仮想通貨「いいね」っていいね!

ちびまるフォイ

少しでも汚れないイイ話を!

「いらっしゃいませーー」


コンビニではレジの前に長い列ができていた。

前の人がレジにカゴを乗せるとおもむろに端末をかざした。


「あ、支払いは"いいね"で」

「かしこまりました」


現金どころかカードも見せずに商品を受け取ってしまった。

眼の前で起きたことに驚いて店員に聞いてしまう。


「いくつですか?」

「あ、支払いの件じゃないのね」


「そうだった。今のいいね支払いってなんですか」


「最近できたんですよ。SNSとかでもらえるいいねを

 仮想通貨として支払いにすることができるんです」


「最高じゃないですか!!」


いまや誰もが簡単なことでも感動してしまう1億総感動時代。

映画の試写会に行けば内容がどうであれ「感動した」と全米が涙する。


「よし、ここをこうして……こんな感じかな」


いいねを集める方法を自分なりに考えた結果、

SNSを通じて感動する話が一番手っ取り早いと思い投稿した。


・悪い人が構成していく小話

・ふとした親切に感謝する話

・おちゃめな話


俺のSNSアカウントは常にポジティブな森羅万象を吐き続けるマシンと化した。


いい話を作ることはそう難しい作業でもない。

難しいのはただのフィクションでは「嘘」になるため、

さもノンフィクションであるかのように見せることのが難しい。


・昨日見たことなんだけど~~

・前に~~

・まだ俺が子供の頃、


などなど


自分が見聞きしたかのような風情で書かなければいけない。


「ふはははは!! もう1億いいねもたまった! まったくちょろいもんだぜ!!」


すっかりコツを掴んだ俺はいい話を作るためのライン工場を作り

そこで日々ハリウッド映画などから汲み取ったいい話構成をマニュアル化して量産した。


あらゆる支払いは「いいね」で済まされるようになり

俺はいつしか値札も見ないで買い物をするようになった。


いつの日かやってきたドキュメンタリー番組のインタビューにはこう答えた。



Q.いい話を作っている時に罪悪感はないか?


A.あります。それでも人を喜ばせることが出来るなら素敵なことです。

  私は現実を突きつける評論家ではなく、夢を見させるロマンチストでありたい。



Q.今の言葉は恥ずかしくない?

A.( ノーコメント )



高級車をはべらし、大豪邸を乗り回し、美女に住む。

誰もが憧れるような豪遊生活を毎日のように過ごしていた矢先だった。



【 スクープ! いい話はすべてウソだった!! 】



「な、なんだこれ!?」

「週刊誌にスクープされたみたいです」


「すべてなものか! 撤回させてくる!!」


「もう無理ですよ! 出回っちゃってます!」

「えええ!?」


元ライン工場の従業員が賃金がいいねでしか払われないことと

職場に女性がいないことに腹を立ててリークしてしまったらしい。


見つからないように異世界転生させていたはずのライン工場の場所も

ストリートビューで掲載されるようになり今や街の観光スポット。


聖地巡礼(笑)と冷やかしにやってきたアンチが日がな一日訪れては

俺への文句や呪詛やあることないこと吹聴して回る。


「おいおいどうなってる……いいねが減ってるじゃないか!」


「それだけじゃないですよ! いいねが変更されてしねになっています!」


「みんな潔癖症すぎるだろ! 前まであんなに嘘でも喜んでくれてたじゃないか!!」


いい話がフィクションだと知ってからの手のひら返しによる風当たりは

台風も進路を変えるほどの影響力だった。


最初は取り合わなかったアンチの妄言もしだいに支持者の増加により存在感を強め、

今となってはなにを投稿しても評価されない。


『どうせ嘘だろ』

『このうそつき』

『だまされた』


一度ついた先入観のレッテルはいくらみそぎをしても消えることはない。

俺のいいねは暴落してしまい、気がつけば「いいね負債」を背負ってしまった。


「たかし、たかし。いい加減に部屋を開けてちょうだい」


部屋の外からは母親の声がする。

いいねを稼ぐために投稿しても裏目に出るためもう何もしていない。


情報から隔絶された世界に長くとどまればとどまるほどに、

外界と関わることにハードルを感じてますます泥沼にハマる。


「このままこの小さな部屋で死んでしまいたい……。

 どうせ生きていても、いいね負債を返すだけの生き地獄が待っているだけだ……」


人生に絶望していた時、母親がやってきてきつく抱きしめた。


「母さん……!」


「死ぬなんてバカなことを言うんじゃないよ。

 たとえどんなにあんたが世界で嫌われていたとしても

 私だけはあんたに生きていいねと思っているんだよ」


母親は批判だらけの投稿に、ただ1つ「いいね」を贈った。


「ありがとう……。俺頑張って生きてみるよ。

 これから投稿以外で真面目に生きていいね負債を返してみせる」


「そうね。あんたはけして悪人なんかじゃない。

 ただちょっと1度失敗しだけの良い人なんだから、認められるはずだよ」


「母さん……! ありがとう!!」


無償の親の愛情をはじめて感じた。










「それじゃ、この息子更生物語はお母さんのアカウントで投稿するわね」

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