第八話 夏の刃

 鳥取城下 真教寺。小雪舞う静寂のなか遠くからきじの鳴く声が微かに聞こえてくる。白装束を纏い北面に座を正すと目の前には酒盃と小刀のやいばが置かれている。背後に介錯の大刀が水で清められる音を聞きながら口にする冷たい酒は喉を焼き押し広げた懐に滑り込む冷気が身を刺した。不思議と落ち着いているが重く冷たい小刀のなかごに白紙を巻く手が震えるのは寒さのせいばかりではない。背後の介錯人が細長い息をひとつ吐き大刀を振り上げたことが衣擦れの音で知れた。


不意に鵺の赤い面が眼前にあらわれる。


「……お赦しください。貴方あなた様を苦しませてしまいますね」

鵺はただ黙したまま動こうとしない。


極度の集中で視界が狭い。手前にきっさきが向く身幅の広いやいばには夏の蒼天に浮かぶ白雲に似た美しい刃紋が刻まれている。幼き頃に父と見た龍野の高い空が脳裏に広がり心が決まる。無銘であるがまがうことなき業物の心遣いに礼を述べ一息に冷たい夏の刃を己がはらに突き立てる。左の脇腹に深く沈む刃が右一文字にはらわたを切り裂くとそこから取り返しのつかない命が吹き出した。介錯の白刃が背後から脛椎を断つその刹那、なお意識は覚醒し森羅万象一切の時を止めた。きじの金切声が耳を貫き、己の首を切断しあごかすめ走り去る白刃の残光が確かに見えた。それは土と火を分かつことわりの光。ゆるりとしかし確実に凍てついた大地が落ちてくる。


赤松広秀の首は鈍い音を立て地に落ち転がると、自らの赤い血の雨に打たれ薄れゆく意識の中で狂い叫ぶ鵺の咆哮を聞いていた。


 天と地もまた気がふれたように荒れ狂った。但馬では横殴りの雷雨が地に雹を穿うがち、頭蓋を砕かれた蛇の如くのたうち回る円山川を広秀の築いた堤防が懸命に抑え付けていた。

竹田の館では身に小さな命を宿した広秀の妻がひとり暗い部屋で声を殺している。


やがて天地あめつちが鎮まると程なく徳川家康の命により竹田城に火が放たれた。

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