第4話

 「あの、お聞きしたいことがあるのですが」

 「私に? 田中君とかじゃダメなの」

 「はい。どうも貴方は、私以外の人たちとのコミュニケーションが得意のようですから、これはもしや念力が使える方なのかなと思いまして、よろしければスペクトル線調査をはじめいくつかの身体検査に協力していただくと幸いでございます」

 「日本語、変やで」

 「そうかいな。じゃあこんな感じでよろしいかいな? おまはん、人とコミュニケーションをとっとるときの対人摩擦係数が著しく低いから何か訳アリなんとちゃいまっか?」

 「日本語、変やで」

 「おぉ、そいつはすまなかったな、タマキ。あれだよ、これもスウィートハニーな君が、異様な存在であるところの俺に対してどんなアグレッシブさを見せるのかっていう調査なのさ」

 「……」珠希は中谷の頭を覗くために感覚を集中させた。いつもなら、少しばかりの抵抗感がありながらも侵入は容易であった。はいってしまえば、そこを散策するだけでよい。風の流れを感じ取るように思考の流れがわかる。それはその人の血潮とでもいうべき固有のものがある。

だが、中谷の脳はまるで鍵のかかっていない廃墟のように容易く入れるのであった。しかし中にはなにもない。がらんどうの彼の頭を珠希が捜索する足音だけが響くようだ。

 「だいたい分かりました。やはり人の脳の中を知覚できる方のようですね。稀にいますよ、そういう方。頭を覗くのは別にいいですけれど、少し不快感がありますね。

珠希さんには、そんな我々のような存在を黙認して頂けるとありがたいんです」

 中谷は深々と頭を下げた。


 「もしかして、千賀君に何かした?」

 「やはりお気づきになりましたか。簡単に言えば、我々は地球にいる方々の脳の一部あるいは全部を食べて生活している者です。基本的には、誰も食べられたことには気づかないですし、大きく見れば人畜無害でございます。我々も無事平穏に越したことはありません」

 「脳……。千賀君は脳を食べられたから、何を考えているのか分からなくなったってこと?」

 「そうですね。どうも貴方の視線があの方に向けられているようなので、仮説の検証を兼ねて食べちゃいました」

 美味しかったですと言い、全く悪びれる様子もなかった。

 「ちなみに、どうやって食べたの?」

 「え、知りたいんですか。困りましたね。あまりお見せするものではありませんし。そうだ、では我々の食事を一生邪魔しないというのはいかがでしょうか。もとより、それをお願いしたく正体を明かした次第でございます」

 珠希は了承した。

 中谷はじゃんけんでパーを出すように差し出した。すると人差し指の爪であったものが銀色に変色して、それが伸長した。そして口をポカンと開くと、カエルのように舌が飛び出した。

 「この指で鼓膜か眼のあたりをこじ開けて、この舌で脳をすすりだします。

 千賀さんのようにまだ生きていてもらわないと困る時には耳から、すでに亡くなっている方なら目玉を抉りだしてしまいます。以上です。約束は守ってください」

珠希は、その場面を想像して胃が締め付けられた。千賀の耳の穴に鋼鉄みたいた爪を入れて邪魔な肉片を削ると舌を伸ばして脳を食べる。


 「私のは、絶対にたべないで」

彼女は勢いよく立ち上がり、椅子が倒れた。中谷から距離を取ろうと後ずさったが本棚で行き止まりであった。図書室のを見渡した。幸運にも、ある程度年をとった司書さんがいた。


 「もちろんです。というか、最初から私に警戒心を抱いている方に接近するのは容易ではありません。私と人目につかないところになんて、行かないでしょ」

「今も一緒にいたくない。帰って」

手近にあった少し重い本を投げた。中谷は腕をあげ、顔を守るようにした。

 「ほんとに食べませんから。それに、私は、心置きなく親交を深められる友達がほしいと思っていたんです」

 中谷は、珠希の汗でひんやりとしている手を掴んだ。中谷の手は室内の温度と変わらないくらいで、目で見なければ、掴まれたことにも気がつかない。その手や無表情さと同じく、彼の頭の中からも何も感じなかった。

 「私と、お友達になってください」

 珠希は自分の頭も何を考えているのか分からなくなった。真っ白だ。

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テレパス 古新野 ま~ち @obakabanashi

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