ひかりのあなたへ

秋月蓮華

ひかりのあなたへ

戦争というのは突然起きるものであり、そこに至るまでの積み重ねがあったのだろうけれども、積み重ねとは何だったのかと

なることもあるから、回想については全て終わってからで良いのだろうと騎士は想う。


「騎士様、黒騎士が出てきています」


「そうですか」


「だから騎士様にも出るようにと……」


斥候が報告してくる。仕掛けたのは向こうからであるが、噂だとこちらが自作自演をした可能性もあるらしいが、

何にせよ、戦争は始まってしまった。黒騎士が出て来ていると言われてこちらの陣営が一気に静まりかえる。

黒騎士。

向こうの国の騎士であり、実力としては上位だ。騎士ならば戦えるだろと言われて、騎士が戦っているが、

上の判断は正しい。黒騎士は強い。

この国でも上位の実力者である騎士が出て、ようやく戦いになるぐらいだ。戦いは集団戦ではあるけれども、

突出した個人が勝負の大きな所を決めてしまうところはある。


「対抗手段というわけです」


「落ち着いていますね」


「前戦に出るのですし、士気にも関わります」


斥候が聴いてきたのでそう返す。騎士はこの陣営のトップだ。指揮系統も任せられている。

昼過ぎ、戦場は草原で、どちらも騎馬隊がある。向こうは砲撃もしてくるかも知れないが、こちらも対策はしてきている。


「――騎士様」


「出ます」


尊敬の声で言われているようだが、騎士からすれば当たり前のことを言っているだけなので、特に返すことも無く

野営テントから出る。騎馬隊はすでに揃っていた。騎士は馬に跨がる。


「行きましょう」




戦争が始まった。

草原で、歩兵が互いに剣で斬り合い、またある者は槍を突き刺す。騎馬隊が歩兵を蹂躙して、大量の矢も放たれる。

怒号が聞こえる中で騎士は静かに状況を見極めながら、向こうの騎馬隊を探していた。

進んでいる中、空中から火の玉が飛んでくるが見えない壁に阻まれて四散する。騎馬に乗った弓兵が飛んできた火の玉から、

逆算して弓から矢を放つ。


「魔術……こちらも対策をしておかなかったら」


「戦争はそんなものなので。対策をしていても死ぬときは死にますけど」


新人の騎士が怯えている。相手が倒せるのだったならば、こっちも向こうも手段は選ばない。武器から、魔術から、暗殺から、

恋と戦争はどんな手段でも許されるだなんて、何処かで聴いたことがあったが、恋は戦争なのか、恋が戦争なのか、

無駄な考えを騎士は浮かべながらも、馬を狩る。狩りながらも相手の兵を持っている剣で叩きつぶしたり、切っていく。

悲鳴が聞こえる。

鎧を着けていようが、人は死ぬときは死んでしまう。

騎士が居る戦場はそう言う場所だ。

駆け抜けて、そこには。


「黒騎士が」


向こう側の騎馬隊が居た。こちらと規模は同じぐらい、騎馬隊の規模だけで言えば五分五分だろう。

戦闘にいるのは黒い鎧を着た女だった。外見は二十代ぐらいで金髪をしている。黒騎士、と彼女は呼ばれていた。

乗っている馬も黒い。こちらの馬は茶色だった。


「交戦しますよ」


騎士はそれだけを言う。向こう側の希望の象徴、戦力の象徴が黒騎士だ。

何度か交戦していて引き分けばかりだった。実力は拮抗しているが、騎士にしろ、黒騎士にしろ、自分達だけで勝負が決まるわけではない。

状況としては向こうの方が推していた。こちらとしては戦力がもっと減る前に撤退するべきかともなるが、まずは黒騎士と戦ってからだ。

黒騎士が馬を狩り、こちらの方に駆け出す。騎士もそれを迎え撃つ。

剣と剣が、ぶつかり合った。




戦争はいつか終わるものである。

何度も黒騎士と騎士は交戦をした。状況はと言えば、騎士の国の方が勝っていた。戦力面の他にも、他の要素諸々でだ。

追い詰められれば、人間は何でもやる。


「あれは」


黄昏時、新人から鍛え上がった騎士が呟いた。騎士はいつものように騎馬隊を率いて戦いに赴いて、黒騎士の騎馬隊を発見した。

黒騎士の様子がおかしいし、黒騎士の騎馬隊の様子もおかしい。馬で戦場を駆け抜けながら話す。

遅かれ速かれ、交戦が始まる。


「薬物だったっけ。魔術だったっけ。何にせよ兵に投入してるって聴いたけど、本当だったんだ」


向こうの国は追い詰められていき、手段をさらに選ばなくなってきた。黒騎士は理性がある方だったのに今はない。

猛獣のようだった。騎馬隊全体がそうだ。違法薬物か、魔術か、どちらにしろ投与されて、暴走していた。


「騎士様」


「黒騎士と戦うから他は任せた」


騎士は指示を出す。部下達は従ってくれた。やがて、黒騎士と騎士の戦いは始まった。

最初は乗馬した状態で剣をぶつけ合い、黒騎士の方が騎士の馬を殺せば、騎士はすかさず黒騎士の馬を殺し、馬から下りた。

黒騎士は騎士しか見ておらず、騎士もそうだった。

戦場の音が遠いが、黒騎士の荒々しい息づかいはよく届いていた。


「お前は……」


「貴方はとても美しい人。貴方はとても誇り高くて、勇ましくて、戦場で始めて見たとき、こんなにも美しいものがあるんだと知った」


騎士は語りかける。騎士にとって遠い音が、騎士の声をかき消す。互いの剣をぶつけた音がかき鳴らされる。


「貴方は戦場の光で希望で、誇り高い。だから、私は哀しい。私の一方的な思いだけれども、貴方が穢されてしまったことが、

貴方が自分で選んだのか他人がやったかは知らないけれど」


彼女は。

騎士は悲壮な表情を浮かべながらも黒騎士を切りつける。致命傷を与えていく。かつて楽しかった剣と剣のぶつかり合いが寂しい。


「私は貴方という光が大好き。だから貴方がどうにか光で居る間に、光で居させるために」


大きく剣を振りかぶって。


「ここで貴方をお終いにする」


降り降ろした。黒騎士に当たる。


「――」


黒騎士は最後に騎士に向かって呟いた。それは微かな声だったが、騎士の耳に届いた。黒騎士の体が倒れる。

騎士の騎馬隊の活躍で黒騎士の騎馬隊も壊滅状態であり、黒騎士も死んだ。


「何て酷いの。死ぬ前にそんなことを言うなんて」


騎士は呟いた。剣を地面に突き刺す。彼女が死ぬ間際に言ったことを騎士は自分に刻み込むように声に出した。


「お前こそ、私の光だった。だなんて」



【Fin】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ひかりのあなたへ 秋月蓮華 @akirenge

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る