第28話・感謝の気持ち
無事に登山をする山の
しかしいくらこの山が初心者でもそこそこ気軽に登山を楽しめる場所とはいえ、やはり慣れない者にとって登山はしんどい。俺だって昔は親とそれなりに登山をしていたわけが、それも十数年の間隔が空くと初心者とほぼ変わらない。
そして登山を開始してから約一時間、俺は明らかに進むペースが落ち始めたシエラちゃんの横に並んで口を開いた。
「シエラちゃん、大丈夫?」
「だ、大丈夫……」
シエラちゃんはそう言いながら足を進めるが、そのしんどそうな表情と重そうな足の動きを見る限りでは、とても大丈夫だとは思えない。
「シエラちゃん、無理はしないでいいんだよ?」
「でも早く山頂に行きたいし……」
「気持ちは分かるけど、私達の目的は早く山頂へ着く事じゃないから、途中で休憩したっていいんだよ?」
「でも……」
「シエラ様、早乙女様や
「…………」
「あっ! えっとね、私ちょっと足が痛くなってきてたから、少し休憩したかったんだ、だから私と一緒に休憩してくれないかな? シエラちゃんに置いてかれたら寂しいし」
――ナイス赤井さん!
「……分かった、早矢香がそう言うなら一緒に休憩する」
シエラちゃんは思ったより頑固な部分があるけど、それでも人を思いやる気持ちはしっかりとある子だから、例えわざとらしくても赤井さんがああ言えば、今みたいにその意見を尊重してくれる。
こうして山道の邪魔にならない場所でしばらく休憩を取ったあと、俺達は再び山頂を目指して歩き始めた。しかし登山が初めてのシエラちゃんは途中で何度もへばってしまい、その度に何かと理由を付けて休ませるのが大変だったが、ゆっくりと時間をかけて足を進め、なんとかお昼過ぎには山頂へ辿り着く事ができた。
「わー! 結構広いですね!」
「そうだね、確かに思っていたよりも広いな。あっ、テントは俺とシルフィーナさんで張っておくから、赤井さんはパワースポットの調査に行ってもいいよ」
「本当ですか? それじゃあさっそく――と言いたいところですが、私はシエラちゃんと一緒にベンチで休んでおきますよ」
「そっか、それならシエラちゃんの事は頼んだよ?」
「はい! 任せておいて下さい! シエラちゃん、先生達がテントを張る間はあっちで一緒に休んでおこうよ」
「でもそれじゃあ、先生のお手伝いができないよ?」
「お手伝いをしてくれる気持ちは嬉しいけど、今はちゃんと休んでおいた方がいいよ。山頂に着いてこれで終わりってわけじゃないし、次は夕食作りも控えてるんだからさ」
「でも……」
「俺の事なら心配ないって、シルフィーナさんが手伝ってくれるんだからさ」
「シエラ様、早乙女様のお手伝いは
「……うん、分かった……先生ごめんね? お手伝いできなくて……」
「そんな事は気にしなくていいよ、シエラちゃんは赤井さんと一緒にめい一杯合宿を楽しめばいいんだからさ」
「うん、ありがとう先生」
「さあ行こう、シエラちゃん」
「うん」
シエラちゃんは申し訳なさそうにしながらも、赤井さんに手を引かれて少し離れた場所にあるベンチへと向かって行った。
「早乙女様、道中でのシエラ様へのお気遣い、本当にありがとうございます」
「そんな、頭を上げて下さい、俺は教師として当然の事をしただけですから」
「……シエラ様はこちらに来られてから本当に変わられました」
「そうなんですか?」
「はい、お屋敷に居た頃は滅多に表情を変えるが事なく、ただ黙って部屋の窓から外を見つめている事が多かったというのに、今のシエラ様はとても表情が豊かになっています」
そう言うとシルフィーナさんはベンチに座って楽しそうに話す二人へと視線を向けた。
確かにシルフィーナさんの言う様に、シエラちゃんの表情は豊かになってきたと思う。それは去年のクリスマスイヴに出会った時の頃を考えれば、まさに天と地ほどの違いがある。
「確かに今のシエラちゃんはとても生き生きしてますよね」
「はい、ですから私はとても嬉しく思っています、シエラ様があの様に笑顔を見せている事が……ですから早乙女様、私は早乙女様にとても感謝をしています」
二人へ向けた視線を俺の方へと向けてそう言うと、シルフィーナさんはとても嬉しそうな笑みを浮かべた。
「いやいや、俺は何もしてませんよ? それにシエラちゃんが変わったのは、赤井さんや他のお友達、それにシルフィーナさんのおかげだと思いますから」
「……どうやら早乙女様は、ご自分の必要性についてあまりお考えではないみたいですね」
「えっ? どういう事ですか?」
「いえ、差し出がましい事を申しました、今の言葉はお忘れ下さい。さあ、急いでテントを張りましょう、早乙女様」
「は、はあ……」
なんだか意味深な事を言うシルフィーナさんだったが、俺にはその言葉の意味がよく分からなかった。
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