第11話・波乱の幕開け

 赤井さんの計らいで水族館のペアチケットを渡された俺は、シエラちゃんを連れて水族館、海世界へとやって来た。


「先生、ここが水族館?」

「そうだよ」

「大きい建物……魔界にある家と同じくらいあるかも」

「そ、そうなの?」


 ――この水族館と大きさが同じくらいって、シエラちゃんの実家ってどんだけ金持ちなんだ……。


 シエラちゃんの事が小出しで判明する度に、俺の知る現実との違いを思い知る。そしてそんな違いを知る度に、シエラちゃんは俺なんかの側に居るべき人ではないと強く思ってしまう。

 でも今はそんな事を考えるべきではないだろう、今日はお互いに楽しい時間を過ごす為に来ているんだから。


「先生、早く行こうよ」

「う、うん」


 水族館を見て興味を引かれたのか、シエラちゃんは俺の手を握り、入場口に向かって並んでいる人達の方へと進んで行く。そして俺はシエラちゃんにいきなり手を握られ、柄にもなくドキドキしていた。


「――チケットを拝見しますね」

「はい」


 列に並んで待つ事しばらく、ようやく俺達が入場できる番が訪れ、俺は入場口の係員さんに赤井さんから貰ったチケットを手渡した。


「ありがとうございます、――特別優待ペアチケットでご入場ですね。確認いたしましたので、こちらのバンドを手首に巻いて下さい」

「先生、何これ?」

「さあ? あの、これって何なんですか?」

「これは特別優待チケットでご入場のお客様にお付けいただく物で、これを付けていれば、館内の様々な場所で特別特典を受けられる様になります」


 ――赤井さんがくれたチケットってそんなに良いやつだったんだ。今度ちゃんとしたお礼をしないとな。


「それじゃあシエラちゃん、言われた通りに手首に巻こう」

「うん」


 俺達は係員さんから受け取ったピンク色のバンドを受け取り、言われた通りに手首へとそれを巻き付けた。


「それではごゆっくりお楽しみ下さい」


 渡されたバンドを手首に巻き付けると、係員さんはにこやかな笑顔で俺達を送り出してくれた。そして係員さんの居る場所から少し前に進むと大きな自動ドアがあり、そこを抜けると俺達の前方に映画館のスクリーンよりも大きなパノラマ水槽があるのが見えた。


「綺麗……」


 大きく広がるパノラマ水槽を見たシエラちゃんは進めていた足を止め、その光景に見入りながら呟く様にそう言った。


「シエラちゃん、もっと近くで見ていいんだよ?」

「いいの?」

「もちろん」


 そう言うとシエラちゃんはちょっと嬉しそうにしながら小走りでパノラマ水槽へと近付き、顔がついてしまいそうなくらいの位置で水槽を見上げた。


「わあー、凄い……」


 水槽の中で悠々と泳ぐ魚達を目で追うシエラちゃんの姿はとても可愛らしく、俺はその姿を見て思わず口元が綻んでしまった。


「綺麗でしょ?」

「うん、凄く綺麗」


 珍しくテンション高めなシエラちゃんが弾んだ声を出す。そしてそんなシエラちゃんを見ているだけで、俺はここへ来て良かったと思えた。


「先生、あの大きくて平べったい生き物は何?」

「あれはエイって言う生き物で、世界中の海にその仲間が居るんだ。確か530種類くらいだったかな、中にはあの鋭く尖った尾の棘に毒を持つ種類も居るんだよ」

「へえー、先生って本当に何でも知ってるんだね。それじゃあ、あの小さなのは何?」

「あれはね――」


 シエラちゃんは水槽の中で泳ぐ生き物達に興味津々なご様子で、パノラマ水槽の前から動こうとせず、次々と中に居る生き物達の事を聞いてきた。そして俺はそんなシエラちゃんの期待に応えようと、頑張って質問に答え続けた。


× × × ×


「シエラちゃん、ちょっと急ぐよ」

「うん」


 俺はシエラちゃんと一緒にイルカショーが開催される会場へと急いでいた。

 本当ならもっと余裕をもって会場へ行くべきだったが、思っていたよりもシエラちゃんからの質問が続き、かなりの時間をパノラマ水槽の前で過ごす事になってしまったのだ。イルカショーは水族館のイベントでも特に人気だから、早めに会場へ行かないと良い場所が取れない。

 だけどショーが始まるまでもう十分もないので、会場に入れたとしても、かなり見えにくい場所からショーを見る事になるだろう。それでもこの後の予定を考えると、イルカショーを見るタイミングはこの回しかない。


「すいません、会場にはまだ入れますか?」

「申し訳ございません、会場内はもう満員となっていますので、次の開催時間までお待ちいただく事になります」

「そうですか……」

「あっ、お客様、もしかして特別優待チケットで入場されていますか?」

「はい」

「失礼しました、それでしたら専用の席がございますので、係りの者に案内させます、少々お待ち下さいませ」

「分かりました」

「先生、これからイルカショーって言うのを見るんだよね?」

「そうだよ」

「イルカってどんな生物?」

「それは見てからのお楽しみだね」

「分かった」


 ――説明を始めるとまた長くなっちゃうからな。


「お待たせいたしました、どうぞこちらへ」


 係員さんが連れて来てくれた案内人の方に続いて階段を下り、俺達は地下の通路を進んでから階段を上った。


 ――えっ!? どういう事だ?


 案内された先には沢山の衆人環視しゅうじんかんしがあり、俺はその光景を見て驚愕してしまった。


「あ、あの、これはどういう事ですかね?」

「特別優待チケットで入場のお客様にはショーをより近くで見てもらう為に、ショーを行う場所の近くに席を用意させていただいております。さあ、こちらへどうぞ」

「あ、いや、でもこれは……」

「先生、早く行こうよ」

「ちょっ!? シエラちゃん!?」


 会場の周りには沢山のお客さんが居て、突然やって来た俺達へと視線を向けている。そんな中、とてつもなく緊張している俺とは違い、シエラちゃんは何の躊躇ためらいもなく案内された席へと向かってその席に腰を下ろした。


 ――嘘だろ、こんな中でイルカショーを見るってのか?


 用意された席へ座ってしまったシエラちゃんをそのままにしておくわけにもいかず、俺は強烈な恥ずかしさを押し殺してシエラちゃんのもとへと向かった。

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