第33話 近頃お渡し会とかのイベントかどんどんなくなって悲しい


 ○


 あくる日、さっそく感想を九重に伝えようと思っていたが、学内で遭遇することはなかく、しかも相武まで欠席で、俺はというと話し相手を見失って、なんとも肩透かしな気分だった。

 そしてそうなってはたと思ったが、この学校に編入して三カ月、俺は相武と九重以外に、特別親しい友人がおらず、—―もちろん、クラスでちょっとした雑談をしたり、廊下ですれ違った時に挨拶くらいはする――昼休みには食堂でぽつんとひとりカレーを頬張る始末。


 尋常じゃない量のカプサイシンと格闘し、滝のような汗を流して昼食を終え、授業中、窓から入ってくる風に夏を始まりを感じつつ、気が付けば放課後。

 いかんともしがたい張り合いのなさを覚えるのは、相武や九重と話すことがなく、体力を持て余しているからか。


「たまには、どこかへ行ってみるか」


 今日はバイトもなし。誰かと遊ぶような約束もなし。そのまま直帰するのもためらわれたので、学校帰りの恰好のまま電車を乗り継いだ。目的地は、以前にお渡し会で足を運んだアニメグッズ専門店。あそこに行けば小説や漫画、なんでもあるだろうから。


 これといってお目当てのものはなく、強いて言うなら、『女子高生の使い方』の原作漫画がちょっと気になるくらいの心持ちで、かといってバイト代が入るのもまだまだ先だから、むざむざとお金を使う訳にもいかない。

 お金はないけど時間と体力は有り余る。相武の言葉を思い出しながら、持て余す体力を発散するように、建物の上へ行ったり、下へ行ったり。

 ライトノベルや漫画のコーナーで、試し読みを手に取って、ページをめくっている時だった。


「お前、越尾か?」


 背後から声を掛けられて振り返る。


「こんなところで何してるんだ」

「それはこっちの台詞だ。お前こそ、今日学校休んでたろ?」


 授業を欠席したばかりか、連絡を入れてもメッセージに既読すらつけなかった相武が、何食わぬ顔で、片手にビニル袋まで提げていたもんだから、さしもの俺も咎めるように視線を投げかけてやった。


「実際、朝は具合が悪かったんだ。半日寝て起きたら治った。それで、今日が楽しみにしてた新刊の発売日ということを思い出してな」


 悪びれることもなく言い放つもんだから、肩をすくめるしかない。


「むしろ僕からすれば、お前がこんなところにいる方が不思議なんだが」

「なんとなく真っ直ぐ家に帰るのも癪だなと思ってさ」

「なんだそりゃ。反抗期か?」


 他愛のない会話を交わしながら、再びフロアを巡回する。


「そういや、『女子高生の使い方』観たか?」

「期待してたアニメだしな。キャストも豪華で、見応えがある」

「キャストといえば……九重、びっくりするくらい本人そのままだったな」

「まぁ、あの迷惑で傍若無人な性格も、アニメの登場人物とすれば、キャラが立ってると言えなくもないからな」


 相武がなんとも言えない表情で笑う。なるほど、一理ある。


「おんやぁ。どこからかボクのファンの声が聞こえるぞぉ」


 後ろから、粘り気のある声が聞こえてきて、しかし振り向くことはなく、その代わりに一瞬相武に目配せをし、


「相武が今期チェックしてるのほかになにがあったっけ。確か、なんとかの救急隊……」

「それなら原作がこっちの棚にあるぞ。この作者の漫画、一風変わってるが、それがまた面白い」


 無視をすることに決めた。今期放送中のアニメに出演している声優が、こんなところにいるなんて、そんな訳ない、ない。


「どこかなぁ、ここかなぁ」

「ついでに言うと、御徒町モリアーティの新刊が今日発売だ。僕は買ったが」

「うぅん、原作は小説なんだろ? 気にはなってるんだけどなぁ」


 まったく相手をせずに新刊コーナーへ向かおうとすると、痺れを切らしたのか、今期放送中のアニメに出演している声優は、ぐるりと回り込んできて、


「ちょっと! 無視しないでよ! そんなんことするンだったら、お渡し会で塩対応しちゃうぞ!」


 と、俺たちの行く道に立ち塞がった。九重を一瞥した相武は、ふんと鼻で笑う。


「結構結構。僕はまったく行くつもりがない」

「そんなこと言わないでよー! 来てよぉ! だってボク、初めてなんだよ!?」


 マウントを取るつもりがあっさり返り討ち。塩対応とは、そっけない対応をされること、らしい。


「誰がわざわざ、幼馴染で同じ学校のやつのお渡し会に行くかバカ」

「えー! 幼馴染属性は今どき希少じゃない!?」

「僕は二次元と三次元に分別があるんだ」

「越尾クンは、来てくれるよね!!」


 と、やにわに水を向けられて、思わずへどもどする。相武のように明確に拒絶するのもはばかられ、かと言って、確約も出来ないのに変に期待を持たせるのも九重に悪い。とっさに曖昧な頷きを返すばかり。


「へへーん、やったね! ファン一人目ゲット。絶対来てね!」


 と、満面の笑みで破顔までされると、なおさら気後れする。


「正気か、越尾? いまからでも撤回は有効だぞ。さもなくば、僕はお前を見損ないかねん」


 心底失望したような目つきの相武。それはちょっと言い過ぎじゃないか?


「越尾くんは、ボクの演技にメロメロだもンね!」

「ん……まぁ、実際感心したのはそうだな。同級生がアニメであれだけの演技をしてるってのは、正直すごいと思う。キャラクタにもぴったりだったし」


 お渡し会に行くかどうかは別として、九重に賞賛を送りたいのは率直な俺の気持ちだ。

 それを伝えると、九重はびっくりしたように大きく目を見開いて、


「う、が……。ま、まーね! あ、そうだった、ボク、買いたいものがあるンだった。じゃあまた明日!!」


 そのまま、脱兎の勢いで駆け出して行ってしまったのだった。

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一目惚れした先輩が声優だった件 ~今日から始める声豚ライフ~ 終末禁忌金庫 @d_sow

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