第14話・微笑ましい光景

「なんか思ったより呆気なかったな……」


 我が家に迷子と思われるチワワがやって来た翌日、俺は仕事帰りに大家さんの家に寄り、飼い主が見つかるまでの間だけ犬を預からせてほしいとお願いをした。頼みに行った俺としては、ほぼ間違いなく断られるだろうなと思っていたんけど、犬嫌いの大家さんはなぜか二つ返事でチワワを預かる事を認めてくれた。まあ、両隣や下の階の住人にもその事を伝える様には言われたけど、大家さんが認めてくれたのは本当に意外だった。

 こうして結果オーライだった事で気を良くした俺は、意気揚々と自宅へ帰って来て玄関を開けた。


「お帰りなさい、先生」

「わんっ!」

「ただいま、シエラちゃん、リリー」


 しょっていたリュックを下ろして靴を脱ぎ部屋へ入ると、リリーが足元で尻尾を振りながらじゃれついて来た。ちなみにこのリリーと言う名前は、首輪に記されていたものだ。


「リリー、先生はこれから食事を作るんだから、邪魔しちゃ駄目」

「わんっ!」


 リリーはシエラちゃんの言葉が分かったかの様に声を上げると、大人しくテーブルの下に行って座り込んだ。どうやらあの位置がリリーのお気に入り位置らしい。

 それにしても、小型犬はかなり警戒心が強く、よく吠えると聞いていたけど、このリリーはそんな様子もなく、とても人懐っこい。そしてそんなリリーを見ていると、俺もいつか犬を飼ってみたいなと思えてくる。


「あっ、ところでシエラちゃん、リリーを預かる件なんだけど――」

「預かっていいって言われたでしょ?」

「えっ!? あ、ああ、うん、そうだけど……どうして知ってるの?」

「そうなるって分かってただけ」


 これもシエラちゃんが中二設定であるが故の意味深な発言かもしれないけど、それにしたって、そう思えるだけの根拠や自信はどこにあったんだろうか。


「そ、そっか、まあ大家さんからのお許しは得たけど、ご近所さんにもちゃんと知らせとかなきゃいけないから、晩御飯を食べたら行って来るよ」

「うん、分かった」


 こうして晩御飯を作って食事を摂ったあと、俺は隣人と下の階の住人に、『しばらくの間迷子の仔犬を預かるので迷惑をかけるかもしれませんが、大家さんの許可は頂いていますので、よろしくお願いします』と、ちょっとした手土産を持って伝えに行った。こちらとしては犬を預かる事に難色を示す人も居るかとは思ったけど、幸いにもみんな理解を示してくれたから良かった。


「――さてと、シエラちゃん、これからリリーの散歩に行こうと思うけど、一緒に行く?」

「リリーと散歩?」

「うん、犬は適度に散歩をさせないと、ストレスが溜まって病気になりやすくなったりするんだよ。それに散歩をしてたらリリーを捜してる飼い主が見つかるかもしれないし、どうかな?」

「行く」

「よし、それじゃあ行こっか。リリー、散歩に行くからおいでー」


 リリーは散歩という言葉に反応すると、定位置であるテーブルの下から抜け出し、俺達のもとへとやって来た。


「よしよし、ちょっとリードを付けるから大人しくしててな。――よっし! それじゃあ散歩に行くぞー!」

「わんっ!」


 こうして俺はシエラちゃんとリリーを連れ、夜の散歩へと出掛けた。


「先生、リリーはこれで喜ぶの?」

「もちろん喜ぶよ、ほら、尻尾をフリフリしてるでしょ?」

「尻尾を振るとリリーは楽しいって事なの?」

「まあ犬種でも違うし、尻尾を上げて振るのは興奮だったり怯えだったり色々とあるらしいけど、この場合は喜んでると思っていいと思うよ」

「そっか、リリー喜んでるんだ」

「ねえ、シエラちゃん、良かったらリードを持ってみない?」

「いいの?」

「うん、でもリリーが危ない所へ行きそうになったり、交差点に近付いた時には飛び出したりしない様に注意してね?」

「分かった」

「それじゃあ、はい」


 俺は持っていた赤色のリードをシエラちゃんへと差し出した。するとシエラちゃんは恐る恐ると言った感じでリードを受け取った。


「このまま歩けばいいんだよね?」

「うん、ある程度はリリーの自由にさせていいけど、シエラちゃんが知らない道に行こうとしたり、危ない所に行こうとしたら引き戻してね」

「分かった」


 俺の言葉を聞き終わると、シエラちゃんは緊張気味な様子で足を進め始めた。


「シエラちゃん、そんなに緊張しなくてもいいんだよ?」

「き、緊張なんてしてないもん」

「いや、でもめちゃくちゃ動きが固くなってるよ?」

「そ、そんな事ないもん」


 おそらく犬の散歩が初めてで緊張してるんだろうけど、これではリリーのストレス発散にはなっても、シエラちゃんが疲れてしまいそうだ。

 そんな緊張気味な様子のシエラちゃんを見てちょっと心配になっていると、リリーは急に進めていた足を止め、シエラちゃんの方へと顔を向けた。


「わんっ!」

「ど、どうしたの? リリー」


 リリーは立ち止まった状態で尻尾を振り、じっとシエラちゃんを見上げている。


「先生、リリーどうしたの?」

「うーん……多分だけど、シエラちゃんが緊張してるから気を遣ってくれてるんじゃないかな?」

「そうなの?」

「多分ね、だからシエラちゃんは、ありがとう――って言って頭を撫でてあげたらいいんじゃないかな?」

「そっか、リリー、ありがとう」


 そう言うとシエラちゃんはそっとしゃがみ込み、リリーの頭を撫でた。


「わんっ♪」

「あっ! ちょ、ちょっと待ってリリー!」

「ありゃりゃ」


 シエラちゃんの緊張がほぐれたと思ったのか、リリーは突然シエラちゃんを引っ張って元気に走り始めた。そしてシエラちゃんはそんなリリーの勢いに引っ張られ、どんどん先へと進んで行く。


「ははっ、可愛いもんだな」


 俺はそんなシエラちゃんとリリーを見ながら微笑み、急いで二人を追い駆け始めた。

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