五日目①

猛烈な雨と風の音で目覚める朝。

「これが『小さな台風』!?」

「沖縄の台風を舐めてたね」

小さなコテージ全体が揺れている。小さな地震が延々と続いているようだ。

ふいに窓を強く叩く音がして、二人は飛び上がるほど驚いた。

恐る恐る窓の外を覗き込むとカラフルな子供用のバケツが転がっていて、風に煽られてどこかへ転がっていった。

「まずいぞ、窓が割れる」

彼は慌てて外に飛び出すと、全ての雨戸を閉めて回った。

着衣水泳したような姿になった彼を、彼女はバスタオルを持って出迎えた。

「お疲れ様」

「バスタオルは後で使うよ。このままシャワー浴びる」

「シャワー浴びてる最中に電気が止まったりして」

「いやいや。泣きっ面に蜂だよ、それじゃ」

言ってる間に照明が消えた。

「……ね?」

コントのようなタイミングに、彼女は吹き出した。

「散々だな‥」

「少し待ってて」

彼女は笑いながらバスルームに向かうと、ボディーソープとシャンプーを持って現れた。

「天然のシャワーとか、やってみたくない?」


「いいんだろうか、こんなことして」

彼はボクサータイプの下着一枚で、テラスから持ち出したビーチチェアに座ったまま豪雨に打たれていた。

「天然由来の成分だから地球に優しいよ」

彼女はワンピースタイプの水着を身につけて、彼の頭にシャンプーを振りかけた。

「よく考えたら、洗髪中はシャワーで流さないよな」

滝のような雨がシャンプーをどんどん洗い落とすのを見つめながら、彼はぼそっと呟いた。

「それなら私を肩車した状態にすれば、私の影になって雨を防げるよ」

言うが早いか、彼女は彼の肩に足をかけて首筋にまたがると、力任せに彼の髪をかき回し始めた。

ヤケクソ気味の彼女の行動に彼は苦笑したが、これはこれではじめての体験で面白い。

相当ぬるめのシャワーと思えば、悪くない。

首は疲れるけど。

「あれ、少し太った?」

彼女は頭の向こうに見え隠れする彼の腹を凝視した。

「おいやめろ。少しは気にしてるんだから」

「食生活乱れてるんでしょ。私のありがたみが分かった?」

しばし無言、そのあと

「…少し」

彼はぼそっと呟いた。

「あなたはいつも気づくのが遅いのよね」

彼女は残ったシャンプーを雨で流しながら、静かに笑う。

ふいに肩から降りると、舗装されていない道路の真ん中に立って腰をくねらせ始めた。

「ねぇ、昔の映画でこういうシーン無かったっけ?台風の中を中学生男女が下着姿で踊り狂うの」

「なんとなく覚えてるけど‥踊り狂ってたっけ。あと下着なのは俺だけだし」

「お腹の出はじめたおじさんじゃ絵にならないね」

「今はおっさんのサービスシーンの方が価値が高いんだぞ」

「私のいる世界線と違う」


缶詰中心の食事を、少しぬるくなったオリオンビールで流し込む。

せっかく沖縄に来たんだからと、普段はお酒を飲まないが一本だけ買って二人で回し飲みした。

「…全然ビールじゃないな」

「湿布の味がする」

「湿布の味わかる。食べたことないけど」

スマホの時計に目をやると、昼の十二時三十五分。

「昼間からお酒なんて、いい身分よね」

「同僚はみんな働いてるだろうに」

「罪悪感?」

「それは無い。不思議なくらい感じないよ」

「平日に休んでダラダラするのって楽しくない?」

「正直言って気分がいい」

「休日に普通に休むのよりお得感あるよね」

「わかる。もっと早くに気付くべきだった」

「そうよね。でももう遅い」


電波が来ていないのでスマホも使えず、停電のせいでテレビも映らない。

外壁を叩く雨と風の音だけが広がる空間。

暗がりでお互いの表情もよく見えず、息遣いすら聞こえない、

彼女はリビングの床に寝転ぶと、猫のように背筋を伸ばした。

「暇ね。こんなに何もすることがないなんて初めてかも」

「スマホって偉大だな。暇つぶしに最適な道具だ」

「優秀な時間泥棒ね。無いとこんなに1日が長い」

まだ時計は十二時四十五分。

「本の一冊くらい持ってくるべきだったか」

「わたし持ってるよ」

彼女がバッグから一冊の文庫本を取り出した。

「貸して」

「私が読むからダメ」

「‥じゃあ後ろで見てる。スマホのライトで照らすから」

「それなら、いいよ」

彼女はリビングの床に腰を下ろし、彼は後ろのソファーに寝そべってライトを向けた。

「‥途中からじゃないか」

「読みかけだから、そりゃそうでしょ」


「これ主人公?女の子に馴れ馴れしすぎない?」

「恋人同士だから、これくらい許してあげて」

「え『生きてる!』って、何で驚いてるの?二人の過去に何かあったの」

「複雑な事情があったのよ」

「‥やっぱりよくわからないから最初から読まない?」

「うるさいなー‥」


「いい話だった…」

「本当に‥ベストセラーだったから、買っておいて良かった。途中まで読んで、ずっとバッグの肥やしになってた」

「最初から読むから貸して」

「そろそろ明るさが限界でしょ」

「スマホの明かりで読むから」

「充電持つの?」

「……」

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