自己愛、故に後悔

絵空野ことよ

第1話

ーーこの心のざわつき、いい加減うざったい。

 少女は自室のベッドに寝転び、隅に置いていたぬいぐるみを抱き寄せた。

電気は点けていない。

カーテンの隙間には夕方が訪れているが、少女は一人、自分の領域で、真夜中に沈んでいるような気になっていた。

少女のざわつきの原因はただ一人、隣のクラスのあの女だ。

少女は大きく息を吸い、瞳を閉じた。

瞼の裏には、あの女のムカつく顔。

あの女に会う度、その存在が視界に入る度に、頭の中を埋め尽くす不快感。

少女は物心ついた時より母親を嫌っていたが、

その母親と会った時とまるで同じ気持ち悪さを、出会ってたかだか二年の女に感じている。少女はその事実に、驚きを隠せなかった。

そして事が怒ったのが二カ月以上前であるにも関わらず、自身の心のもやは一切晴れていなかったことが驚きと困惑に拍車をかけた。

何はともあれ、少女はこの苛立ちから、必死に目を背けようとしている。


ーーこんなの、私の時間が可哀相だ。


少女はそう思いつつ、考えることをやめない。

少女は冷静になろうと、自身に問いかけることにした。


ーーどうして私は彼女を無視できないのかな。

嫉妬心?

私のプライドを傷つけた女への限りない憎しみ?


出てくる語彙はいまいちしっくりこない物で、少女は無意識に、ぬいぐるみを抱く力を強めた。

そもそも少女は、いままでこの考えをまとめようとしていなかったのだ。

毎日日記をつけ、日々成長しようと胸に刻んでいるはずの少女が、最近は日記帳に一文も書き記していない。

書こうとしても虚しくなるのだ。

あの女が少女の交友関係を遮っている現状が、少女を余計にそうさせているのだろう。

少女は呟く。


ーーあそこは私の居場所だったのに。


少女は侮蔑する。


ーー私より馬鹿なくせに。


少女は僻む。


ーーデカい顔して、気に食わない。


一通りそれを口にして、自分自身に呆れるのだ。

嫉妬心。先程は違和感を感じていたが、今のところこの気持ちが一番しっくりくると少女は思った。

そしてその嫉妬心に、後悔が加わるとも。


きっかけは少女が作ってしまったのだ。

学園祭、三年生最後のステージとして、少女は檀上に立とうとしていた。

そこに共演の話をもちかけたのが、あの女だったのだ。

少女は唇をかみしめた。


ーーあの時素直に誘いを断ればよかった。


少女は当時、自身を過少に評価していた。

一人で舞台に立っても、誰も見向きしないのではと。

あの女のことは嫌いだが、生憎と歌が上手い。

二人なら、観客が来てくれるのではと。

それは妥協であった。

しかしそれはその一瞬だけの物で、もはや妥協しているとは言えないものだった。

結果、些細な事であの女は激昂した。

しかしその激昂は、少女が妥協をしていれば起こらないものであった。

少女にはその自覚があった。

少女は、頭を抱えた。


ミスだ。肌に合わない人間を容認できないくせに関わりをもった私のミスだ。

好きでもないキャッチーな曲を最後のステージで歌った。

あのバカとの共演にしてしまった。

本当に悲しい。

独りで出ればよかった。

悲しい。


誰にも聞かせられない、自分勝手な悲しみに、少女はすぐさま嫌気がさした。


「いい加減、脱ごう」


ぐっと上体を上げ、少女は制服に手をかけた。

制服も肌着も、残暑の中、熱のこもっていた部屋のせいで汗ばんでいる。

うだるまではいかずとも決して涼しいとは言えない、薄暗い部屋。

それは、少女の頭の中を表しているようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

自己愛、故に後悔 絵空野ことよ @esoranokotoyo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る