第27話・ご家庭事情

 早いもので不思議研究会の合宿も三日目を迎え、俺達は今日の目的地へ向かう為に荷物の最終確認を進めていた。赤井さんの計画した不思議探しはよく分からないものもあったが、終わってみればそれなりに楽しかった様な気がする。

 それにしてもずっと思っていた事だが、昨日の朝にやった蛇竜探しはかなり無理があったと思う。なぜなら赤井さんの言っていた蛇竜は全長十数メートル以上もある巨大生物だと言っていたのに、俺達が蛇竜を探していたのは水深二メートルも無い浅い場所だったからだ。

 俺は途中でその事を二人に言おうと思っていたが、最終的にはそれをしなかった。二人が楽しそうに蛇竜探しをするのを止めるのは気が引けたからだ。もちろん顧問としては無駄な時間を過ごさせるのを止めてやるべきだったのかもしれないが、時には友達とそんな無駄をするのも悪くはないと思った。学生時代は無駄な事もそれなりにしておくべきだと思ったからだ。

 しかし蛇竜探しが終わったあとでなんとなく赤井さんにその事を伝えたら、『あっ、そう言えばそうですね、でもシエラちゃんと楽しく遊べたからそれでOKですよ♪』と言っていた。そしてそれを聞いた俺は、もしかしたら赤井さんがこの合宿を計画したのは、ただシエラちゃんと遊びたかったからかもしれない――と、ふとそんな風に思ってしまった。仮にそうだとしたら、赤井さんはあれで結構シャイなのかもしれない。


「早乙女先生、シルフィーナさん、確認は終わりましたが?」

「こっちは大丈夫かな」

わたくしも大丈夫です」

「了解です! シエラちゃんは大丈夫?」

「うん、大丈夫」

「OK! それじゃあこれから不思議研究会の活動三日目を開始します!」


 別荘の玄関で高らかに活動の開始を宣言すると、赤井さんはさっそく大きなリュックをしょって外へと向かい始め、俺達もそんな赤井さんに続いてリュックをしょい、大きな玄関を抜けて目的の場所へと向かい始めた。

 赤井さん率いる不思議研究会三日目の活動は、別荘から三十分ほど離れた場所にある山への登山だ。これだけを聞くと山岳部の活動と誤解されそうだが、もちろんこの登山には不思議研究会らしい理由がある。そしてその理由とは、その山の山頂が世間で言うところの強力なパワースポットとして最近有名になっているらしく、本当にパワースポットとしての効果があるのかを検証しに行く――と、赤井さんは言っていた。

 俺としてはそう言った類の話は眉唾物だが、居るか分からないUMAやUFOや宇宙人や悪魔なんかを探して回るよりは何倍もマシだと思える。


「シエラちゃん、荷物重くない? 大丈夫?」

「大丈夫」

「シエラちゃんは登山初挑戦だから、無理をしない様にね?」

「うん」

「あれ? 先生、私の事は心配してくれないんですか~?」

「えっ!? いや、そんな事はないぞ? 赤井さんも無理はしない様にな?」

「はーい♪ わっかりましたー♪ ふふふっ」


 赤井さんは明るく元気にそう言うと、ニヤニヤした顔で俺を見てきた。そしてそれを見た俺は赤井さんにからかわれている事に気付き、プイッと顔を逸らした。


「えっと、シルフィーナさんはその恰好で本当に大丈夫ですか?」

「はい、問題ございません、これはシエラ様にお仕えする者の正装であり誇りですので」

「そうですか……」


 俺とシエラちゃんと赤井さんはしっかりと登山用の服装に着替えているわけだが、シルフィーナさんだけはいつものメイド服と変わりない。いや、正確に言えばちゃんと違いはある。だがそれは本当にささやかな違いで、まるでアハ体験をしているくらいに気付きにくい違いだ。


 ――本当に大丈夫かな……。


 これから登る予定の山は初心者でもそこそこ気軽に登山を楽しめる場所だが、それなりの標高はあるので、流石にメイド衣装で挑むのはきついのではないかと思う。だけど本人がああ言っている以上、俺が無理強いをする事はできない。


「先生は山登りをした事あるの?」

「子供の頃は親とよく行ってたかな、二人揃って山登りやキャンプとか好きだったし、今回みたいな山登りキャンプも結構やってたよ」

「そうなんだ、いいな……一緒にお出掛けできて……」

「……シエラちゃんは小さな頃にご両親と出掛けたりしなかったの?」

「うん、お父様は毎日忙しいし、お母様も身体が弱くて寝てる事が多いから、一緒に出掛けた事なんて数えるくらいしかない……」


 シエラちゃんのご両親についてはほぼ話を聞いた事がなかったが、話している時の表情やその内容を考えれば、シエラちゃんが寂しい思いをしていたであろう事は想像に難くない。


「そっか……でも今日は赤井さんもシルフィーナさんも居るし、沢山楽しめると思うよ」

「うん。ねえ、先生はお父様やお母様と山登りした時は何が一番楽しかった?」

「そうだな……どれが一番って決めるのは難しいけど、頑張って夕ご飯を作ったり、夜になったら夜景を見たり星を見たりでどれも楽しかったのは覚えてるよ。それに今回の山もそれなりに標高はあるし、いい景色が見られると思うよ?」

「そっか、凄く楽しみ。ねえ先生、小さな頃に山登りした時の話、もっと聞かせて」

「いいよ。それじゃあ、初めて山登りキャンプに行った時の話でもしよっかな」

「あっ! 私も先生の話聞きたーい!」

「私も早乙女様のお話に興味があります」


 こうして俺は幼い頃の登山話を三人にしながら目的の山へと向かい、ちょうどその話が終わる頃に山のふもとへと辿り着いた。

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