祝福の宴

「「「「「「「「「かんぱーい!」」」」」」」」」」


元・王位継承者であったイラキシム王子による宴が執り行われてから数日後、セクトラル王国の宮殿では再び大規模な宴が開催されていた。しかも規模はあの時よりも遥かに広く、この国の王族や貴族など上層階級の者たちのみならず、兵士や執事、メイド、更に宮殿の外に暮らす一般市民まで次々に集まり、テーブルに並ぶ美味しい食べ物や飲み物に舌鼓を打っていた。そして、この国民総出の宴に参加する者たちは皆一様に嬉しそうな微笑みに包まれていた――。


「ふふふ……♪」あはは……♪」ふふふ……♪」あはは……♪」ふふふ……♪」あはは……♪」ふふふ……♪」あはは……♪」ふふふ……♪」あはは……♪」ふふふ……♪」あはは……♪」ふふふ……♪」あはは……♪」ふふふ……♪」あはは……♪」…


 ――シュニーユ・ニュイジブール、ヘキサ、ラルフェなど様々な名前で呼ばれていた、あの美女と全く同じ顔つきで。

 

 宮殿の内外は、あらゆる場所が寸分違わぬ1種類の人間によって覆い尽くされていた。全員とも同じ顔、同じ長髪、同じ体、同じ脚、同じ胸、そして喪服よりも黒い同じデザインのドレスを着こみ、全く同じ記憶を基に同じ話題で盛り上がり続けていた。次々と集まり続ける何百、何千、何万人もの彼女たちによって、宮殿はおろか周りに広がる城下町まで彼女一色で塗り潰されていたのである。そして、そんな異様という言葉では表しきれないであろう光景の中央にいたのは、彼女たちと一切見分けがつかない姿かたちを有しながらも頭の上の王冠により区別されている1人の女性――『ヘキサ』という名を持ち、この国を治める女王の役割を果たしているであった。


「それにしてもあの日の宴は大変だったわねー♪」

「ほんとほんと」『アレ』があんな行動を取っちゃうなんて」思わなかったわよねー♪」


 『ヘキサ』の言葉を合図に、その場にいる全ての国民=全ての女性たちが一様に頷き、『イラキシム王子』という存在の思い出を語り始めた。以前から独り善がりな正義に酔いしれていた雰囲気はあったが、そのお陰で助けられた事も確かに多かった。だけどたまにやり過ぎて極論になりがちな所があったので、その辺は彼の婚約者『シュニーユ』という役を担った個体が注意することで制御しようとした。けれど逆にそれが我がままで自分勝手な本質を秘めた彼の鬱憤を溜める結果になったのだろうと。

 しかし、そう語る彼女たちの顔は相変わらず穏やかな笑顔だった。全ては既に終わった事、今更振り返って後悔する必要なんてない、と彼女たちは揃って同じく考えていたからである。


「まあ、『ラルフェ』に鞍替えするのはちょっと意外だったわね……」

「あら、でも『アレ』ならあり得る話じゃないかしら?」

「『ラルフェ』は大人しくて反抗もしないし、何でも言う事聞くし……」

「それで憧れの『お伽話』のように、愛の力で不細工から美女へ変貌したら最高じゃない?『アレ』からしたら」


「なるほど……確かにそうよね♪」

「「「「「「「「そう言う事よ♪」」」」」」」


 『シュニーユ』という名で王子に真面目かつ厳しく接した結果排除された個体や、『ラルフェ』と言う名と別の姿を得て姿かたちは醜くても心優しい少女を演じた個体もまた、他の同一の姿を持つ女性たちと同じように笑顔を見せ、宴をたっぷりと楽しみ続けていた。きっと昔のお伽話――醜い少女が恋の力で美しく変貌する、と言う子供騙しの物語を読み過ぎたせいで、自分にもきっとそんな運命が訪れると勘違いしたのだろう、そしてその碌でもない妄想劇の犠牲として『ラルフェ』が選ばれたのかもしれない、と過ぎ去った日々に思いを馳せながら。

 イラキシム王子を除いたセクトラル王国の国民、自分の母親として甘え続けていた『ヘキサ女王陛下』も含めた全員が、魔法によって自らの真の姿を隠している存在。その真実の姿は、全員とも頭の上から爪先まで一切の違いが見当たらない、同一の女性たちの大集団である――真実を知るのがもしそんな時だったら、王子はどうしていただろうか、と彼女たちは楽しそうに笑い合った。どちらにしろ、あの時のようにすべてが理解できず結局はぶっ倒れていただろう、という回答も加えながら。当然だろう、彼女たちの『魔法』を解くのは、王子の心にもはあった『愛』という感情。それが例え傲慢で自分勝手で歪みに歪んだものだとしても、『愛』であるのには変わらないのである。


 そんな会話で国中が盛り上がる中、目の前にあるをよく噛んで飲み込んだ後、『ヘキサ』という役割を担う個体は少しだけため息をついた。その理由は、同じ考えを持つ国民全員は言葉で言われずともよく認識していた。後悔はない、と言い切るつもりだったけれど、ほんの僅かだけ後悔がある。どうして貴重な王位継承者として『あんなの』を創ってしまったのだろうか、という思いであった。


「まぁねぇ……セクトラル王国じゃ貴重なだったのに……」

「仕方ないわよ、元々『アレ』は世継ぎに向いてなかったし」

「そうよ、人顔を平気で踏みつける存在なんて♪」気にしない気にしない♪」

「……まぁ、それもそうね♪」


「そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」そうよ♪」…


 憎たらしい相手を陥れるために自分の妄想に凝り固まった挙句、その対象である女性の頭を踏んづけるような男なんて、こういう末路を辿るのが当然だ――周りを取り囲む同じ姿かたちの女性からの大合唱を受け、『ヘキサ』は苦笑いをしながらも大きく同意の頷きをして、前向きに考え直す決意を固めた。今回もだめならまた次がある。ちゃんとした立派な『王子』を産めばよいだけの話だ、と。今まで何十回、何百回も『王子』の出産を繰り返してきたし、失敗すればいつでもやり直せるという事を、彼女たちは改めて認識し、励まし合った。


「まあ無理だったら私が『ヘキサ女王』になってもいいのよー♪」私もいいわよ♪」「私でも全然構わないけど♪」

「もう、『私』ったら……ふふ、私、もう1回頑張ってみるわ♪」


「「頑張れー♪」応援してるわー♪」頑張れー♪」応援してるわー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」頑張れー♪」…


 自分と同じ姿かたちをした無数の存在に励まされ、嬉しそうに頬を染めながら『ヘキサ』役をもう少し――あと数十年程続けてみる事にした彼女は、再度目の前にある美味しいステーキを口に入れた。この『肉』が自分の血となり汗となり、やがて産まれるであろう新たな王子の命を支える事になるのならイラキシム王子もだろう、と考えながら、栄養をつけるべく彼女は更にたっぷりと料理を食べ始めた。それに呼応するかのように、後から後から宮殿にやってくる他の彼女たちも目の前にある美味しそうなを次々に口に入れ、その味をたっぷり堪能しながら笑顔を見せ合った。

 


「あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」…



 宮殿を中心にセクトラル王国中を包み込む全く同じ美しき笑い声は、三日三晩響き続けたと言う……。

   

<おわり>

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悪役令嬢からは逃げられない 腹筋崩壊参謀 @CheeseCurriedRice

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