誰だあいつら

―――ドサリ。


俺は両手に持った2つの大荷物を玄関に放り出すと大きなため息をついてワンルームのベッドに飛び込んだ。


大変な重労働だった。


俺は疲れ果てた手足をうんと伸ばしてからブラブラさせてリラックスすると、ガラステーブルの上に転がっているTVリモコンのボタンを押す。





―――新型コロナウイルスは各地で猛威を振るっており――


TVのニュースでは嫌になる程聞いた例のニュースがやっていた。

速く収束して欲しいのだがまだまだあのウイルスは暴れ続けそうだった。



ウイルスのせいで仕事は自宅待機になるわ、彼女との旅行デートはキャンセルする羽目になるわで散々だ。

月給は普段通り出るらしいが、今年のボーナスには確実に影響が出るだろう。

そしてこれからは自宅にて慣れない暇つぶし大会の始まりである。



俺は玄関に置いてきた2つの買い物袋から1.5Lのお茶とポテトチップスの袋を取り出し、ゆっくりとTVのニュースを眺めることにした。




――世界に拡散しつつある新型コロナウイルスですが何かいい対策はあるのでしょうか?専門家の〇〇さんに意見を伺ってみたいと思います。

――当たり前のことですがまずは手洗いの徹底。そして無駄な外出は控えるということが大事で――



何度も同じニュースを聞いているせいか何の感情も沸かなかった。

チャンネルを変えても同じようなニュースばかり。まるで個性がない。

大変な時だから仕方ないんだろうが暇つぶしには最悪だ。


俺は代わり映えのしないニュースにうんざりし窓の外へ目をそらした。

アパートの2階の窓からは寂れた住宅街を走る一車線道路の様子がよく見える。

まだ昼の1時過ぎだというのに、道路を歩く人は誰一人おらず閑散としていた。

新型コロナウイルスが街をゴーストタウンに変えてしまったのだ。


俺は変化のない退屈さに悪態をつき、力任せにポテトチップスの袋を開けた。




――待機生活2日目。


会社からの指示は依然、自宅待機のままだった。

いっそ大手動画サイトで映画でも見ようかと思ったが、仕事人間の俺はそっち方面には疎く興味をそそられるものがない。

人生の楽しみを見つけるなんてまだまだ先のことだ、彼女と結婚してからのことだと思っていたのだ。

基本一人が好きな性質だが、今だけは実家暮らしで話し相手の居る彼女が少し羨ましいと思う。

その彼女のほうは普段通り仕事ができているらしく週末までは電話することもできない。

俺はTVのニュースをつけた。


――今度は〇〇県で感染だってね――

――今は自宅で安静にして自衛していくしかありませんよ――

――楽しんで免疫力を高めておくことが大事なんですってね――


ニュースのコメンテーターたちがしきりに不安を煽ったり煽らなかったりしている。

何も進展しない対策に焦れるだけで言うことがないのだろう、中身がまるでない。

だいたい、仕事と彼女を奪われた俺に楽しめなんて無理な相談だ。

俺は買いだめした食料から普段食べない味のカップ麺を取り出してお湯を注ぐ。


今楽しめると言ったら食べることくらいか。


俺はフタに重しのワリバシを乗せるとちらり窓の外を眺める。


今日の道路には人影が一つだけ。昨日よりはマシらしい。

2分ほど待ち俺はカップ麺のフタを開けた。





――待機生活3日目。


ニュースはやはり同じ文言を垂れ流している。


食料は多めに半月分は買い込んだのでまだまだ余裕はある。

種類もカップ麺に限らず色々揃えたので味に飽きることはないだろう。

今日の昼食はカレーメシ。電気ポットからお湯を注ぎ5分待つ。

初めて食べるがどんな味がするのか少し楽しみである。


出来上がりを待っていると隣のワンルームから大きめの音量でアップテンポの陽気なBGMが聞こえてきた。

隣人は音楽でこの退屈を紛らわせているのだろう。

普段ならイライラしてしまう騒音だが、こんな時ばかりは歓迎せざるを得なかった。


窓の外を見ると今日の道路には人影が3人。一瞬、通行人の一人と目があったように感じたが気のせいだろう。





――待機生活4日目。


昼食時に窓から外の様子を見るのがすっかり習慣になってしまった。

俺は隣の部屋から流れてくるブルースを聞きながらカップ麺をすすり、そんなことを思う。


コロナ騒動でクルーズ船に隔離されていた人らは窓から顔を出したりベランダに出たりして外の様子を見ていたが、きっと今の自分と同じように退屈で退屈でたまらなかったに違いない。


今日の道路にはが5……8……10人はいるな。

ずいぶん賑やかだ。住宅街の道にしては少し多い。近くで葬式でもやってるのだろうか。


ヒトが行きかう道路の真ん中でひとつの人影が足を止めて立ちつくしている。

そいつは間違いなくこちらを見ていた。顔は見えないがそれは間違いない。

上げた右手がハッキリこちらを指さしているからだ。

気味が悪い。


道行くやつらはその異様な誰かに注意も向けない。

まぁ変人に自分から絡もうとする人なんていないだろう。

俺は適当に通報して警察にパトロールを頼み、その頭のおかしい誰かを追い払ってもらうことにした。


カーテンを閉めた俺はTVの変わらないニュースを見ながら思う。

昨日もそうだったが、曇ってもない昼間だというのに道にいたあいつらはなぜのように真っ黒に見えたのだろう……。






――待機生活5日目。


いつものように、ちらと外の様子を見てしまった俺はとっさにカーテンを閉じた。

俺にあれを直視するなんてできなかった。


ウイルス騒動でがらんどうだった細い道路はまるで黒子達がマラソン大会でも開いたかのように黒い影で埋め尽くされていた。家の目の前から遠くに見える交差点までビッシリと。近くに黒ずくめが趣味の宗教団体があったとしても道を埋め尽くすなんてことはないだろうに。


一番気味が悪いのはこっちを指差している影達だ。


一瞬で分からなかったが、10…20…それくらいの数はいたはずだ。

そいつら全員がその他大多数の影たちの流れの中にいながらも微動だにせずにこちらを指さしていた。


誰だあいつら……いったいなんだッてんだ、チクショウ!!


悪戯にしても悪趣味すぎる。俺はすぐにスマホを取り出すと110番を押した。

通報は昨日の今日な上、見た光景は電話じゃとうてい信じてもらえないものだったが、警察は渋々パトロールを出すと言ってくれた。


通報を終えた俺は力なくベッドに座り込んだ。

隣から大音量で聞こえてくるレクイエムが俺の神経をピリピリと逆なでしていた。





――待機生活6日目。


――今度ハ◯県デ感染ダッテネ――

――今ハ自宅デ安静ニシテ自衛シテイクシカアリマセンヨ――

――楽シンデ免疫力ヲ高メテオクコトガ大事ナンデスッテネ――


昼間なのにカーテンを締め切った薄暗い部屋。

無機質なほどに冷たいニュースの声が流れ、隣の部屋からは硬い何かを引っ掻くような掻痒感のある雑音が大音量で聞こえてきている。


そのなかで俺は目を閉じ、頭を抱えてうずくまることしかできない。


今、部屋にはがいる。


目を開けて部屋を見渡せばが俺を指さす異様な光景を見られるだろう。

玄関先の廊下や窓の外にまで気配がある。


メッセージで彼女に助けを求めてはみたが連絡はまだ帰ってこない。

明日、早くとも今日の夜遅くでなければ返事はないだろう。

俺は唯一の希望であるスマホを壊れそうな程両手でぎゅっと強く握りこむ。


――この周辺は。――この街は。――この国は。

いったいどうなってしまったのか。あいつらに乗っ取られてしまったのか。



俺にはわからない。


――いったい、誰だおまえら。

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夏用の暇つぶしに怖い話考えるSS 中谷Φ(なかたにファイ) @tomoshibi___

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