第九話 天空の城

 赤松広秀の死からおよそ一年後の晩秋、着流し姿の惺窩は獅子王の太刀を手にひとり雲海に浮かぶ竹田城に登った。かつての見事な天守は見る影もなく焼け落ちていたが堅牢な石垣は未だ哲学的な威風を放っていた。そして眼下の雲海は朝陽に照らされ白金しろがねに染まり地上の一切を美しく覆い隠している。それは正に天空の城と呼ぶに相応しく噂に違わぬ絶景に惺窩も息をのんだ。


「凄えな、広秀」


やがて雲海が晴れると惺窩は焼け焦げた石垣に腰掛け何をするでもなく片膝を立て城下を眺めていた。収穫を終えた田の畦で童達が何やら楽し気に遊んでいる。


 神無月おもふも悲し夕霜の

    置くや剣の束の間の身を


惺窩は広秀を偲びうたを詠んだ。ここにある剣とは獅子王のことであろうか。


陽が西に傾き空はあけに石垣は紫紺しこんに染まっていく。このまま日が暮れると下山は難しい。惺窩は腰を上げ石垣を伝い下山の途に就いた。


 逢魔が刻、手にする獅子王が幽かに震えると堅牢な石垣の陰から鵺が巨躯をあらわした。

その姿は衰弱した体を引きずり自制を保つべく何かに抗っているように見える。突如、鵺は絞り出すようにかすれた唸り声をあげ天を仰ぐと傍の石垣に己のを激しく打ち付けた。そして亀裂の入った面の隙間から見覚えのある不言色いわぬいろまなこが覗く。

「…っ!」

惺窩は鵺に近付き赤い面に手を伸ばすとそれは訳もなく外れ、その下から惺窩の顔を写す古いが現れた。面の裏には陰陽道 九字之印が刻まれている。


「そういうことか。お前はわいら人のを写す鏡やな? そんで赤松のて、ちょっと洒落がきついんちゃいますか?道満法師」


惺窩は獅子王の太刀を抜き放つと青白く光る直刃すぐはきっさきを鵺の喉元に向け荒ぶる魂を諫めた。


「もう分かったから音無しいせえ…」

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