第6話・日常の違和感

 あの騒動の後、俺は先に呼び出されていたシエラちゃんと入れ替わりで校長室へと入った。俺としては事実はどうあれ、最悪の場合は教職を失う事になると思っていたが、実際はそんな事もなく、ただシエラちゃんとの関係を聞かれ、学校の中や外でも言動には十分注意する様に――と、そんな注意を受けただけで済んでしまった。


 ――これってやっぱり、シエラちゃんが何かしらの権力ちからを使ったって事なのか?


 普通なら事情はどうあれ、家出少女を自宅に泊めて一緒に生活をし、しかもその子と夫婦関係になったとなれば、それなりの重い処分が下されるのが普通だ。しかし俺もシエラちゃんも、何の処分も下されなかった、それが逆に不気味だ、言ってみればそれは、シエラちゃんの権力ちからがそれだけの事を簡単にできてしまうという事を証明しているように思えたからだ。


「先生、終わったの?」

「あっ、シエラちゃん――じゃなくて、シエラさん、待っててくれたんだ」

「どうして言い直したの?」

「ここは家とは違うからね、学校ではシエラさんて呼ばなきゃいけないんだよ」

「人間界のルールってよく分からない」

「ははっ、大人の俺でもよく分からないルールがあるくらいだからね、まあそれはともかくとして、家に帰ったら今日の事を色々と話そう」

「うん、分かった、先生はもう帰れるの?」

「いや、俺はまだ仕事があるんだ、だから先に帰ってて」

「分かった」

「うん、それじゃあ、気を付けて帰るんだよ」

「うん」


 シエラちゃんは小さく頷くと、踵を返して下駄箱の方へと向かって行った。


「さてと、これからどうなるかな……」


 今日は何の処分も言い渡されなかったけど、明日になれば状況がどう変わるか分からない。仮に学校がこの件に目を瞑ったとしても、既に数多くの生徒に俺とシエラちゃんの話は伝わっているだろうから、そのうちこの件に関して意見をして来る生徒や親だって当然居るだろう、そうなれば俺やシエラちゃんもどうなるか分からない。

 俺の場合は自業自得なところがあるから仕方ないとしても、シエラちゃんはどうにか守ってあげたいと思う、それがシエラちゃんをしっかりと説得できなかった俺の、大人としての責任だろうから。


× × × ×


 あの日から俺は、いつどんな事態が起こるのかと心配していたが、特に何事も起こらずに一週間が過ぎ去った。まあ、生徒の中には俺とシエラちゃんの関係をからかって来る者も居たが、そんなのは俺が想像していた様な事態からすれば可愛いもんだ。もしかしたらこれも、シエラちゃんの権力ちからによるものかもしれないけど、あまり油断しない様にしないといけない。


「先生」


 とても平和な毎日に不安を抱きながら迎えた放課後、俺は後ろから聞こえてくるシエラちゃんの声を聞いて振り返った。


「どうしたの?」

「これ、今日が期限だから持って来た」

「ああ、入部届か、えっと……不思議研究会? そんな部活うちにあったっけ?」

「今年できたばかりだって赤井さんが言ってた」

「ああー、聞いた事が無いと思ったら、新設の部活か、へー、部長は赤井さんなんだ」

「うん、赤井さんから誘われたの」

「そっか、ちょっと心配してたけど、ちゃんと友達ができたんだね」

「赤井さんは友達になるの?」

「へっ? まあ、部活に誘ってくれるくらいなんだし、向こうはそう思ってるんじゃないかな」

「そうなんだ、友達の基準を知らないから分からなかった」

「友達の基準か……まあ、それは人それぞれだから分かり辛いだろうけど、仲良くできればそれは友達って事でいいと思うけどね」

「そうなんだ」


 これまで友達が全く居なかったって事は無いと思うけど、とんでもないお嬢様生活だと、そんな事ももしかしたらあるのかもしれない。

 シエラちゃんのちょっと変わった部分は、全てが厨二病では片付けられないところがある、だから俺は、そんなところはお嬢様で世間知らずだからと思うようにしている。


「とりあえず無事に部活が決まって良かったよ、明日から頑張ってね」

「うん、あっ、それと先生、一つお願いがあるの」

「何だい?」

「不思議研究会の顧問になってほしいの」

「この部活、まだ顧問が居ないの?」

「うん、だから赤井さんが困ったって言ってた」

「そりゃあ困るだろうね、顧問が居なきゃ正式に部活として認められないから」

「だから先生に顧問になってほしいの、ダメかな?」


 シエラちゃんは上目遣いで小首を傾げながらそう訴える、そしてその仕草はとてつもなく可愛らしかった。

 まあ俺とシエラちゃんではかなり身長差があるのだから、上目遣いになるのは仕方ないとしても、こんな風に可愛らしくお願いをする事なんて今までなかったから、かなりの違和感があった。


「どうかしたの、先生」

「あ、いや、何だかいつもと違う仕草をしてたから不思議に思ってさ」

「それは赤井さんが、『こうやってお願いすれば、絶対に先生は顧問になってくれるから』って言ったから」


 ――赤井さんの入れ知恵かよっ!!


「まあ顧問が必要なのは分かったけど、俺がこの部活の顧問になれる可能性は限りなく低いかな」

「どうして?」

「どうしてって、俺とシエラさんの事はみんなも知ってるでしょ? だから俺がシエラさんの居る部活の顧問になると、この部活は特別扱いを受けてるかもしれないとか思われたりとか、そんな想像をする人が出て来たりするかもしれないからさ。まあ一応申請はしてみるけど、期待はしないでね」

「その許可って誰が出すの?」

「顧問申請許可を出してるのは教頭先生だよ」

「そっか、分かった」


 シエラちゃんは短くそう答えると、踵を返して教室の方へと戻って行った。


「……とりあえず職員室に戻って申請書を書くか」


 可能性としては0パーセントに近いと思うけど、一応申請すると約束したんだから、それは守らなければいけない。

 こうして俺は、受け取った入部届を持って職員室へと戻り、約束通りに顧問申請書を提出した。

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