第24話 隣のお姉さんは変態かもしれない


「はぁ……失敗多すぎてもう駄目。凹む……」


 意気揚々と、自信持っていったのに、全てが失敗続きだ。神山君の目が仏から魚になるまで早かったなぁ。


────ため息しか出ない。

 もっと上手く出来ると思ったのに、まったく出来ない自分が恥ずかしいし胸が痛い。


「こんなはずじゃぁ……で、でもせめて、洗濯だけはこなさないと!」


 目の前の洗濯機は工事現場のように騒がしい音を響かせながら、小刻みに揺れている。中ではぐるぐると洗濯物が渦に巻き込まれながら洗浄されているのだろう。


 体育座りで待つ気落ちした私も、いっそその渦に巻き込んで後悔だけ洗い流してほしいと切に願うばかり。


「そ、そうだ……この下着、どうしようかな」


 神山君の……パンツ。

 だいたいは回収したものの、一枚だけ何かに引っ掛かって所々穴が空いてしまっていたのだ。


「…………ぱ、パンツ」


 正確にはトランクス。真っ黒で模様のないシンプルなもの。

 そんな変哲もない下着でも、私の息は何故か荒くなる。


「はぁ……はぁ……」


 目の前で鳴り響く五月蝿すぎる機械的な音が、私の心に語りかけてくるようだ。洗濯機以上に胸の高鳴りが五月蝿くてしょうがない。


「神山君の……パン、ツ」


 両手に持ち、鼻を近付ける。動く腕はロボットのように正確で精密。


 これはイケないこと────。


 そう思っていても、底から沸き上がる高揚感には逆らえない。


「……くんくん」



 鼻をつけてしまった。もう後戻りは出来ない。

 罪悪感なんてものはどこかへ逃げていってしまったみたいだ。


「これが……神山君の……」


 "変態"という言葉が脳を埋めつくしていく。それは蛆のように増えて増えて止まることはない。


 嗚呼────神様、私は変態になるほど神山君のことが好きみたいです。

 どうか、こんな私の想いがいつか届くよう、見守りください。そして今は……しばらくこのままでいさせてください。





「────何して……るんですか?」


「へ?」



──神様は許してはくれなかったようだ。


 扉の隙間から見える血走った大きな目は、芯から凍っていくように冷めている。

勿論、その視界には────私だ。



「あ、あの、こ、ここここ、これはっ!」


「も、戻りますねー……」


「い、いや、ちょ、ま」



 パタンっ───。


 扉はゆっくりと閉められた。その扉は、まるで私達の間にある壁のように見えてしまった。



「ご、誤解なんですうううううぅぅっ!」


 哀れな私を嘲笑うかのように、洗濯機は揺れ動き大きな音を出す。そして……。




────ピーッ! ピーッ!


 洗濯機から鳴る完了音が、警告音のように思え、私はその場で崩れ落ちた。









「もういいですよ、気にしてませんから」


「ほ、本当に……ごめんなしゃい」


 ベッドの横で、正座をしながら頭を下げる神崎さん。

 落ち込んでたから心配になって様子を見に行ったのが仇になった。まさか、俺の下着に頬を擦り付けているなんて……想像出来る訳がない。


 あの光景は……忘れることにしよう。


「あはは……まいったな」


「ううぅ……」


 また今にも泣き出しそうだ。体が小刻みに揺れている。

 不味いな……何か空気を変えないと。




『本日の花火大会は、来週の土曜日に延期となりました。繰り返しお伝えします……』



 町内放送のようだ。スピーカーから聞こえる微かな辿々しい声が、一帯に鳴り響かせている。


「花火大会、やっぱり中止になりましたね。この風じゃあしょうがない」


「えぇっ! そん、な……」


 下げていた頭を急に起こし、彼女は残念そうな表情を浮かべた。

 窓の外を見つめるその瞳は、何か別の先を見ているみたいだ。


「……えっと、延期ということみたいなんで、来週の日曜にまたやるみたいです……よ?」


「そ、そうなんですかぁ!?」


「そ、そうですよぉ!」


 また急に顔を近づけてくるから驚いてしまった。鼻先が当たる程近く、自然に身を引いてしまう。


「ち、近いです、神崎さん」


「え、あぁ! す、すいましぇんっ!」


 即座に離れる神崎さんは、またしゅんとして俯いてしまった。



「……花火大会、行きたかったんですか?」


「えっ!? え、あ、いや、その……」


 手を慌ただしく動かし、落ち着かない様子を見ると、どうやら図星のようだ。

 目も中々合わせてくれない。たまに目が合って見ると、泳ぎまくって動揺しているのが分かる。


「行きます? 一緒に」


「ふえぇ?」


 急なことで驚いたのか、目を丸くして我に返ったようにこちらを見ている。腕は力なく垂れ落ち、まるで放置された人形さんだ。


「来週にはこの怪我も治ってる頃だろうし、今日のお礼もしたいですし」


「え!? で、でも私何も……」


 なんだかんだ、こうやって気遣ってもらったのは内心嬉しかった。だからその分、お礼をしたいのが本音だった。


 ……ただ、ちゃんと出来たのは洗濯だけで、他は逆に散らかされただけみたいだけど。




「こうやって看病してもらえるなんて今までなかったですから、嬉しかったですよ。確かに出来たか出来ていないかだと……あれですが。それでも、今日お世話になった分、お礼がしたいです。……駄目、ですかね」


「い、いいえ! い、いき、ますっ! じ、実は……誘おうとは……思っていたんです、けど、怪我のことも、あって……中々言い出せなくて。それに今日の体たらくで、更に……」


「そう、だったんですか……」


 だから、残念そうな表情をしていたのか。


 でも、それなら────。



「じゃあ、来週……一緒に花火大会、行ってくれますか? 今日のことは全然気にしていないので!」


「……はい! ぜ、是非!」


 その笑顔は、遊園地で見せたように輝いていて、再び俺の心を揺らしたのだった。








 一方その頃……。





「神山あああぁぁ! 今行くからなあああぁぁ! 助けに行くから待って……うおああああああぁぁ!」


 強風に煽られながらも、雄叫びを上げて歩く田中。空き缶や木が何度も直撃している。

 そんな様を偶然自室の窓から見つけた佐藤は、冷えきった目でこう言った。




「────アホ」

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俺のことが好きな隣のシャイすぎるお姉さんがいつまでたっても告白してこない 緑乃鴉 @takuan66

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