第23話・赤井早矢香の行動力

「先生、お帰りなさい」

「ただいま、シエラちゃん」


 シエラちゃんが体調を崩して倒れた日から二日後の夜、俺は自分の部屋でシエラちゃんに出迎えられた。

 あの後、朝を迎えたらシエラちゃんを病院へ連れて行こうと思っていたわけだが、俺が目覚めた時には熱もすっかり引いていて、シエラちゃんはいつもの元気を取り戻してた。

 だけど元気には見えても、完全に治っているかは素人の俺には分からない。だから病院には連れて行こうと思っていたわけだが、なぜかシエラちゃんにはそれを全力で拒否されてしまった。

 そこで俺は妥協案としてその日は学校を休ませ、ゆっくりと身体を休めてもらう事にした。まあ、嫌がるシエラちゃんを無理やり病院へ連れて行くのも気が引けるし、これはシエラちゃんの為に尽力してくれたシルフィーナさんへの、ささやかなお礼も兼ねていたわけだ。

 そしてこの時にシエラちゃんはシルフィーナさんと今回の件について話をしたらしく、こうして俺の部屋に戻る事を認めてもらえたらしい。いったい二人でどんな話をしたのかは分からないけど、俺はこれで良かったと思う。


 ――これで良かったなんて、シエラちゃんと出会った時の俺じゃあ思いもしなかったよな……。


 出会った当初はどうやって実家へ帰ってもらおうかと考えてばかりだったのに、今ではシエラちゃんがそばに居てくれる事に安らぎを感じている。本当に人の気持ちなんて、どう変わるか分からないもんだ。


「それじゃあ先生、シルフィーと銭湯に行って来るね」

「分かった、気を付けてね?」

「うん」


 シエラちゃんはいつもの銭湯セットを持つと、隣に住むシルフィーナさんの部屋へと向かった。

 こっちへ戻る時にシルフィーナさんから、『シエラ様のお世話は続けさせて下さい』とのお願いがあったが、それについては別にシエラちゃんもお世話をされるのが嫌ってわけじゃないみたいだし、俺だってその事について反対はないので、二人でその件については了承をした。それに俺としてはシエラちゃんをしっかりと見ていてくれる人が増えて安心なので、その願いを断る理由すらない。


「とりあえずはこれで良かったって事かな」


 シエラちゃんが戻って来た事に安堵しつつ、俺も着替えを持って銭湯へと向かった。


× × × ×


「早乙女先生、明日からの合宿の引率、よろしくお願いしますね」

「はっ? 合宿の引率? 何の事だ?」


 夏休みを明日に控えた放課後、一学期最後の活動報告書を持って来た赤井さんにそう言われ、俺は顔をしかめた。そんな話は一度も聞いた覚えがなかったからだ。


「何って、不思議研究会でやる三泊四日の合宿の事ですよ」

「そんな話は一度も聞いてないんだけど」

「えっ? そうなんですか? おっかしいなあ、シエラちゃんが『自分から話す』って言ってたんですけどね」

「そうなの?」

「はい、まあそれならそれでいいので、明日までに着替えの準備だけしておいて下さい。あとの準備はこちらで全部やってますから」

「いやいや、急にそんな事を言われても無理だよ。俺は夏休みでも学校の仕事があるし、それに今から学校に引率許可の申請を出したって、許可なんて下りるはずないからね」

「あっ、それなら大丈夫ですよ、私が忙しい先生の代わりに手回しをしておいたので、もう許可は下りてますから」

「はっ?」

「それじゃあ先生、明日の八時に如月駅前に集合ですから、遅れないで下さいね♪」

「えっ!? ちょ、ちょっと待った!」

「待ちませーん♪」


 赤井さんは後ろを振り向かずにご機嫌な様子でそう言うと、そのまま職員室を出て行ってしまった。

 本来なら引率許可は顧問がしっかりと内容を精査し、それを詳しく書いて提出をしないと認可が下りない事になっている。だから赤井さんが頼んで引率許可をもらったと言うのは、本来ならあり得ないわけだ。

 しかしうちには、どうやってか無理を可能にして来たシエラちゃんの例もあるから、それが絶対にあり得ないとは言い切れない。


 ――マジで許可が下りてるのか?


 半信半疑だった俺はその後すぐに教頭と学年主任に確認を取ったが、確かに赤井さんが言った通りに合宿の引率許可が出ていた。

 そして家に帰ってからシエラちゃんに合宿の事を尋ねてみると、『先生に言い出せなかった』と言われてしまった。とりあえず言い出せなかったその理由を聞いてみると、赤井さんと合宿の計画を立てたのが、ちょうどシエラちゃんが隣に移ってから二日目の事だったらしく、その事があって言い出す事ができなかったらしい。

 その話でとりあえずの理由が分かった俺は、そこからシエラちゃんに合宿についての話を聞きながら着替えの準備を進めた。そしてこの日は珍しく自分から楽しそうに合宿の事を話すシエラちゃんと一緒に、夜遅くまで会話に華を咲かせた。

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