神々のいる世界にて

 道端に、一人の少女が座っていた。


 銀色の皿の前で、めしいた目を空に向け、両手を前に、ただ黙って座っている。身にまとう服はボロボロで、長い髪は手入れもされずに伸び放題になっていた。


 道行く人々がその少女に一瞥もくれることはない。何人も、何人も、まるでその少女が存在していないかのように、その前を通り過ぎていった。


 ふと、綺麗な身なりをした初老の男が、彼女の前で足を止める。少女が差し出す手に、コインを一枚、置いた。


 その時突然、男が三人、その少女を取り囲む。


「誰の許可を貰って、そこでしている」

「ここはルフカーン様のだって知らねぇのか?」

「ちょっとこっち来い、おらぁ」


 三人は、嫌がる少女を乱暴に掴むと、引きずるように路地裏へと連れて行った。


「いやぁあ」


 そして地面へと引き倒す。少女の悲鳴とともに服が破れ、浅黒い肌が露わになった。


「アニキ、いいだろ?」

「殺すなよ」

「へへっ、かわいがってやりますよぉ」

「やめて、誰か、誰か」

「誰も来やしねえよ。俺たちが誰だか、みーんな知ってんだからよお!」


 一人の男が、少女の服をはぎ取る。


「そこまでにしないか、君たち」


 不意の声に、男たちが振り返った。

 誰も入ってこないはずの路地裏。そこに、白髪の少し体格のいい初老の男が立っている。


「おめえ、さっき女にコインくれてたジジイだな。変な正義感振りかざすんじゃねえよ。痛い目に遭いたくなきゃ」


 しかし男は、それ以上言葉を発することができなかった。

 初老の男が、その男の喉をつかんでいる。


「ぐぇっ、ぐぐばっ」


 意味をなさない音が男の喉から漏れると、男は泡を吹き、そして事切れた。初老の男は、それを無造作に投げ捨てる。


「くそジジイ、俺たちを誰だと」


 二人目の男はそこまで言って、自分の眉間に穴が開いたことを気づくこともなく、血を吹き出しながら倒れていった。

 残った一人に、初老の男が人差し指を向ける。

 アニキと呼ばれていた男は、二、三歩後ずさりをすると後ろを向いて走り出した。が、数秒後には彼も物言わぬ屍となった。


 一体何が起こっているのか。

 少女は、その見えない目で一生懸命辺りを見回していた。


「だ……誰?」


 裸のまま怯えた声でそうつぶやく少女に、初老の男が自分のコートを着せる。そして彼女の前で膝をついた。

 少女が恐る恐る手を伸ばす。男の顔に両手を添え、暫くの間その男の顔を触っていた。


「どこかで、会ったこと、ありますか?」


 ふと、少女がそう問いかける。


「ずっと、遠い昔に」


 重たくも優しげな男の声が響いた。


 不意に、少女の瞳から涙がこぼれ落ちる。何粒も、何粒も、その頬を流れ落ちた後、少女は男の首に縋りつき、彼を強く抱きしめた。


「ワタシの居場所。もう、離さないで」

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アロステリック・アイサ たいらごう @mucky1904

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