第13話・小さな迷子

 シエラちゃんと行った初めての水族館から五日が経った。

 俺があの日頼んでおいた大きなイルカのぬいぐるみは先日無事に届き、今はシエラちゃんが使っている俺のベッドの上に、小さなイルカのぬいぐるみと一緒に置かれている。

 大きなぬいぐるみが届いたあの日、シエラちゃんは俺のお財布事情などを気にしながらも、ぬいぐるみを手渡すとそれはもう喜んでくれた。特にあのシエラちゃんと変わらない大きさのぬいぐるみをギュッと抱き込んだ姿なんて、可愛さの極みと言えるくらいだった。

 ちなみにシエラちゃんがあのぬいぐるみを受け取った時に、『このぬいぐるみ達、私と先生みたいだね』と言っていたけど、それはいったいどういう意味だったんだろうか。


「くあ~っ、今日も疲れたな……」


 仕事の疲れがピークを迎えた週末。俺は身体に溜まっている疲れを追い出す様にしながら背伸びをし、薄暗い夜道を歩いていた。

 毎日毎日、似た様な日常の繰り返しにウンザリしてた時もあったけど、最近はそんな考えにも変化が起こっていた。そしてそれは間違いなく、シエラちゃんの影響だと思う。


「ただいまー」

「お帰り、先生」

「ごめんね、ちょっと会議が長引いちゃってさ、すぐ晩御飯を作るから――って、えっ!?」


 いつもの様にシエラちゃんが出迎えてくれたのはいいんだけど、そのシエラちゃんの足元には一匹のチワワが居て、元気に尻尾をフリフリしていた。


「あの、シエラちゃん、その犬はどうしたの?」

「家に帰ってる時について来た」

「ついて来た?」

「うん」


 ――見たところ首輪もしてるし、飼い犬なのは間違いないだろうな。


「どの辺りからその犬はついて来たの?」

「公園を通り過ぎた時には横に居たよ」

「てことは、その公園に飼い主が居たかもしれないわけか……もしかしたら飼い主が探してるかもしれないから、ちょっと様子を見て来るよ。晩御飯は少しだけ待っててね?」

「分かった」


 しょっていたリュックを玄関先に下ろし、俺はそのまま家を出てシエラちゃんの言っていた公園へと向かったが、向かった先の公園には誰の姿も無く、その周辺にも犬を捜している様な人は居なかった。

 一応という事で公園から少し範囲を広げて犬を捜している人が居ないかを見て回ったが、あまり夜道をウロウロしていると不審者だと思われかねないから、俺はある程度のところで切り上げて自宅へと戻った。


「ただいま」

「お帰りなさい」


 先ほどと同じ様にシエラちゃんが出迎えてくれたけど、今度はシエラちゃんについて来たというチワワの姿は無かった。


「あれっ? あの犬はどうしたの?」

「先生が出て行ったあとで寝ちゃった」


 そう言うとシエラちゃんは狭い部屋の一角を指差した。

 そして俺がその指の動きを追って視線を向けると、小さなテーブルの下で身体を丸めて寝ているチワワの姿があった。


「ありゃま、ホントだ」


 自らの状況を知ってか知らずか、チワワは呑気に寝息を立てている。


「それにしても、どうしたもんかな」

「ねえ、先生、どうしてこの仔は私について来たの?」

「うーん……多分だけど、迷子になってた時にシエラちゃんを見て、それで心細かったからついて来たんじゃないかな?」

「この仔、迷子なの?」

「多分ね」

「そっか、そうだったんだ……」


 その言葉を聞いたシエラちゃんは、ちょっと寂し気な表情をしながら眠っているチワワを見つめた。

 そしてそんなシエラちゃんを見ていると、なんとなくシエラちゃんと初めて出会ったあのクリスマスイヴの事を思い出してしまう。行く当てもなくベンチに座り込み、寒さで身体を震わせていたシエラちゃんの事を。


「……ねえ、先生、この仔はどうするの?」

「ウチはペット禁止だからなあ……でも、このままってわけにもいかないし……。とりあえず明日になったら大家さんに相談してみるよ、飼い主が見つかるまでの間、ここで預かってもいいかをさ」

「いいの?」

「うん、もしかしたらシエラちゃんを頼ってついて来たのかもしれないから、見捨てるわけにはいかないでしょ?」

「先生は優しいね」

「そ、そうかな? まあ大家さんが犬嫌いだからどうなるかは分からないけど、やるだけはやってみるよ」

「大家さんて何?」

「大家さんはこの家を貸してくれてる人の事だよ」

「その人は犬が嫌いなの?」

「小さな頃に犬に追いかけられたとかで、犬が怖いんだってさ。だから犬を預かる許可をもらえる可能性は低いだろうけど、どうにか説得してみるよ」

「そっか」

「さあ、とりあえず晩御飯を作るから、シエラちゃんはテレビでも見ながら待っててよ」

「ううん、先生の手伝いをする」

「そっか、ありがとう」


 こうして俺の日常に新たな問題が発生したが、なぜか俺はその問題を前にして、ちょっとワクワクしていた。

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