レッドデーモン、木っ端悪魔の最強譚

上下反転クリアランス

第1話


 紅悪魔レッドデーモン


 それは数ある悪魔種における一つの種族名。

 知名度で言えば女淫魔サキュバス悪鬼魔アークデーモン、そんな悪魔たちとも並ぶ悪魔系モンスターの代表格である。



 俺もまた、そんな紅悪魔レッドデーモンの一人である。







「おいそこの若造ッ、てめえも飲んでけッ、とりあえず奢れや!」


「へへ、え、え?なんで俺が奢るんですかい?勘弁してくださいよ旦那ぁ」



 とある居酒屋にて、そこでは酒を持っては騒ぐオッサンどもであふれ大変賑やかな喧騒が響いており、辺りには鼻をつまむような酒臭さを漂わせていた。

 誰も彼もが遠慮というものを知らないのか浴びるように多くの酒をあおる。

 悪酔いや絡み酒、そんな迷惑行為がそこかしこで繰り広げられた。

 

 俺もまたそんな忌々しい迷惑行為を被った哀れな被害者の一人である。



「あんだぁあッ? 俺の言うことが聞けねぇッてかぁッこらぁあッ!!」

 

 俺の返答が気に入らなかったのか、俺に絡んできた中年の悪魔は汚い唾を飛ばしまくって声を荒げ、俺の襟首を乱暴につかみ上げる。



 こんな暴力、この居酒屋では日常茶飯事だ。

 もしかするとここに限らず、治安の悪い地域に居を構える冒険者組合の居酒屋ともなればこのくらいの似たような光景はお目にかかれることだろう。


 ...はぁ、俺はこんなおやじと絡むためにここに来たわけじゃねえんだけどなァ。



「よおよおよおッ、この俺様に逆らうとどうなるのかぁわかってんのかぁあッ、ああぁんッ?」


「ひひっ、いやだなぁ逆らうだなんてェ。

 それより旦那ぁここで暴力ですかい?ここで暴力をふるうといったいどうなるか、それがわからない旦那じゃないでしょう?ひひひ」


 売り言葉は買わない主義だ。

 耳をつんざく中年おやじの怒号に釣られるよう、俺のフラストレーションもうなぎ登りにあがっていくが、ここはひとつ冷静になるのが吉というものである。


 ひくついた笑みを返す俺におやじは何を思ったのか、凄惨な笑みを浮かべるとそのはちきらんばかりの剛腕をふりかぶる。

 こいつ、なぐる気か。



「お"お"ッ、わかんねぇなぁッ!ぜひとも教えてくれやッこわっぱがぁあッッッ!」



 居酒屋での暴力沙汰はどこの世界でもある種の日常だ。

 

 だがしかし、こんなありふれた居酒屋でもこの居酒屋は他の居酒屋とは異なった決定的な差違がある。

 

 

「『肉体向上ビルドアップ・アド』ッッッ!!!」


「ッ!?」


 

 中年おやじのその野太い大声で発せられた宣言は自らの体に多大なる変化を与える。

 能力の発現だ。


 まるで筋肉の増殖ともいえよう変化であり、元々筋骨隆々であった逞しいボディが何倍もの大きさに膨れ上がる。

 もはや筋肉だるまだ。


 そんな筋肉の化け物の剛腕が、そのふりかぶった巨大なこぶしを振り下ろし俺の顔面へと突き刺さる。

 


「ぶへぇええええぇぇぇぇええええッッッ」



 顔面にはしる衝撃。

 同時、背中に加わる衝撃と轟音。

 

 テーブル席やそこに置いていたつまみ物、はたまた近くにいた店の客などその他大勢をとにかく巻き込んで、俺は店の壁へと深々と突き刺さり大きな亀裂を刻み込んだ。


 甲高い破砕音が鳴り散るとともに次々と戸惑いの悲鳴があがる。



「...き、きはひひ..こんちくしょうめ。

 本当に殴りやがったぜ、あの糞おやじ、ひひ..」


 凄まじいダメージだ。

 顔面へのダメージもそうだが店の壁に叩きつけられた衝撃で内臓も損傷したらしい、吐血が止まらない。

 意識がくらくらとして視界が靄がかかったかのように薄ぼやける。

 

 だがなんとか力をふんじばり、体に乗っかった瓦礫をどけてよろよろとその場から立ち上がる。

 

 すると俺の目の前に大きな影がかかった。

 確認するまでもない、そこには筋肉だるまの糞おやじがその巨体をもって逃れがたい重圧感をはなちつつ、皮肉げな笑みを浮かべて立っていたのだ。



「わるいわるいッ、俺ら悪鬼魔アークデーモンの間ではこれがコミュニケーションみたいなもんでよぉお。

 頑強とは言えない貧弱な体をもつ紅悪魔レッドデーモンにはちと酷すぎたかぁあ?」




 『悪鬼魔アークデーモン


 この種族は大きな体躯と強靭な身体能力を兼ね揃え、数ある悪魔種の中でも高い筋力STR頑強性VITを誇っている。

 彼らは生まれながらの戦闘狂だ。


 現にその事実を如実に体現するかのごとく、この糞おやじはそれをなしている。


 頭部に真っ直ぐに生える二本の羊角メリーホーン、その角の立派さを見るにこのおやじはただの酔っぱらいなどでは断じてない。


 

「もう一度聞くぜぇえッ、暴力をふるったら、この『魔将軍ゴイズリー・バング』様がいったいどうなるってええッ?ええッ?」



 単なる酔っぱらいの糞おやじかと思えばとんだ貧乏くじを引いたものだ。

 口内にたまった血液が気持ち悪い、自身の血の味にうんざりしながらペッと吐き捨てると、俺は再び卑屈げな笑みを張り付ける。



「...へへッ、こうなるんですぜ」


「ッ!!」



 糞おやじゴイズリーの皮肉に返事を返すその瞬間のこと、やつの筋肉だるまたるその全身が炎に包まれて激しく燃えさかる。

 これは俺の魔法だ。


 炎に伴う凄まじい燃焼音が轟く中、ゴイズリーは燃やされる苦痛に悲鳴をあげた。


「ガあああああああああぁぁぁあああああッッッッッッ!!!!!!!!」


 炎を消すためか、その場でのたうち回るように転げ回る。


 魔将軍ともあろうものがなんてザマか。

 その無様な滑稽さに、俺は自身の体に帯びたダメージなど忘れて喜色の笑みを浮かべた。


「けひっ、けッひッひッひッひッ、いけないなぁあ旦那ぁ、いくら酔っていたとは言え喧嘩を売った相手に不用意に近づくなんてよお」


 そう言うや否や俺はすかさず、転げ回って無防備をさらすゴイズリーの胴体を蹴りあげる。

 俺の脚撃をもろに受けたのだ、彼はその衝撃の勢いのままに店の壁へと大穴を開け、瓦礫に埋もれて倒れ伏す。


 

 魔将軍『ゴイズリー・バング』、やつはその将軍という名前の通り幾重もの戦場を生き抜いた歴戦の戦士だ。

 火炎系の魔法などは戦闘では最もポピュラーな魔法ゆえに、炎に対する『耐性レジスト』はかなりの性能を誇っている筈である。


 体勢を整えられる前にケリをつけなくては。



「魔族同士の暴力沙汰はご法度だ、それが『魔界』における鉄よりも硬い一つのルール。

 ルール違反者は通報だからなぁ、きっひっひっひっひっ」


 居酒屋での暴力沙汰はある種の日常だ。

 だが、この居酒屋は他の居酒屋とは異なる決定的な差違がある。

 

 それがこれ、...この居酒屋は暗雲たる障気ひしめく魔界に立地しているということ。

 悪魔種、ひいては魔族全体に向けた居酒屋であり、その客層は悪魔種や獣人種、さらには鬼種といった魔族ばかりで埋められる。


 種族柄ゆえに、喧嘩が多い。

 この居酒屋で暴力沙汰が多いのもまた仕方のないことであった。



「ブッコロオオオオオオオォォォォオオオオオオオオオスッッッッッッ!!!!!」



 脅威の勢いで瓦礫をはねあげるとともに憤怒の凶声が辺りいったいに轟いた。

 

 危惧した通りだ。

 ゴイズリーの全身はところどころ焼け焦げてはいるものの致命的なダメージは負っていない。

 

 だがなにが琴線に触れたのか、やつの怒りは今しがた頂点に達していた。


 

「殺す殺す殺す殺すッッッ」


「かひひッ、...やってみなァ」



 ゴイズリーの凶悪な殺意に笑みをもって返してやる。

 それが気に障ったのか、青筋をさらに浮かび上がらせ凶咆を上げた。

 怒りのままに筋肉の怪物が俺を殺さんと突貫する。

 



 ああ、この殺意のなんて凄まじいことか。


 この身に受けるプレッシャーでやつの戦士としてのレベルが手に取るようにわかる、その力の純度はまさに魔将軍の名にふさわしい。



 ...だが、いい。


 やってやろう。


 俺にはそれをなす義務がある。



「くひひひひッ、魔界のルールを破る不届き者は『眼差しの軍団』の名の元にこのワイズ・ホークスが断罪するッ。

 俺に絡んだことを後悔するといいぜぇ旦那ぁあああッ」

 






ⅩⅩⅩ





「ずびま"ぜんでじだ」



 俺は無残にも地面に両膝をつけて土下座した。

 顔面を腫れぼったく腫れさせた上に、体は全身ボロボロに黒ずむほど焼け焦げている。

 満身創痍も甚だしかった。


 

 俺がこんなボロ雑巾のごとくボロボロになっているのはゴイズリーのせいではないし、俺が今惨めにも土下座して謝っている相手もゴイズリーではない。


 俺をこんなボロ雑巾姿にした原因である人物に向けて、である。

 

 ちなみにゴイズリーも俺と同じく腫れぼったい顔面で、全身黒焦げなボロ雑巾へと化していた。

 そして俺の隣で俺と同じく、それをなした人物に許しを乞うている。




「...そう、まぁ、わかればいいわ」



 テーブルの上で艶かしく脚を組み、女は困ったような微笑で俺たちを見下ろした。


 キルナ・コートリス、それが彼女の名前だ。

 女淫魔サキュバスの一族であり、麗らかな色白い肌に魅惑溢れる淫隈な体つきはまさに女淫魔サキュバスの名に相応しい。


 キルナはこの居酒屋『アクマバライ』の看板娘であり、このオッサンどもで溢れる汚ならしい居酒屋に舞い降りた可憐な天使である。

 俺がわざわざここに脚を運ぶ最たる理由でもあった。



「はぁ...こんな有り様じゃ営業なんてとてもじゃないけど無理ね」



 キルナはそう言うと歩きだし、控え室らしき部屋に入る。

 しばらくするとまた部屋から出てきて俺の元まで戻ってきた。


「はい」


 箒と塵取りを手渡される。


「...はい?」


 まさか俺に掃除でもしろというのか? 

 意図が読めずに問い返すと、何を当たり前のことを聞いてるのかと呆れたような視線が返ってきた。


「なにって、掃除に決まってるでしょう? あなたたちがこんなしっちゃかめっちゃかに散らかしたんだから」


「いやいや、キルナさぁん、冗談を言っちゃいけねぇぜ?

 まず騒動の原因はこのおやじなんだからこいつにやらせるのが筋ってもんだろう」


 

 俺はそばで土下座してるゴイズリーに避難がましく指を指すとそう言った。

 すると同時に、キルナは微笑みながらもその視線の温度を少し下げる。


「たとえ原因はそうでも、暴れて店内をメチャクチャにしたのはあなたも同じでしょう? ならお互い様よ」


「だ、だったらゴイズリーにもやらせるべきですぜ」


「ゴイズリーは正直あなたよりもダメージが大きいの。私も回復魔法は使えるけど、それで補える範囲を越えてるわ。

 彼には一度治療のために診療所に行ってもらいます」


「そのダメージを与えたのはキルナさんだろうがッ。

 つか、俺もダメージ大きいわッ」


 俺は納得できずになお食い下がるが、なにが頭にきたのかキルナの微笑みに青筋が浮かんだ

 さらには気のせいか、その視線の温度もさらに下がり、俺を見る目がもはや唾棄すべきゴミでも見るような視線ですらある。




「...『雷滝プラズマックファール』」


 キルナがなにやらボソボソと呟いたかと思えばその瞬間のこと、凄まじい熱を伴う衝撃が俺のはるか頭上からかけばしる。

 轟音ともいえる雷音があたりに木霊し、俺はあまりの不意討ちに悲鳴を上げて倒れ伏した。

 


「.......」


 人が焼ける燃焼音。

 肉の焦げる焼け臭い匂いが俺の鼻孔をくすぐった。

 

 ...ここまでくるとなにも言えねえ。



「...ワイズ、反省しなさい」


「.......」


「反省は?」


「.......」



 多大なダメージを負った俺の体に立ち上がる気力は微塵もない。


 無言の圧力がしばらく続く。...が、いつまでも微動だにしない俺にしびれを切らしたのか、キルナは俺のすぐそばで腰を下ろしてかがみこむとその柔らかい色白の両手で俺の顔を挟むこむ。

 そして視線を合わせるべく無理やり俺の顔を上げさせた。

 


「ワイズ?反省は?」


 目と鼻の先にキルナの整った顔がうつる。

 彼女は微笑んでいた。

 女性的な匂いともいうべき香水の香りが俺の鼻孔を大きくくすぐった。

 女の色気がムンムンとして頭がくらくらする。


 キルナちゃん一筋の俺にはこれだけでも役得であったが、だがそれ以上の役得が俺の視界が捉えて離さなかった。



「......ふひ」

 


 谷間だ。


 キルナが俺のすぐそばでかがみこむ姿勢のために、その柔らかげで豊満に実る二つのおっぱいがゆらゆらと垂れ下がったのだ、俺はその様を幸福にも直近で覗きこむ形となった。

 

 

 ああッ、俺は今日これを拝むためにここに来たんだ。


 あまりの役得ぶりに鼻の下が伸びる。



 

 ...が、そんな俺の下卑た視線に気がついたのかキルナがとうとうそのたおやかな微笑みを消し去り、冷たい声で言った。



「...ワイズ、あなた今なにを考えてるの?」



 絶対零度というべき凍てつく視線。


 俺は自らの行い顔を青ざめた。

 彼女に嫌われたらおしまいだ、すぐに反省の意を示す。


「すすッすいませんッすいませんッ姉さんッ。お掃除すぐにやらせてもらいますゥッ、やらせてくださいッ、マジすいませんッ」




 その後、俺はメチャクチャ掃除を頑張った。




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