六日目

波は高いけど、船は出た。

快晴で、空が高い。

二人は無言で海を見ていた。

島はあっという間に遠ざかり、波の向こうに消えた。

まるで夢から覚めたように、島での記憶が薄れていく。

今から現実に戻る。

二人の夏と旅は終わったのだ。



「やっぱりソーキそば美味しいね」

「少しコーレーグースを入れすぎた‥‥」

飛行機の乗り換えまで時間があったので、二人は最後の食事を楽しんだ。

彼の方は辛味に苦しんではいたが。

「最後だからって欲張るからだよ」

彼女の渡したペットボトルの水を、彼は一気に飲み干した。

「辛さは置いておいて、空港の中のフードコートで値段も安いのに味はしっかりしてたな」

「近所にこんな店が一軒欲しいね。出店してくれないかな」

「これだけ美味しいんだから、あり得るかも」

「楽しみね」



空港は混雑していた。

台風の影響がかなり残っていて、学生グループや家族連れ、スーツを着たビジネスマン等が案内板を見上げて少しだけイライラしている風に見えた。

「思ったより遅れてるね」

「飛ぶだけマシさ。いまから台風のさ中に行くんだから」

「あなたの飛行機だけ欠航になるかもね」

「北海道には台風が行かないからって、呑気なもんだ」

札幌行きの便は手荷物検査が始まっていた。

「台風には感謝してるよ。あなたの便が遅れたから、こうやって最後のお喋りが出来てるんだから」

「でも、そろそろ行かないと」

「あ、引き止めて欲しいとか期待してたわけじゃないからね」



「まだ仕事してないのか?」

「帰ったら探すよ。踏ん切りがついたし」

「今更だけど、悪かったな。俺のせいだろ?」

「仕事を辞めたのはあなたのせいじゃないよ。パワハラ上司と合わなかっただけ」

「いきなり家を出て実家に帰ったのは?」

「それはあなたのせいかもね」

二人とも笑った。

笑いに変えてしまえることが、時の流れを感じさせて少しだけ寂しかったが。

彼女は立ち上がって手を振った。

「さようなら。好きだった人」

「‥‥また、いつか会おうか」

彼は俯いたまま、モゴモゴと呟く。

彼女は微笑んで

「さあ、どうしようか」とおどけてみせた。

それが最後の会話になった。

搭乗ゲートに向かう彼女に彼は笑顔で手を振った。

彼女も笑顔で手を振り返した。

彼女の姿がごった返す人波飲まれて消えていく。

彼女の絵がも思い出も、まるで島の記憶と同じように、現実感を失っていった。

急速に薄れつつある綺麗な思い出だけが記憶の奥底にぼんやりと漂っていた。

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エンドレスサマーエンド 宮野原 宮乃 @yfukuzawa

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