第26話・楚々な少女

 不思議研究会の合宿二日目、俺は赤井家の所有する大きな別荘の広い一室にあるベッドの上でむくりと起き上がってから窓に近付き、シルクの様な滑らかな質感の高そうな赤いカーテンを開けて窓の外を見た。すると外はまだ早朝だというのに、既に地面からはゆらゆらと陽炎が立ち上っていた。


「今日も暑そうだな……」


 俺としてはエアコンの効いたこの快適な部屋でゴロゴロとしていたいところだが、部活の顧問としてこの合宿に参加している以上はそうもいかない。

 それにしても、まさか赤井さんがあの旧赤井財閥のご令嬢だとは知らなかった。どおりで水族館の特別優待チケットを簡単に手回しできたり、あんなドデカくて高級そうなキャンピングカーや、五百坪もある敷地内にこんな大きな別荘を所有してたりするわけだ。

 しかしそんなお嬢様である赤井さんが不思議研究会を作り、不思議を求めて合宿まで計画するなど、俺の考えるお嬢様像からはかなりかけ離れている。


「さてと、今日も一日頑張りますか」


 外を見ながら両手をグッと上へ伸ばし、軽い体操をしながらゆっくりと身体をほぐしていく。朝食はシルフィーナさんが赤井家の台所を借りて作ってくれると言っていたから、今からとても楽しみだ。

 じっくりと身体をほぐした後で服を着替え、俺はシルフィーナさんの作った朝食を摂りに食堂へと向かった。


× × × ×


 シルフィーナさんの作った美味しい朝食を食べ終わったあと、俺達は赤井さんから手渡されたリュックをしょって昨日花火をした浜辺へとやって来た。

 赤井さんが作っていたしおりの最初の計画では、二日目の朝は別荘から数キロ先の山奥深くにあるという遺跡へ行く――との事だったが、俺がその山の事を調べてみた結果、事故や遭難が多いらしく、手入れもされていないから危険と書いてあったので、その遺跡へ行くのは却下をした。そしてその結果、赤井さんは『翌日までに何をするか考えておきます』と言ったわけだが、この浜辺でいったい何をするというのだろうか。


「ところで赤井さん、今日はここでどんな活動をするんだ?」

「不思議研究会の今日の朝活はズバリ! この海域に住むという幻のUMA《ユーマ》、蛇竜じゃりゅうを見つけ出す事です!」

「じゃりゅう? それって何?」

「いい質問だねシエラちゃん! 蛇竜は古代からこの海域に住むと言われている幻の巨大生物で、全長は数十メートル以上あると言われているの。もちろん目撃例もいくつかあって、その見た目は首長竜に見えるとも蛇に見えるとも言われている不思議な生物なの。と言うわけで今日は、私達でその蛇竜を探し出してその正体を暴いちゃおうって事です! てことで皆さん、持って来たリュックを開けて中にある水着に着替えて下さい!」

「えっ!? 俺も着替えるのか?」

「当たり前ですよ、先生はこの不思議研究会の顧問なんですから、私達と一緒に蛇竜を探してもらわないと♪ さあ! あっちの岩陰で着替えて来て下さい! 私達は逆側の岩陰で着替えて来ますから」

「お、おい……」


 赤井さんに背中を押され、俺は渋々と大きな岩場がある方へ向かった。

 それにしても、いくら岩陰とはいえ、こうして外で着替えるのには抵抗がある。しかし辺りは海水浴シーズンだというのに、俺達以外に人は居ない。その様はさながらプライベートビーチと言った感じだが、それはそれでどこか寂しく感じてしまう。

 誰かに見られているわけではないが、恥ずかしい事に変わりはないので、俺はいそいそと着替えてから元の場所へと戻った。


「お帰りなさいませ、早乙女様」

「あれ? シルフィーナさんは水着に着替えないんですか?」

「早矢香様はわたくしの水着も用意してくださっていましたが、私の役目はシエラ様のお世話をする事なので、今回はご遠慮させていただきました」

「そうだったんですか……」


 シルフィーナさんは不思議研究会に所属しているわけではないから仕方がない。しかしシルフィーナさんは物凄く美人で、老若男女問わず目を惹くプロポーションなだけに、その水着姿を見られないのは残念で仕方がない。


「早乙女先生! お待たせしました!」


 そんな気持ちで水平線を見ていると、さっきよりも更に元気な赤井さんの声が聞こえてきて、俺はその方向へと視線を向けた。

 するとそこにはホワイトとピンクの横縞が入ったビキニを着た赤井さんと、胸元がホワイトのレースで覆われ、下がブルーのレース状になっているスカート水着を着たシエラちゃんの姿があった。


「早乙女先生どうですか? 似合ってますか?」

「よく似合ってるよ」

「やった♪ ところで先生、シエラちゃんの水着はどうですか?」


 そう聞かれた俺は、改めてシエラちゃんの水着姿を見た。

 シエラちゃんは身長こそ小さいものの、そのスタイルは抜群にいい。それでいてその胸元は激しく視線を集中させるくらいに大きいから、先生という立場としては目のやり場に困ってしまう。


「先生、似合ってる?」

「えっとその……凄く似合ってるよ、シエラちゃん」

「そっか、嬉しい……」


 シエラちゃんはそう言うと、その後で小さな笑みを浮かべた。俺はそんなシエラちゃんを見て思わずドキッとしてしまい、視線を海の方へと逸らしてしまった。あまりの可愛さにシエラちゃんを見続ける事ができなかったからだ。

 そして赤井さんにしこたまからかわれた後、俺は幻のUMA蛇竜を探す事になったわけだが、蛇竜探しをしていたのは本当に最初の方だけで、あとはほとんど海で遊んでいただけだった。

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