6月29日
あの日、義弘とアイスを食って別れてから義弘の姿を見ていない。大学に来ている様子がなく、LINEをしても既読がつかず、家に押しかけても反応がない。大学では義弘が自殺したとの噂が立っていて気分が悪い。それに加えて好奇心のまま俺に話しかけてくるクズどもが。ああ思い出したら腹立ってきた。大きく舌打ちをすると横から勢いよくどつかれた。睨みつけるように振り向くと、困った顔をした浜名がいた。あぁそうだバイト中だった。
「お客さんいるのに舌打ちはダメでしょう。……友達、まだ連絡取れないの?」
「あぁ。……お前も、まだ続いてんのか」
ひどいクマができている顔を見てそう言うと、浜名は力なく頷いた。浜名は浜名で、1週間ほど前から誰かに後をつけられている、気がするらしい。姿を見たことがないから気のせいかも、なんて言っているが、バイトで会うたびに浜名はやつれていっている。……俺の周りなんか呪われてんのか?
「確証なくても通報しろよ」
「でも、相手を見たことないのに、警察が動くわけ……」
「やるだけやってみたらいいだろ」
何起こるかわかんねぇんだから。その言葉は、レジに近づいてきたお客さんによって遮られた。
*
ようやくバイトが終わり外に出ると、まだ外は明るかった。少し前まではバイト終わりは暗かったのだが。空を見上げてぼーっとしていると、後ろから浜名の声が聞こえた。
「ごめん、よろしく」
「おう、行くか」
浜名の話じゃ、大して遅くない時間にも誰かの気配を感じるらしい。俺の家とは反対方向だが、何かあってからじゃ遅い。それに、浜名の家は義弘の家と同じ方向だ。浜名を送ってから、もう一回義弘の家に行ってみよう。祈るように深呼吸をして、2人並んで歩き始めた。
*
辺りがすっかり暗くなった頃には、浜名の家まで後数分ぐらいで着くというところまで来ていた。今のところつけられている気はしない。やっぱ誰かといたらストーカーも出てこないのか?
「う、わぁ……」
「っ、どうした」
突然、浜名が怯えたような声を出した。慌てて周りを見渡すが何も見当たらない。
「い、いや、ごめん。このあじさい、気味が悪くって……」
アジサイ。義弘のことが頭をよぎる。あんな気味が悪いものがまたあってたまるか。バカバカしいと思いながらも、少し身構えてアジサイを覗き込む。視界に入ってきたのは、青色の花びらに赤い斑点が大量についているアジサイだった。それも1つだけでなく、咲いているアジサイ全てに赤い斑点がついている。あのアジサイがまだマシに見えるほどの、異様な光景。これは何かの前兆なのか。それとも、もうすでに手遅れなのか。
「……さっさと行こうぜ、もうすぐだろ」
悪いことばかり浮かぶ思考を無理やり振り切り、不安な様子の浜名の背を押す。浜名の家はもうすぐそこだった。
「ありがとう。ごめんね」
「気にすんな。そんなことよりはやく通報しろよ」
「……うん、ありがとう」
「おう、じゃまた」
浜名がアパートに入るのを確認して、来た道を戻る。義弘の家に行くためには、またあのアジサイの前を通らなければならない。気にしたってどうしようもないのはわかるが、足が重い。のろのろと歩いていると、あのアジサイの前に誰か立っているのが見えた。俺より背が低く、青色のシャツを着ている。体つきからしてたぶん男だろう。顔は暗くてよく見えない。あんな場所に突っ立て何してるんだ? もしかしてストーカーか? 怪しい行動をしないか、警戒しながら近づく。徐々に見えてきた顔は、俺が会いに行こうとしていたやつの顔をしていた。
「義弘!お前なにしてたん、」
だ。目を見開いて駆け寄った俺の腹に重く鋭い衝撃が走った。訳がわからず腹を見ると、俺の腹から黒い持ち手のようなものが生えていた。Tシャツがじわじわと赤く染まっている。一体、何が起こったんだ? 義弘が俺の腹から”なにか”を引き抜いた。青いシャツに赤い斑点が飛び散る。訳がわからない。訳がわからない。俺は膝から崩れ落ちた。義弘は無表情で俺を見下ろしている。むせ返るほどのさびた鉄の臭いがした。
「お前だったのかお前が浜名さんのストーカーだったのかバイト先にも行って彼女にずーーーーーっとくっついて彼女がどれだけ苦しんでいたのか知らずに何しているんだお前が原因なのになんで何も知らずに隣をあるいているんだなんで彼女に触れているんだお前の所為で彼女は苦しんでいたんだぞお前がいなくなれば彼女はまた笑顔で僕に挨拶してくれるのにお前の所為で彼女は外に出なくなって僕は彼女と会うことができなかったんだお前の所為でお前の所為でお前の所為でお前の所為でお前の所為でお前の所為でお前の所為でお前の所為でお前の所為でお前の所為でお前の所為でお前の所為でお前の所為でお前の所為でお前の所為でお前の所為でお前の所為でお前の所為で」
義弘は壊れたおもちゃのように同じ言葉を繰り返しながら、真っ赤な”なにか”を振り上げて、勢いよく振り下ろした。赤い液体が飛び散っているのが見える。もう一度、大きく腕を振り上げて、下ろして、上げて、下ろして、上げて下ろして上げて下ろして上げて下ろして上げて下ろして上げて下ろして上げて下ろして上げて下ろして上げて下ろして上げて下ろして上げて下ろして上げて下ろして上げて下ろして上げて下ろして上げて。
「蓮、どうしてだよ」
目の前に、赤色の”なにか”が迫っていた。
移り気 三上クコ @mikami_kuko
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