祝福の人造天使

ひやニキ

第1話

 私、狗藤聖人は常日頃、持ち合わせていた疑問がある。

それは「すべての人は平等である」という考え方への疑問。このような思考は幻想であり、詭弁であると常に思い続けていた。

世界人権宣言では

『すべての人間は、生れながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である。』

等と定義がされているかもしれない。だが私は世界を敵に回してでも、この理論に真っ向から盾を突こう。


私はずっと腑に落ちなかった。ただ生き人を殺した畜生にも劣る屑と、清きを貫き人を一人でも多く救おうと手を差し伸べる聖者が等しく平等でだろうか?

否、否否否。あり得ない。

人に、社会に不利益を為すものは、他者と等価値に値せず生きるべきではない。

徳を常日頃詰み続けているものは、他者よりも敬意を表され貴ばれるべきだ。


人を殺したものがのうのうと生き長らえ、多くの人を救ったものが無残に生を終える世の中など、絶対に間違っている。


私が何時から、『人はみな平等』という空虚で反吐の出る偽善的な論に対しここまでの嫌悪を感じるようになったのか。

それははっきりとは覚えていない。

この黒く塗れた感情が自身に価値を感じ得ない自己嫌悪に基づいたものなのか、はたまた社会の大犯罪者に対する抑えきれぬ義憤が発端なのかさえとんと見当がつかぬ。


然しながら私が気付いた時には中身の無い理想論に対する積もり積もった汚泥がただひたすらに「そこ」にあった。

だから私は、私の手でこの内在する汚泥と、生きるに値しない者どちらをも処理しようと思考し夢想し、そして今それを為し得ようとしている。

ああ、私はただ幸せである。




「狗藤博士。本当にこのシステムを稼働させるのですね」

研究員の一人、益本がそう問うた。声は地下全面の機々怪々とした壁面を細かく震わせた。

「当然だとも。これは新たに決められた、ヒトの世界のルールであり同時に。人類の望んだ願いなのだ。

無論、私とてその1人。漸く。漸く私の古くからの理想が現実と化すのだ。」


20XX年、世界では度重なる猟奇的犯罪と未だ止むことのない戦争。

人は無尽蔵に増え地球の森林を壊し、放射性物質を振りまき、自然はいびつな不自然へカタチ変えていく。

悪意が減るならまだしも、増えていく一方なのは、人が生まれながらの悪だからなのだろう。

性悪説とは古代中国は荀子も語るところである

その生まれながらの悪の肥大化に悩む世界は、いつしか一つの願いを生んだ


「世界の秩序を乱したるものを排除すべき」


きっと、行く当てのない義憤や無意識の身勝手な正義が巡り、絡まり、そして生まれた統一的な思想なのだろう

地球という星のキャパシティを超えた人類の増殖を抑制する意味でも合理的なそれは、ある意味では地球の癌細胞かの如き人に対抗しうる「惑星の意思表示」や「人類の自壊プログラム」が発動したようなものでもあるのかもしれない。

口には出さずとも誰もが望み、そしてそれはいつか誰かの手で実行される『必然』のようなものだったのだろう。

行き着く先、人類は自らの種族を選別する思想に至った。



「貢献値」

それは世界に導入された概念。

人として世界に存在するべきか否か、世界の秩序を破壊しない者であるか、その人が生きていくに値する価値はあるかを決定づける因子

斯様に定義されるそれは、高度学習自動機械(ハイエンドオートマトン)の中立たる判断にて下される点数である。


「狗藤博士。もしもですよ。この機械を作動してすぐに私たちが万に一つも世界存在する価値を持たずと判断されたら。


システムを稼働したその場にて私たちの人生は終わってしまいます。

私たちだけではない、友人親子ども、笑顔で暮らす自分の知る誰かがこの世から消されるかもしれないのです。


博士はその苦痛に、耐えられるというのですか」

声を不安に震わせ、背を丸めながら益本は尋ねる

その顔はまだ若いというのに、苦悩が滲み演出する化粧により、幾重にも歳を重ねた老骨のかのような印象さえ与える。


益本は国際的に決まったこの計画への参加、いや計画自体がずっと心の底で怖かった。言いしれぬ忌避感と気持ち悪さに心の臓が濡れていた。

「ハイエンドオートマトンの決める貢献値が下がり続けゼロになった者は、この地球上どこにいようと安らかな眠りを与える」

「世界を無数に翔ぶ球状の抹殺装置が、不必要なモノの心臓を瞬時に貫き焼き切る。」

死に痛みはなく、世界に不必要なものを切り捨てる。

そんなものはさながら機械天使に生き死にを支配されたディストピアである。そう思えてならなかった。

そしてそんなものを開発した自らこそ、穢れに濡れセカイに不必要だ。

だから掠れる声で勇気を出して、尋ねた。私の善性に狂いがなければ目の前の天才科学者にも一抹の苦悩があるはずだ。


「益本くん。私はね。」

ゆっくりと狗藤は口を開き語りだす。

「私の中に延々と燃え続けてきた理想を叶え、そして何より心に巣食い続けた暗澹たる黒い感情を浄化するために生きてきた。

それこそ私の生きていく価値そのものであり、そして世界が私に望んだ願いそのものだ

それを完遂するためならば、私は世界の剪定のため、何より私のために全てを犠牲にする覚悟が私にはある。」


益本は驚いた。

彼の言葉にではなく、彼の品性に、だ

彼には一匙の苦悩すら無い

世界に異形たる偉業であるシステムを狗藤は万に一つも疑問に思わず迎合していたのだ

ゆっくりと語る深い声。

真っ直ぐでよどみなくブレることのない茶色の瞳は益本を捉えたままであった


「実際に君の担当したマザーと子機同士の瞬時相互情報共有システムと、高精度レーザーシステムは世界有数の技術だ。

そんな君を世界に産み落とした両親、そしてキミの存在は世界におおいに貢献してることだろう。

何も恐れることはない

君も私も、この世に天寿のその時まで存在し、世界を革変していくだろう」

嗚呼、この男は静かなる狂気を孕んでいる。彼岸の向こう側の存在なのだ

其れを今確信した。彼は自分を善性の極みと信じている。ただ、ただ恐ろしや



「今、世界はあるべき形になる。生きる価値のない者に天使の裁きを

『人造天使システム 1号 シェリア・エンジェリア』機動」




その日から、この惑星は天使の園と成り果てた

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祝福の人造天使 ひやニキ @byakko_yun

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