6月17日
退屈な講義がようやく終わり、最近ぼんやりとしている義弘と共に大学を出る。義弘がぼんやりとしているのは珍しいが、この蒸し暑さならしかたない。家に帰るのも嫌になるほどの熱気と湿気に舌打ちをした。
「義弘ー、コンビニ行こうぜ。アイス買うぞ、アイス」
「…………」
隣を歩く義弘に声をかけるが、返事が返ってこない。ちらりと隣を見ると誰の姿も見えなかった。一瞬そのまま視線を前に戻しかけたが、勢いよく首をひねる。見間違いではなく、隣には誰もいない。呆然としたまま周りを見渡すと、義弘は俺の十数メートル後ろで歩道脇に咲いているアジサイをじっと見つめていた。
「なんかあったのか?」
大股で義弘に近づいて声をかけるが返事はない。義弘はどこか熱を帯びた目でアジサイを見つめている。きれいなアジサイでも咲いてるのかと思い目を向けると、妙な感じがするアジサイが咲いていた。一見普通のアジサイに見えるが、どこか気味が悪い。サークルの先輩がゆめかわいいだかなんだか言っていたスマホケースに色合いが似ている。そのケースがかわいいとは思わなかったが、ずっと見ていると鳥肌が立ってくるなんてことはなかった。色合いが同じなのになんでこのアジサイはこんなに気味が悪いんだ?
「おい、おい義弘」
なるべくアジサイを視界に入れないようにして義弘の肩を叩く。ゆっくりと俺の方を見た義弘の目が、一瞬映画でよく見る”ヤバイやつ”の目と同じように見えた。顔が少しひきつる。
「蓮。どうした?」
「……隣歩いてたやつが急にいなくなったらビビるだろうが」
義弘は不思議そうに首を傾げている。どうやら立ち止まっていた自覚もないらしい。俺は大きくため息をついた。
「自覚なしかよ、大丈夫か? 最近お前ぼーっとしてんぞ」
「……ごめん」
全く反省していない声色にもう一度ため息をついた。さっき感じた”ヤバイやつ”の雰囲気はどこかに消えてしまっていた。たぶんあのアジサイの雰囲気に引っ張られたんだろう。俺も義弘も暑さにやられている。さっさとコンビニ行って涼もう。
「とりあえずコンビニ行ってアイス食うぞ」
返事は帰ってこない。義弘はまたアジサイを見つめている。
『なんでそんな気味が悪いもん見てるんだ』
喉元まで出かかった言葉を必死に飲み込んだ。声にはしなかった。できなかった。してはいけない気がした。知らずのうちに強く握っていた拳をゆっくりと開く。爪痕がくっきりと残っていた。
「おい行くぞ」
何も知らない振りをして義弘の腕を掴みコンビニに向かう。あのアジサイが気味悪かったのも、義弘が”ヤバイやつ”に見えたのも、全部気のせいだ。そう自分に言い聞かせながら。
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