ファイナル・エピローグ

 調印式を終えて、スイレン姫が教会の外へと姿を現す。歴史的な和平条約。その締結の瞬間を見ようと、教会前にはエヴァナブルク中から多くの人々が詰めかけていた。エヴァナブルクの――陸側ランドの人々だけではない。カルガモもクロガモも、そして駆けつけた海側の人々も、その広場を満たしていた。 

 スイレン姫は教会のバルコニーから、大衆に向かって羽を振ってみせる。白いヴェールに包まれたカルガモの少女を大きな歓声が包んだ。スイレンの胸元にはガラスのネックレスが掛かり、陽光を反射している。

 

 やがて、少女が口を開く。その声は拡声器に拾われて広場中へと届き、また、モニターを通して世界中へと伝えられた。


『みなさんにお知らせすることがあります。今、私は、海側ダスマーの特使として、陸側ランド海側ダスマーの和平条約に署名サインを致しました。これにより、長きに渡って続けられてきた、陸側ランド海側ダスマーの対立に終止符がうたれるものと確信しております』


 広場は人々の歓声に包まれた。教会から少し離れたキリノグラスクンストでは直人と結が微笑みを交わす。


『人々は百年前に生じた大きな戦争と汚染により、住むべき土地の多くを失いました。そして、人工的な進化により私たちカルガモ、クロガモ、そして、海の環境に適応した海側ダスマーの人々が生まれました。それは、確かに、科学技術による進化でした。私たちの先祖たちは、きっと一生懸命だったのでしょう。たとえそこに不幸な争いや戦争があったとしても、一人ひとりが悪意の中で生きていたとは思いません。きっと、それぞれが誰かを守りたくて、それぞれが強くありたかったのでしょう』


 高速潜水艇キリシマではノアとアリスがモニターを見上げている。教会の外の広場ではスミとエルが並んで、スイレンのことを眩しそうに眺めている。


『悲しいこともあったでしょう、辛いこともあったでしょう、どうしようもないこともあったでしょう。でも、だからこそ、私たちは、その命のためにも、これからは希望を、そして平和を紡いでいかねばならないのです。平和とは誰か一人が紡ぐものではありません。陸側ランドだけで紡ぐものでも、海側ダスマーだけで紡ぐものでもありません。それは、私たち皆がお互いを尊重し、お互いの利益を大切にし、優しさと誇りの中で、紡がれていくものなのです。ですから、語り合いましょう。ですから、交易しましょう。私は、本日結ばれた、和平条約、そして、通商条約、また、学術交流の協定が、分かたれた世界を繋ぎ、私たちが一つになる平和な未来の礎となることを、心より祈っております』


 結の店では、カルガモ族のネギが「通商条約きたーっ!」とガッツポーズ。スイレンの斜め後ろでは従者のアジュガが、姫の立派な姿に涙を流していた。


 バルコニーの上、陽光が差す。神の祝福が、少女の上に舞い降りる。

 一陣の風が、その白いヴェールをはためかせて、スイレンは白い両翼を大きく広げた。


 そして祈るように、少女は約束の言葉を空へ浮かべる。


『だから、今こそ――分かたれた世界に架け橋を!』


 直人と結が肩を寄せ合う。スミとエルが腕を組む。アリスがノアの手にそっとホログラムの手を重ねる。ネギが笑い、エノハ班長が腕を組み、アジュガが目を細める。


 そして、広場に集まった人々が、カルガモが、クロガモが、唱和する。


 ――分かたれた世界に架け橋を!





   << 完 >>

 



 

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分かたれた世界の架け橋 成井露丸 @tsuyumaru_n

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