのよねぇ」

 

 

 俺はただデートの申し込みをしているだけだというなのに、なんて言われようだ。

 まるで構ってちゃんの対応に困ってるような表情をするキルナであるが、すると、とある人物が俺の後ろに歩み寄ってきた。


「やめんか小僧」


「ゲヘッ!」


 バシッと活のある一撃を頭部に受けて、俺はついキルナの手を離してしまった。

 

「嬢ちゃんが困ってんだろうが、馬鹿たれがぁ」

 


 手を離されたことにキルナはホッとする。

 

 おいおい、俺とキルナちゃんの逢い引きを邪魔するやつは誰だ?

 憎しみを抱いて後ろを振り向けば、そこには初老の悪魔じいさんが憮然として立っていた、チョップを叩き込んだのはこいつか。


 俺とキルナの幸せな時間を邪魔しやがって。


 俺は憎まんばかりの視線でじいさんを睨み付けるとその胸ぐらをつかみあげる。



「おいおいぃじいさん、人の恋路を邪魔するとはぁふてぃことするじゃねぇかァ? 蹴られる覚悟はできてんだろうなぁ?」


「ちょ、ちょっとワイズッ。やめなさい」



 はて? どうしてキルナが邪魔をするのだろうか?


 キルナに制止の言葉をかけられても俄然やめる気はなかったが、一方でじいさんはそんな俺らを憮然とした顔で静かに静観していた。


 しかしそれもすぐにやめ、鼻を鳴らす。


「ふんっ、最近の若いもんはなっとらんわい」


「ア"ァ?」


 すると、じいさんの襟首を掴んでいた俺の手の腕をお返しだとばかりに力強く握り返してきた。


 まさかそんなことで抵抗した気か?

 たかが老人悪魔の分際でなにを無駄な悪あがきをしているのか、俺は嘲笑の笑みを返してやる。




 ...


 ........



 が、嘲笑の笑みを返すなどそんな暇は微塵もなかった。


 自らの腕の骨がミシミシと嫌な音をたてて粉砕されつつあるその現状に、俺は顔を青ざめんばかりに度肝を抜かれた。


「て、てめッ」


「......」


 あまりの危機感に俺はとっさに手を離す。

 するとじいさんもそれ以上は追撃する気がないのか同じく俺の腕から手を離した。


 このじじい、老い先短い老いぼれの癖してこの力、..筋力STRの高さは明らかに俺以上の高さを備えてやがる。



「てめぇなにもんだァ?」


「ふんっ、今後は身の引き際をわきまえることじゃな。粗野な男には女は近づかん」


「あ、あんだとおッ?」


 余計なお世話だ。

 気に入らないから一発殴ってやろうかと思ったがそうする前に、じいさんがサッとなにやら一枚の紙切れを俺に差し出した。


 何だこれ。



「上からの指示書じゃよ」



 指示書かよ、じゃあこいつは伝令系か、そんでもって俺の仲間ということである。

 こんなタイミングにくるとはついてない、これじゃあデートが出来ないじゃねぇか。



「確かに渡したからの。精々その性格が災いして命を落とさぬことじゃな」



 偉そうにそう言い残すとじいさん悪魔はもう用はないとばかりに店の外へと去っていく。

 とっさに制止の言葉をかけるもじいさん悪魔は聞く耳もたずだ。

 

 結局あのじいさんが何者であるのかはわからず仕舞いになったが、まあいいか。

 今はどうでもいいことだ。


 俺は忌々しげに指示書の中身へと目を通した。





ⅩⅩⅩ






 ダンジョンとは果敢な冒険者を誘惑する数多の宝を孕むと同時に、その略奪を阻まんとする数多くの魔物が蔓延る迷宮である。


 その存在理由は不明だ。

 何百という年を重ねる種族をもってしてもその理由はいまだ解明されていない。



 だがその用途としては著しくシンプルだ、主にその迷宮の攻略に伴う巨額の富。

 一攫千金を夢見る冒険者の大半は主にこれを理由としているだろう。



 だがしかし、それとはまた異なる用途として利用する者も存在する。



 ダンジョンは単なる迷宮ではない。


 ダンジョンとは魔界と地上、その二つをつなぐ唯一のルート。

 


 ダンジョンは魔界と地上を行き来する上でなくてはならない存在なのである。



 ここ、地下迷宮ダンジョン『赤静殿レイドネス』もご多分にもれず魔界と地上をつなぐひとつの道である。






「でぇ?俺をここに呼び出した理由を聞かせてもらいましょうかぁセンパァイ?」


「ふむ。随分と機嫌が悪そうだな、何か不都合でもあったか?」



 手渡された指示書に従い、俺はダンジョン『赤静殿レイドネス』へと足を踏み入れた。

 指定の場所にたどり着けば、上司の赤悪魔レッドデーモンが能面のような仏頂面で俺を迎えた。


 ちなみに不機嫌の値はMAXだ、そりゃあそうだ、デートを邪魔されたんだからなクソが。



「いえいえェ、絶対尊守すべき組織の命令に勝る都合など俺にはありゃあしませんぜ?」



 組織に従属する一悪魔として俺は努めて感情を表に出さないよう心がけた、大人な対応である。

 俺のひきつった笑みに先輩悪魔は納得するように静かに頷く。


「...ふむ、そうか」

 

 そうかじゃねぇよ。


 俺の胸中にひめる感情を露とも知らない先輩悪魔に腹が立つも、彼はつらつらと状況説明に勤しんだ。



「こいつを見ろ」


「あ??...その水晶石がどうしましたよ」


「中層第45階層にて多眼蜘蛛マルティピュライヤーによりうつしだされた映像だ」


 透明度の高い水晶のような石を手渡されると、確かにそこには映像がうつっている。

 十数名近くのメンバーで小隊を組んだ冒険者のようだ。



「そいつは三時間前の映像だ。

 こいつらの目的は判明してないが、大まかこのダンジョンの攻略であろう」

 

「キヒヒッ、そうだですなぁ、ダンジョンを潜る理由なんてそれくらいしかねえだろうしねぇ」


「そして偵察に向かった者の情報によると、その強さはおそらく平均的に見て冒険者ランクはBからA級に相当するようだ」


「ほう、それはお強いこってェ」


 それほど手練れとなればこの赤静殿レイドネスの最下層主を打倒することも不可能ではない。

 俺はウンウンと納得を示すように上司の説明に相づちをうった。


 そして、俺はひとつの疑問を投げ掛ける。



「それでぇ?だからなんだというんですかい?」



 そう、だからなんだという話である。

 

 ここ、赤静殿レイドネスは魔界と地上をつなぐ重要なダンジョンではあるものの、ここの最下層主である魔族は俺らの組織に属さない。


 ダンジョンに凄む魔族と俺ら魔界の魔族は必ずしも仲間であり良好な関係であるとは限らないのだ。

 無論仲間にすることに越したことはないが、現状ここの最下層主はただ冒険者という共通の敵を有するだけの存在である。


 加えて、俺を呼び出すほどの緊急性も感じられない。



「だったら倒してもらえばいいじゃないですかァ、その方がこっちとしても都合がいいでしょウ?」



 それが正直な話であった。


 しかし上司悪魔は首をふって否定する、それを良しとしなかった。

 


「通常であればそうしてもらうところだ。

 だが依然としてやつらの目的は不明、それに今は『ゲート』の拡大を進めているところだ」


「『ゲート』の拡大?」


「そうだ、これがやつらに知られ情報を持って帰られでもしたら面倒なのだ」


 

 なるほどな、確かにそれは面倒なことになるだろう。

 ダンジョンにおける『ゲート』の拡大は目下、魔王軍の地上侵略作戦における最優先事項なのである。


 地上と魔界が戦争して五年、ここにもとうとう戦争のしがらみが回ってきたか。



「なるほど、そういうことですかイ。

 ちなみに、やつらは今どこの階層に?」


「さっきも言ったがこれは三時間前の映像だからな。

 予想になるがやつらの戦力を考えるに今は48階層あたりであろうな」


「じゃあ、早速そこに向かいますかァ」


「いや、50階層で待ち伏せだ、そこにはすでに悪魔部隊を待機させている。

 彼らを率い、やつら冒険者を一網打尽にするのだワイズよ」


 どこまでも無機質で冷たい声で発する上司の言葉に俺は笑みをもって応える。


 悪魔とは害だ。

 人間にとってどこまでも害悪な存在。


 これからやつら人間を苦痛に悶えさせられると意識するだけ興奮が止まらない。

 本能が嗜虐の苦痛を求めている。


 

 俺のこの笑みもまた、我ら悪魔の本能がもたらした業であるのだ。

 俺は本能のままに興奮し哄笑をあげる。

 


「ヒッハッハッハッハッハ、了解ですゼぇセンパァァイッ!!この仕事、このワイズ・ホークスに任せてくださいナァ!ハッハッハッハッハッハッハッハッ」




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