第22話・二人の思い

 シルフィーナさんがコンビニから戻って来たあと、俺はお粥を作る為に自分の部屋へ戻ろうとしたが、シエラちゃんがそれを嫌がったので、仕方なくシルフィーナさんの許可もらってからこの部屋でお粥を作らせてもらった。


「シエラちゃん、お粥ができたよ。起き上がれる?」

「うん……」


 短い返事のあと、シエラちゃんはゆっくりと上半身を起こし始め、シルフィーナさんがそれを補助する様に背中を支え上げた。


「ありがとう、シルフィー」

「いえ、当然の事を行ったまでです」

「シエラちゃん、自分で食べられる?」

「うん」


 シルフィーナさんが頭を下げて一歩引いたあと、俺はテーブルの上に置いていたトレイを持ち、それをシエラちゃんの両ももの上へと乗せた。するとシエラちゃんはお粥が入った器の横にあるレンゲを手に取ったが、上手く力が入らないのか、すぐに持ち上げたレンゲをトレイの上に落としてしまった。


「シエラ様!?」

「シエラちゃん、ちょっとごめんね?」


 シルフィーナさんよりも早く動き、俺はシエラちゃんの真横に移動をしてからベッドの上に座った。そしてシエラちゃんの両ももの上に乗っているトレイを取ってから自分の両ももの上に乗せ、トレイの上にあるレンゲを手に持ち、器に入ったお粥を一口分掬ってから空いてる手で扇いだ。

 そしてある程度の粗熱が取れたのを見計らい、シエラちゃんの口元にレンゲを差し出した。


「はい、あーんして」

「あーんて、何?」

「食べさせるから口を開いてって事さ、ほらっ」


 質問に答えるとシエラちゃんはちょっとだけ間を空けたあとで口を開き、俺が差し出したレンゲの中のお粥を口にした。


「……薄味だけど美味しい」

「ホント? それなら良かったよ。食べられるだけでいいから、無理はしない様にね?」

「うん」


 短い返答を聞いてから再びレンゲでお粥を掬い上げると、今度は『あーん』と言うまでもなく、シエラちゃんはその口を開いた。


 ――ガキの頃は病気になるとよくしてもらってたよな、母さんに。


 独り身の俺がこれをやる側になるとは思ってもいなかっただけに、ちょっと気恥ずかしくなってくる。俺はシエラちゃんがお粥を食べる姿に昔の自分の姿を重ね合わせながら、あの時の母さんが感じていたかもしれない気持ちを感じていた。


「――ごちそうさまでした。ありがとう、先生」

「いえいえ、どういたしまして」


 思っていたよりも食欲はあったらしく、シエラちゃんは作ったお粥を全て食べきり、買って来てもらったデザートのプリンまで平らげた。


 ――最初はかなり焦ったけど、ちょっと安心したな。


 少し元気を取り戻した感じのシエラちゃんを見て、俺は安堵の息を漏らした。


「それじゃあ食器を片付けたら俺は戻るね」

「えっ? 先生帰っちゃうの?」

「うん、もうここに居てもやれる事は無いだろうからね」

「やだっ……帰らないで先生……一緒に居て……」


 シエラちゃんは立ち上がった俺の手を握ると、その手を離さない――と言った感じでギュッと握り締めてきた。


「シエラ様、早乙女様がお困りですよ? お手をお放し下さい」

「やだっ!」


 シルフィーナさんがそう言うと、シエラちゃんはさっきよりも更に強く俺の手を握った。

 シエラちゃんは素直な子だけど、一度言い出すと頑固なところもあるから、納得のいく理由を示さないとこの手は離さないだろう。しかし今の俺にはシエラちゃんを納得させるだけの理由は思いつかない。


「……分かった、シエラちゃんが寝付くまで傍に居るよ」

「ホントに?」

「うん、ホントだよ」


 俺は持っていたトレイを近くにあるテーブルの上に置き、ベッドの横の床に座った。するとシエラちゃんは少しだけ安心した様な表情を見せてくれたが、握っていた手は離さなかった。


「さあ、ちゃんと休まないと、いつまでも良くならないよ?」

「うん」


 シエラちゃんは短い返事をすると上半身をゆっくりと寝かせ、空いている手で掛け布団を被せた。


「先生、ちゃんとここに居てね?」

「うん、ちゃんと居るよ、だから安心して寝ていいよ」

「うん」


 そう言うとシエラちゃんは瞳を閉じ、そこから十分と経たない内に小さな寝息を立てて眠ってしまった。

 しかしシエラちゃんの手は未だに俺の手を離す様子は無く、俺も握られたその手を離したくないと思って握り返していた。


「シルフィーナさん、今日はこのままで居てもいいですか?」

「……シエラ様付きのメイドとしては悔しい限りですが、今のお二人の様子を見ては駄目とは言えません」

「ありがとうございます」


 シルフィーナさんの方を見てお礼を言ったあと、俺は再びシエラちゃんの方へと視線を向けた。

 そして穏やかな表情で眠るシエラちゃんを見て温かな気持ちを感じていると、今まで忘れていた疲れと眠気が一気に押し寄せ、俺はシエラちゃんの柔らかな手の温もりを感じながら眠りの世界へと誘われて行った。

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