第3話 それぞれの想い

「いらっしゃいませー。お二人ですか?」

店員さんが尋ねてきた。


「はい。」

僕が言おうとしたら、先に園田君が返事をしてくれた。


「こちらへどうぞ。」

園田君と僕は、案内された席に座った。

奥の席。

お話しするには丁度良いかな。


「何にしよかな。」

早速メニューを見始める園田君。

楽しそうな表情。


「僕も何にしよかな。」

つられて僕もメニューに顔を近づけ、目を落とした。

あ・・・顔が近い・・頭がぶつかりそう・・。


『恥ずかしいな。。』

そう思った瞬間、

「あ、俺はヒレカツ定食にしよー。」

お昼は僕にいきなりキスしたのに、今、僕の顔が近くにあることより、メニューに夢中になってる園田君。

子供みたいに無邪気で可愛いなと思ってしまった。


「じゃあ、僕も園田君と同じのにしよかな。」


園田君は僕の言葉を聞いて、

「俺と同じのでええんやな、それで注文するで。」

僕に確認をとってくれた。


「うん大丈夫、同じのにするから。」

園田君と同じメニュー。

二人で同じメニューを食べるのってつきあい始めたカップルみたいって思ってしまい、またふわふわな気持ちになりかけたら・・・


「すみませーん。」

園田君が、手を上げて店員さんを呼んでくれた。

あ・・僕が呼ぶべきだったかな。

すぐに店員さんが僕たちの席にやって来た。

「お決まりでしょうか。」


「ヒレカツ定食二つお願いします。」

園田君が、通りの良いはっきりした声で注文してくれた。

でも、大きすぎない声。

そう、僕は大きな声の人は怒鳴られてる気がして怖くて苦手。

でも、園田君は声の調節をちゃんとしてくれる。

今日の教室でも静かな声だったし。

それに優しい声。


「ヒレカツ定食二つですね。かしこまりました。」

店員さんが復唱して端末に入力して立ち去ろうとした時、


「あ・・、単品でエビフライもお願いします。」

園田君が追加注文した。

『いっぱい食べるんやなー。運動部やもん、お腹空くやんね。』

そんなことを思いながら、少食な僕はびっくり・・。


「単品でエビフライですね。少々お待ち下さい。」

店員さんが再度端末に入力して、厨房に向かっていった。


「ちょっと落ち着けたね。」

ほんとに、待ち合わせの場所に行ってから、少ししか経ってないのに、バタバタしてすごく時間が経ったような気がすると共に、逆にほんの一瞬だったような気もする。


「そやなー。待たせてしもて、ごめんな。さっきも言うたけど、体冷えたやろ。」

また謝ってくれる。本当に申し訳なさそう。それに僕の体のことまで心配してくれてる。すごく嬉しい。


「ううん、気にしてないから・・、来てくれて嬉しかったし・・。」

本当に嬉しかった。でも、駿くんは、もうこないんじゃないかと少しでも疑った自分が恥ずかしい。


「いや・・それに・・昼間の事も・・ごめんな。」

益々、申し訳なさげな顔になる園田くん。


「ううん・・。」

園田君の言葉でキスされたときのことを思い出してしまい、恥ずかしくて下を向いてしまった。

元々、このことでお話ししたいとお願いしたんだけど・・。


「な・・何であんなことしたん?」

勇気を振り絞って、園田くんの顔を見て尋ねてみた。


「いや・・それはな・・、最初はあんな事する気なんか全然無かったんや・・、ほんまやで。」

恥ずかしそうな顔をして頭をかきながら話す園田君。そんなにバツが悪そうな顔をしなくても良いのに。


「うん、分かってるよ。」

園田君の気まずさを少しでも和らげられたらと思い、笑顔で答えようとしたけど、園田君が真面目に話してるので、出来なくて小さな声で答えてしまった。


「最初はただ岡崎にハンカチあげるだけのつもりやったんやけどな・・。」

静かに、でもしっかりとした口調で僕に分かってもらおうと、一生懸命なのが伝わってくる。


「けど?」

その先が聞きたかったのに、料理が来てしまった。


「おまたせしました。ヒレカツ定食二人前と、エビフライです。」

店員さんが注文した料理を持ってきてくださった。


店員さんが、僕の前にお膳をおいてくださったので俺を言う僕。

「ありがとうございます。」


次に園田君の前にお膳をおいてくださった。

園田君もお礼を言った。

「ありがとう。」

当然と言う感じで、何も言わない人もいるけど、園田君はちゃんとお礼をいう人なのを知って、内心嬉しくなった。

エビフライは二人のお膳の間に置かれた。

三尾乗ってる。

二人で分け合うと思ってるんかな。


「では、ごゆっくりどうぞ。」

そう言うと店員さんは、僕たちの席から離れて行った。


「来るの早いなー、冷めてしまうし、先に食べよか。」

さっきまでバツが悪そうな顔をしていたのに、いまは目の前の料理に目を輝かせてる。そんな子どもっぽいところがある園田君を微笑ましく思った。


「うん、そやね。」

話の続きはしたかったけど、僕も料理が覚めてしまう前に頂きたかったので、同意した。


すると、園田君が

「エビフライ一尾あげる。と言うか、俺、二尾食べてええかな。」

ニコニコしながら聞いてきた。声が踊ってる。本当に嬉しそう。


「一尾でええよ。僕、これだけでお腹いっぱいになると思うから。」

僕は本当に小食。小さい頃から、食べへんから大きなられへんねんってよく言われた。


「えーー、ご飯おかわりせーへんのか?」

ビックリしたように聞き返してくる園田君。


「うん、これだけでお腹いっぱいになってしまうもん。この定食、結構量があると思うねんけど、全部食べられるか心配。」


「少食なんや。俺はあかんわ。絶対ご飯と味噌汁とキャベツのお代わりしてしまうわ。」

笑顔でとんかつを口に運ぶ園田君。

本当に美味しそうに食べてる。


「いっぱい食べられるのって羨ましいな。元気な証拠やし。」

美味しそうに食べてる園田君の顔を見てると、僕も食欲が湧いてくる気がしてくる。

園田君がくれたエビフライを口に運ぶ。

噛むとサクッと衣の音がして、その中からプリプリにエビの感触と美味しさが口の中に広がってくる。


「このエビフライ、サクサクプリプリで美味しいねー。」

美味しくて思わず思わず口に出してしまった。

たぶん凄くニコニコ顔になってると思う。


「う・・」

小さな声を上げ、僕の顔を見た園田君の動きが止まった。


「どないしたん?」

不思議に思った僕は首をかしげながら聞いてみる。

たぶん、美味しさでまだニコニコ顔。


「その・・・が・・・」

パクパク食べてたら、よく聞き取れない小さな園田君の声が聞こえた。


「え・・どうしたん?」

食べる手を止め、聞き返した。

園田くんの顔を見ると、困ったような顔をしてた。

何か気に触る事言うたかな、僕。


でもすぐに園田くんの顔は優しい笑顔に戻った。

「あ・・いや、何でも無いんや。ほんまやな、美味しいな、このエビフライ。」

笑顔に戻ったけど・・、少しぎこちない応えに表情。

やっぱり何かしたのかな、僕。

でも、美味しそうにまた食べ始めた園田君の顔を見て、頭の中の不安は露と消えてしまった。


「とんかつも美味しいね。」

僕も笑顔で応えた。


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「そこで話しよか。」

園田君が、お店を出てすぐの駅ビル内ベンチを指さして言った。

真剣な顔と声。


「うん。」

とうとうこの時が来てしまった。

何を言われるのか不安でいっぱいで、声が小さくなる僕。


僕が先にベンチに座ると、次いで園田君が僕の左側に座った・・・のだけど、また体が密着してる・・。

何でそんなにくっつくの?

なぜか、また僕はドキドキドキドキドキドキ。


「どこまで話したっけ。」

園田君の声は真剣そのもの。

体が密着してるの気付いてないのかな。

無意識に・・・でも、なんで?


「え・・・あ・・“ハンカチ渡すだけのつもりやった”ってところまで聞いたけど・・。」

ドキドキしながら応えた。

たぶん頬がまた紅くなってるに違いない・・。

恥ずかしいな。


「そやそや、そのハンカチな、貰いモンって言うたけど、ほんまはクラブの宴会のくじ引きで当たったモンなんや。」

そんな僕の気持ちや表情に気付いてないのか、普通に話し始める園田君。

園田君の顔を見ると表情からは何も読み取れない・・・

その上、息がかかるぐらいに顔が近い。

ほんとになんで、こんなにピッタリより添うように座るんやろ・・。

恥ずかしい。

前を通り過ぎる人達は・・・全然僕たちを気にしてない様子。


「そうやったん。」

小さな声で応える僕。


「うん、それでな、包み開けてハンカチ見た瞬間に岡崎にあげようって思たんや。」

頭を掻きながら少し恥ずかしそうな声。

どんな表情をしてるのか見てみたいけど、園田君の方に振り向くのが恥ずかしい。

だって振り向いたら顔がすぐ側にあるし。


「なんでそんな事・・、知り合いの女の子にあげたら良かったのに。彼女いてるんとちゃうの?」

益々声が小さくなる僕。

こんな事聞くのは心が少し痛い。

何故かは分からないけど、園田君に彼女がいたらと思うと僕は・・。

でも気になる事。


「彼女って・・そんなんいてへんって。」

右手を振りながら、苦笑いしてるような声で即答する園田君。


「ほんまに?」

何故か園田君の言葉に嬉しくなる僕。

でも、イケメンさんで背も高くて、スポーツもしてて優しくて・・

そんな園田君に彼女がいてないのが不思議だったので、聞き返してしまった。

『ほんまはいてる。』と言われるとショックだけど。


「ほんま、ほんま。彼女なんていてへんって。」

また右手を振りながら、即答。

本当にいてないみたい。

内心ホッとする僕、何故?。


「うん。でも、なんで僕にあげようって思たん?」

一つの疑問が解決すると次の疑問が出てくる。

頭の中ははてなマークがいっぱい。


「あ・・そうやな、それ話そと思たら、まず話さなあかんことがあるんやけど、聞いてくれるか?」

急に園田君は、真剣な声に変わった。

チラッと横顔を見ると、表情も真剣。


「うん。」

とうとう事の真相が聞けると思うと、知りたいという気持ちと、怖くて聞けない気持ちが心の中で渦巻いて、顔は下を向いてしまった。


「気持ち悪いとか思たら、途中で言うてくれたら話すの止めるから。」

園田君は真剣そのもの。

でも声は優しくて落ち着いてる。

それぐらい園田君の中では大きな事なのかな。


「うん、大丈夫。そんな事、思えへんから。」

下を向いたままだけど、自分の気持ちを素直に言葉にした。

園田君が真剣に話してくれるのに、そんな事思うはず無いから。


「ありがとう。あのな・・入学したての頃、岡崎を初めて見た時に可愛い女の子やなって思たんや。しゃーけど、その後、男やって知ってびっくりしたって言うか衝撃受けて・・。失礼な話やんな、男の子を可愛い女の子と勘違いするやなんて。」

園田君も少し下を向きながら、話してる。

でも一生懸命自分の事を話そうとしてくれてるのが分かる。

密着してる園田君の体が少し震えてる気がする。


「ううん、そんな事ないよ・・。」

小さな声でそう応えながらも、高校時代の事を思い出して心が少し痛む。


「ほら、入学した頃、何回か話したことあったやろ。」

何かを決意したように顔を上げて、僕の方を見ながら話してくれてる。

でも、振り向けない僕。


「うん。」

そんな以前の、しかも些細な事を覚えてくれてるのが嬉しいな。

僕もはっきりと覚えてる。


「その時も、可愛いなって思てしもてな・・。」

恥ずかしがってる声じゃ無く、真剣に話してくれてる。


「うん。」

“うん”しか応えられない僕。


「可愛い顔とか、小さくて華奢な身体とかって言うのもあるけど、何て言うか、仕草とか話し方とか・・、一番は笑顔が可愛いなと思って・・な・・。」

静に・・でも一生懸命話してくれてる。


「え?」

笑顔が可愛いって・・そんな事言われたのは初めて。

凄く恥ずかしいけど嬉しい気持ちが込み上げてきてた。

でも、園田君が一生懸命に話してくれてるから、顔には出せない。


「あ・・、俺、さっきから岡崎のこと“可愛い”ばっかり言うてんな。ごめんな。」

そのことに気付いたのか、謝ってくれる園田君。

謝る必要なんて無いのに・・。

それに僕は・・きっと・・たぶん・・。


「ううん、全然気にしてないから・・。」

僕の正直な言葉。

でも、本当はその後に“嬉しい”って言いたい・・けど、恥ずかしくて言えない。

園田君が一生懸命話してくれてるのに、僕はずっと下を向いたままで顔を上げられない。


「ずっと岡崎の笑顔が・・、ずっと気になってしもて、また見たいとか思たりして、俺・・。」

自分の気持ちを正直に話してくれる園田君に、僕の胸はきゅって痛くなった。


「うん。」

それなのにまた“うん”しか応えられない僕。


「でも、お前、俺が仲良くなった奴らとは別の奴等と仲良うなって、俺とは話す事もなくなってたやん。」

“うん”しか応えられないのに、ずっと優しく、そしてしっかりした声で話し続けてくれる園田君。


「うん・・。」

そう、僕と園田君は別のグループと仲良くなっていった。

寂しかったけど、仕方の無い事だと思ってた。

僕が仲良くなったグループとは、今はつきあいが無くなって、学校では殆ど一人で行動してた。

それでもよかった、馬鹿にされるよりは・・。


「それでも俺、ずっと岡崎のことが気になって、同じ講義の時に無意識に岡崎の姿を探したり、見つけたり、ずっと見てたりしてたんや。」

率直に自分事を話す園田君。

だんだん、下を向いてる自分が恥ずかしくなってきた。


「そうやったん・・。」

もしかしたら園田君は、僕の事を・・。

そんな事あるわけが無いと思い直しながらも・・期待してしまう僕。


「岡崎は男の子やのに、何でこんな気持ちになるんやろ。考えても考えても答えは出ずで、頭の中がぐちゃぐちゃになってしもてな。」

園田君も声も小さくなって下を向いてしまった。


「うん。」

そう応えるしか無い僕。


「何かもう、頭の中が始終、岡崎の事ばっかりになって、頭から離れるのって、部活の時だけになってしもて・・。」

小さな声になっても、自分の気持ちをしっかり話そうとしてるのが分かる。

そう思うと、やっぱり園田君は僕の事を・・。


「うん。」

自分に都合の良い事を思いながらも、単にいたずら目的だったと真逆の事も頭の中を駆け巡る。

園田君がそんな事するはずないのに。


「そんな日がずっと続いてた時に、二ヶ月ぐらい前かな、クラブの宴会のくじ引きでハンカチが当たって、岡崎にあげることを口実に話ができるなーって速攻で思いついてしもた。」

それまでと違って、少し楽しそうな声になる園田君。


「そうやったん・・。」

嬉しいけど、そう答えるのが精一杯。

僕の頭の中はぐちゃぐちゃになってきてる。


「でも・・な、なんか恥ずかしいな、こんなん話すの。」

頭を掻きながら恥ずかしそうに話す園田君。


「そんな事・・。」

胸がまたどきどきしてくる。


「しゃーけど、岡崎、大抵友達といてたし、その友達と違う講義で一人の時ってこの講義ぐらいやしな。って、なんで俺、こんな今年ってるんかな・・ストーカーみたいやな・・。」

益々恥ずかしそうな園田君。


「ううん、そんな事ないよ。」

益々どきどきしてくる僕。


「あの教室に一人で早く来るの知ってたから、すぐに渡したかったんやけど、友達と昼飯食べてたらいっつも来るのがギリギリになってしもて・・。

それで今日こそはって昼飯食べたらすぐに教室に向かったんや。

友達は“どこ行くねん?”って聞いてきたけど、“ちょっと用事があるから”って言うて抜け出してきたんや。そしたら、やっぱり教室に一人ぽつんといてたから内心嬉しかった。」


今日の事が聞ける・・。

心を駆け巡る嬉しさと不安。

言葉を続ける園田君。


「いやもう、ここで渡さなって気持ちだけやったから、岡崎に向かって行った時、緊張して無表情やったと思うし、怖かったんとちゃうか?」

苦笑いしながら、また頭を掻く園田君。

自分は怖い顔してるって思ってるのかな。

そんな事無いのに。


「そんなことなかったけど、僕に何の用があるのかなって思てた。」

あの時の・・いや、今も思ってる事を口にした。


「そやろなー、ハンカチ渡すことしか頭になかったし。けどハンカチ渡すのは、岡崎と話するための手段やのにな。」

手段が目的と化してた事に気付いたのかな、園田君の声がまた小さくなった。


「でも、ハンカチ貰って、嬉しかったよ。」

本当に本当に正直な気持ちを伝えた。

ちゃんと園田君の方を向いて。


「それ・・」

僕と目が合った園田君がぽつっと呟いた。


「え?」

どうしたのか分からない僕。


「その笑顔に囚われてしもた・・、ずっと別の奴に向けられてた・・、遠くから見てるだけやった笑顔が俺に向けてくれてると思ったら・・、岡崎の笑顔見て可愛いと思た瞬間に頭の中が真っ白になってしもて、気が付いたら岡崎にキスしてしてた。」

さっきとは違うはっきりした声で話してくれる園田君。

やっとあの時の園田君の気持ちが聞けた。


「そうやったん・・。」

園田君があの時の気持ちを話してくれてるのに、こんな言葉しか出ない自分が情けないな。


「もう分かってると思うけど、嫌やとか気持ち悪いと思ったら、はっきり断ってくれてええんやけど・・。」

園田君が僕に対する自分の気持ちを伝えようとしてる。

僕はどうしたら・・・。


「うん。」

また下を向いて小さな声になる僕。


「俺、岡崎の事が好きやねん。俺と付き合って欲しい。」

僕をしっかり見て、はっきりした口調で告白してくれる園田君。


園田君の告白の言葉を聞いた瞬間、頭の中は真っ白。

そして、胸のどきどきは最高潮に達してる。

僕はどうしたら・・


「でも・・僕、男の子やし・・。」

口を次いで出てきた言葉は、僕の気持ちとは背反する言葉。

膝の上に置いた握り拳に力が入る。

体中から汗も出てくる。


「性別がどうこうって言うのは、もうとっくに俺の中では済んでるんやけどな。それやなかったら告白なんかせーへん。」

更に自分の気持ちを伝えてくる園田君。

まっすぐな気持ちが僕の心に突き刺さってくる。

苦しい・・。


「・・・。」

何も言えない僕。

どうしたら・・。


「やっぱり嫌か?」

たぶんこれが最後の園田君の言葉になる気がする。

園田君は執拗に迫る人じゃ無いから。

今、自分の気持ちを伝えないと、絶対に後悔する。

・・・僕は・・。


「・・・返事する前に僕の話も聞いてくれる?」

自分の気持ち伝えてくれた園田君に対して、僕も自分の事をちゃんと話さないといけない。

震える声。

益々、拳に力が入る。

噴き出る汗。

震える体。

でも・・話さないと。

話した事で、園田君に嫌われる事になっても・・。


「分かった、ちゃんと聞くから。」

静で優しい園田君の声。


僕は緊張しながらもゆっくりと自分の事を話し始めた。

「・・・、あのね、僕・・、本当は女の子に生まれてきたかったんよね。幼稚園に入る前からずっと自分の体が違うって思ってて・・。」

こんな事他人に話すのは初めて。

恥ずかしい。

心臓がバクバクする。

喉も渇いて声もかれてくる。


「そうなんや・・。」

静かに一言だけ応えてくれる園田君。


頑張って言葉を続ける僕。

「それでも小学校の間まではまだ堪えられたんやけど、中学に入ったら第二次成長が始まって・・。体がどんどん自分が望むのとは正反対に成長するのが辛くて苦しくて・・。」

涙が出そうになるのを我慢しながら声を絞り出す僕。


「・・・。」

無言の園田君。


「それに、体が小さいから“おかま”とか言われて、馬鹿にされ始めて・・。」

もっと辛かった事を話し始めた。

思い出すのも嫌な事。

でも、園田君には話さないと・・知って貰わないと。。


「・・・。」

無言の園田君。


もしかしたら、嫌われたかな。

それでも、話さないといけないと思う一心から、話し続ける僕。

「高校に入学して髪を伸ばし始めたら、“きもい”とかもっと酷い事言われたりし始めて・・。でもね、髪を伸ばしたら、伸びた分だけ女の子に近づいてるような気がしてずっと伸ばし続けてた。教師にも色々言われたけど・・。」

本当に辛らくて苦しくて悲しかった中高時代。

体が望むのとは真逆に成長するのは諦めもついたけど、馬鹿にされるのはどうしようも無かった。

“おかま”、“男らしくない”、“なよなよしてる”、“気持ち悪い”、省略して“きもい”とも・・・。

カムアウトして無くても事実だから反論できなかった、堪えるしか・・。

男子は直接馬鹿にしてきた。

女子は少し離れたところから僕を見てコソコソ話してクスクス笑われた。

思い出したら胸が痛くなって涙が出てきた。


「そんな事言う教師って、脳筋体育教師やろ。それでも、頑張って通学して大学に入学したんやろ。」

無言だった園田君が少し怒った口調で応えてくれた。

スポーツしてる園田君が体育教師の批判するなんて少し驚いた。


「え・・? うん、体育教師だけやなかったけど。でも大学に入学したら、個人主義的なところで、干渉とか無くなって凄く精神的に楽になったよ。」

本当に楽になった。

でもそれは大学に在籍してる短い間だけ。

その後はどうすれば良いのかな・・また自分を偽り続けないといけないのかな・・・。


「そんな事あったの知らんかったけど、入学した時はもう笑顔やったし、乗り越えられたんとちゃうんか?」

園田君の優しい声で、さっきとは違う涙が出てきた。


「うん、ほんとに楽になれた。」

手で涙を拭いながら、精一杯の笑顔で応えた。


「良かったやん。」

園田君も笑顔で応えてくれた。

嬉しいな。


「うん。でも、大学に入った時も凄く不安で、隅っこで目立たへんように小さくなってたんやけど、一番最初に話しかけてくれたのが園田君で・・。」

入学したての頃、園田君に話しかけられたときの僕の気持ちを話し始めた。

僕の気持ちを聞いて欲しい、伝えたい。


「そうやったんや、知らんかった。」

意外そうな園田君の声。


「初めて声かけて貰った時は、ちょっとだけ怖そうな人って思てしもたけど・・。」

園田君の笑顔で心が軽くなって、徐々に言葉が次へと出始める僕。

でも自分の気持ちをちゃんと伝えられるかな・・。


「ははは、よう言われるわ。」

園田君、苦笑い。

悪い事言っちゃったかな。

だって、ほんの少しだけそう思ってしまっただけ。


「ごめんね。でも、話してみたら、全然そんな事なくて・・優しい人やなって・・・。」

すぐに謝って、違ってた事も付け加えた。

僕がその時思った本当の気持ち。

本当に優しい人。


「な・・なんか、そんなこと言われた事無いから、恥ずかしいな。」

僕の顔を見ながら照れ笑い。


「園田君って、人をからかったり、馬鹿にしたりせーへんし、本当に優しくて思いやりのある人やなって・・。」

こんな思いを話すのって、辛かった事を話すのより恥ずかしいな。

でもできる限りの笑顔で話したい。


「俺はそう言う事は嫌いやから、絶対せーへん。」

はっきりした強い口調で断言してくれる。

本当にそういう事が嫌いなんだなと思う。


「うん、それに背も高いし、カッコいいなって思てた。」

あ・・・そんな事言うつもり無かったのに、言ってしまった。

顔が熱くなる・・頬が紅く染まってるに違いない。


「そ・・そうかぁ、なんか照れるな。」

また照れる園田君。

チラッと顔を見ると、僕と同じで少し頬が染まってる。

そんな園田君もカッコいいと思ってしまう、僕。


もうこうなったら、恥の上塗りでも、思いの丈を言ってしまおう。

「それにイケメンさんやし。」

とうとうこの言葉を口にしてしまった。

ああああああ・・・恥ずかしい・・。


「そ・・そんな事無いって。そんな事言われたら恥ずかしいな。」

益々照れて困り顔の園田君。


「でも、ずっとそう思てて、もっと話したいなとか、もっと仲良くなれたらって思てたけど、園田君、別のグループと仲良くなってしもたから・・。」

本当に園田君ともっと話したかったし、お友達になりたかったな。

でも今いっぱい話できて、告白までされて僕は・・。


「そんなん気にせんと、話しかけてくれたら良かったのに・・って、俺も岡崎に話しかけられへんかったんやけどな。今の友達はええ奴なんか?三人ほどいてるやんな。」

そんな事も知っててくれてたんだ。

でも僕も園田君のお友達が4人ほどいてるのを知ってる。

いつも仲良く笑いながら話してる。

僕もその中に入りたかった。


「うん、一人は普通の友達・・と言うても学校でだけの付き合いやけど。あとの二人は、ちょっと色々あって友達付き合いやめてしもたんやけど・・。」

そう、二人から馬鹿にされたわけでは無く、不義理な事をされて、それを咎めたら逆ギレされて、友だちづきあいを止めてしまった。

それから学校では一人でいる事が多くなったけど、それでも良かったと思ってる。

原因は彼らにあった。

一言謝れば済む事なのに、それが出来ない人とは友だちづきあいはしたくない。


「そうなんや。それやったら本当に親しい友人っていてへんのとちゃうんか。」

でも、深く聞いてこない園田君。

そんなところも優しいなと思ってしまう。


「うん、そやね、だから最近は学校では一人でいる事が多いんやけど。だからね、今日は嬉しかったよ。そ・・それに・・。」

僕も自分の気持ちを伝えたい。

でも恥ずかしくて言葉が詰まってしまう。

また喉がからからになって、体に汗が出てくる。


「どないしたん?」

不思議そうな表情をして僕の顔を覗き込んだ。

顔が近い・・。

余計に緊張する僕。


「あのね・・園田君、いつも僕のこと見てたって言うてくれたけど、僕もね・・園田君のこと見てた。」

やっと少し言えた。

あともう少し・・もう少し。


「え?」

不思議そうな表情だったのが疑問の表情に。


「講義前に講義室の後ろから聞こえてくる園田君の声も聞いてた。いつかまたお話しできたらええなって思って。」

恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい・・。

絶対に顔は真っ赤になってる・・。

声がかすれてきた。

でも・・あと少しだけ・・。


「それって・・。」

僕がこれから言おうとしている言葉の予想がついてるような感じ。

表情が真剣。


あとほんの少しの勇気を振り絞って・・、

そして、ちゃんと園田君の顔を見て・・、

そして、そして・・。

「ぼ・・僕も園田君のことがたぶん好き。まだ自分の気持ちが完全に分かれへんから、こんなあやふやな言葉しか言われへんけど、ごめんね・・」

やっと自分の気持ちが伝えられた

曖昧な言葉しか言えない・・。

でも、今の僕の本当の気持ち。

“大好き”って言ってしまいたいけど、無責任な事は言いたくない。


曖昧な言葉なのに園田君は、

「それで十分や。ほんなら俺と付き合ってくれるんやんな。」

すごく嬉しそうな園田君の声。

表情もすごく嬉しそう。


「うん、こんな僕で良かったら、お付き合いして下さい。」

お付き合いして欲しい気持ちも、自分の言葉で伝えた。

僕が誰かから告白されるなんて事なんて無いと思ってたし、自分が誰かに告白することもないと思ってた。

ずっと馬鹿にされてきたから、人に恋する気持ちがどういうものなのかが全然分からなかった。

そもそも、一生人を好きになることはないと思ってた。

それが今・・・。

こんなにも嬉しくて、楽しくて、そして少し恥ずかしくて、心も体もふわふわ、どきどきして、胸はウキウキしながらも、時にキューって締め付けられるように痛くなったり、優しい気持ちになって、好きな人を包み込んであげたい気持ちにもなったり・・。

好きな人で頭の中がいっぱいになってしまって・・、これが恋・・なのかな。


「ええに決まってるやん。良かったぁー、思い切って告白して良かったー。絶対に断られると思てたから。」

それまでの緊張した雰囲気から解放されたかの如く明るく優しい声に戻ってる園田君。


「告白される前にキスされたけど・・。」

ぼくの告白も受け入れてもらった事で、すごく気持ちが楽になって、園田くんといるのが楽しいと感じられてきた。

だから少し“イケズ”な事をボソッと呟いた。


「うっ・・、それを言われると辛い・・。」

あの時のことを思い出したのか、また頭を掻きながら照れ笑いな、園田君。


「あのキスね、僕・・・、ファーストキスやったんよね。」

園田君の顔を見ながら衝撃な事(実はそれほどでもない)を伝えた。

多分ぼくの顔も照れ笑いになってると思う。


「げ・・ほんまに?」

びっくりした表情の園田君。


「うん。僕、誰ともおつき合いなんてしたことないし・・。」

僕は、今まで恋愛なんてした事なかった。

人とはできるだけ距離をおくようにしてたから。

それができる限り馬鹿にされない為の自然に身についた手段だった。


「悪いことしてしもたな・・、ごめんな。」

申し訳なさそうな声の園田君。

そんな表情して欲しくないのに。


「あ・・・全然怒ってないし、ファーストキスの相手が園田君で良かったし、嬉しかったから・・、全然気にしてないから。」

“イケズ”な事を言うんじゃなかったと後悔しつつも、ファーストキスの相手が、園田君で良かったと正直な気持ちを伝えた。

あんなふわふわした気持ちになったには初めて。

これが恋心なのかなと、園田君に告白されて気づいた僕。


「でね、園田君はどうなんかなって・・。」

いきなりキスされてびっくりしたけど、自然な感じで全然嫌じゃなかったから、こう言うのは慣れてるのかな。

もしそうだとしても、園田君のことを嫌いになったりはしないけど、やっぱり少し気になってしまう。


「え・・?どうって・・あれや、その・・ほら・・色々あるやん・・なっ。しゃーから・・ごめん。。」

僕の質問で、口調がしどろもどろになる園田君。

なんか可愛いな。


「ふふふ、園田君って正直やね。」

思わずクスクスと笑ってしまった。

お互いの気持ちを告白し終えて、二人共、少し緊張が溶けてきた感じ。


「しゃーけど、高校の時の話やし、キスしかしてないし、その子にはこっ酷く振られたし。」

お付き合いしてた子のことを話してくれる園田君。

言い訳しようとしてくれてるんだろうけど、どんどん深みに嵌っていってる感じがする僕。


「そんなことまで聞いてないのに・・。」

思わず笑顔で答えてしまった。


「う・・、どんどん墓穴掘ってる気がする、俺。。」

我に帰って気づいた園田君。

そして照れ笑い・・・。


「あっ、そうやそうや、携帯の番号とメアドとか交換しとかへん?」

急に思い出したのか、ポケットからスマホを取り出して尋ねてきた園田君。


「うん、ええよ。」

僕もバッグからスマホを取りだした。

こんな事するの久し振りだった。

今の友達ともしてなかった事に、今更ながらに気がついた。

今までも、今も、その程度のつきあいだった。

ふとそんな事を思いながら、スマホを握りしめてたら、


「LINEはしてるん?」

園田くんがまた聞いてきた。


「一応は登録はしてるけど、殆ど使ってへんけど。」

正直に答えた。

もう削除しようかと思うくらい、本当に使ってない。

もっと自分から書き込みすれば良かったのかもしれない。

そもそもスマホを持ってる意味もなかった。


「ええやん、これから俺と使こたらええやん。」

軽く、そして優しい口調で応えてくれる園田君。

なんか嬉しい。


「うん、そやね。」

ボクも軽く応えた。

そう、これから園田君といっぱいやりとりすればいいんだと思うと胸がいっぱいになる。


「教室で交換しといたら良かったなー。そしたら待ちぼうけくらわせんでも良かったのにな。」

申し訳なさそうに呟く園田君。

園田君は全然悪くないのに・・。

園田君のそんなところにも、ふわふわする僕。


「そやね。気が動転してて、思い付かへんかったよ。」

気づけなかったのは、僕も同じ。

でも、あの時は・・

あああ・・思い出すと恥ずかしくなってくる。


「俺も。しゃーけど、これで岡崎と連絡取れるなー。」

嬉しそうな園田君の声。


「うん。なんかこう言うの楽しいね。」

こんなやり取りするのが、久しぶり・・と言うか、初めてで嬉しい。


「それと・・あ・・あのな・・・。」

急に口籠る、園田君。


「どないしたん?」

僕が園田君の告白を受け入れてから饒舌だったのに、口籠るので不思議に思いながら聞いてみた。


「いや・・、あのな・・岡崎のこと下の名前で呼んでもええか?」

少し不安そうな声の園田君。

でも、僕の答えは決まってる。


「うん、ええよ。」

園田君の顔を見ながら笑顔で即答。


「ほんまにええんか、やったー。」

僕の返事を聞いて万歳して喜ぶ園田君。

そこまで大袈裟に喜ばなくても・・、と、思ってしまったけど、心では僕もメイっぱい嬉しい。


「由樹。」

園田君の優しい声。


「はい。」

下の名前で呼ばれるなんて家族以外初めてで、恥ずかしい。

でも、僕もありったけの想いを込めて返事。


「由樹。」

また園田君の声。


「はい。」

ありったけの笑顔で応える、僕。


「はぁー、なんかええなー、これ。付き合ってるって感じがするー。由樹も俺のこと下の名前で読んでほしいな。」

明るく弾んだ声に戻った園田君。

今度は僕に無茶振りをしてくる・・。

困ったな。。


「えっ、は・・恥ずかしいな。。」

僕も園田君のことを下の名前で呼んでみたいけど、恥ずかしさが先に立って言葉が出てこない。

「駿君」簡単な言葉なのに、僕にはすごく重みのある言葉に思えた。


「大丈夫やから言うてみ。」

言葉に詰まってたら、僕の耳元で優しく囁いてくれた。


「うん・・・駿くん。」

勇気を振り絞って、園田君の下の名前を口に出してみる。


「“君”はいらんやろー。もう一回言うてみ。」

うううう・・予想外のダメ出し、


「ええっ!ううう・・・駿・・くん。」

もう一度勇気を振り絞って・・・みても“君”をつけてしまう。


「あー、また“君”言うてるし。」

少しからかうような口調の薗田君。


「無理ー、僕には駿君を呼び捨てになんか出来ひんよぉ。だから、駿君。」

恥ずかしくて両手で顔を覆い顔を左右に振、僕。


「そやな、その方が由樹らしくってええかもな。」

 また、優しい声で囁いてくれる駿君。


「ごめんね。」

“君”を付けなかったら、もっと駿君に近づけたのかな・・駿君は本当は呼び捨てで読んで欲しかったのかなと、ふと思ったら、


「無理やり言わせようとした俺が悪かったんやから気にせんでもええよ。」

にっこり笑顔で応えてくれる駿君。

優しいな。


「ありがとう。」

お話ししたことの全てを受け入れてくれたことへの感謝の言葉。

そして何より、僕のことを好きだと言ってくれた駿君への僕の気持ち。


「あ、かなり時間経ってしもたな、遅なってしもてごめんな。家まで送って行こか?」

スマホの時計を見ながら、僕のことを心配してくれてる。

本当に優しいな。


「ううん、家まで自転車で10分ほどやから大丈夫。」

本当は送って欲しい、もう少し一緒にいたい、でも我儘は我慢しないと。


「ほんまに?送らんでも大丈夫か?」

再度、心配そうに聞いてくれる駿君。


「うん、ほんまに大丈夫やから。駿君の方こそ遅なってしまうんとちゃうの?」

僕に優しくして貰えるのは嬉しいけど、それによって、駿君の帰宅が遅くなったり、危ない目にあったりして欲しくない。


「俺は・・ほら、こんななりやから大丈夫。」

ニッコリしながら、自身の上腕筋を少し自慢げに見せる薗田君。


「ふふふ・・。」


「はは・・。」

二人ともおかしくなってクスクス笑ってしまった。

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限りなく透明なときめきを・・ 森沢真美 @Mami-Morisawa

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