第32話 プレスコ形式のアニメといえば……
〇
バイト終わりの木曜日。不慣れな作業をして心身ともに疲れ切った帰宅後、手早く就寝準備を済ませると、二時間後にアラームをセットして布団に潜り込んだ。
そして枕元で鳴り響くスマートフォンを手探りで見つけ出し、ディスプレイを覗くと日時は金曜日午前1時45分。
深夜アニメを見るために導入した仮眠システムは、いまのところ順調だ。下手にコーヒーなんかを飲んで夜更かしをすると、早朝になるまで眠れないこともあり、翌日の学校に支障をきたすこともあったが、これにより、いまのところなんとか快適なアニメライフを送ることができている。
あくびをひとつ噛み殺し、テレビのリモコンを操る。今日のお目当ては、『女子高生の使い方』。四コマ漫画原作で、10人以上の女子高生によるドタバタ学園コメディ。一応メインキャラとして位置づけられている、素晴、紫音、美桜の三人を中心に、いわゆるパノラマ形式で物語が展開されていく。
けれど、それまでまだすこしあるので、直前の時間帯のロボットアニメをぼんやりと流し見る。
(そういえば、ロボットアニメって見たことがなかったなぁ)
宇宙空間を推進するロボットのパイロット(?)が、コックピットでマイクを握りしめ熱唱している。それをエネルギーにしてなのか、機体のスピードがどんどん上がっていく。そして敵のロボットとがっぷりよつに組み合ったところで、サビに差し掛かりボルテージも最高潮。
曲が終わるのと同時に、敵も撃破。しかし歌い疲れたパイロットがコックピットの中で昏倒し……というところで、エンディング。
「うーん。よく分からん」
そもそもとしてアニメにしろドラマにしろ、途中から観てもだいたい雰囲気でしか話を理解できないものだし、しかもそれがその話数のクライマックスというのならなおさらだ。
とはいえ、歌×ロボットの掛け合わせにはちょっと興味が惹かれる。いま観たのが第一話だから、せっかくだしちょっと追いかけてみるか。
今週、来週あたりを境に、夏アニメが始動し始める。いわゆるクールの変わり目だ。 面白そうなアニメにいくつか目星を付けつつ、もちろん一番のお目当てを忘れてはいけない。
しかし、『遥か彼方に麗しき』は来週からのスタートで、今週のところは、ひとまず別のアニメをチェックする。
「おっ、始まった始まった」
先程のロボットアニメを調べている内に、テレビ画面を色合いが変わって、視線をあげる。
舞台は学校。学生服を来た三人の女の子が、アイスキャンディーを頬張っている。
「へぇ、この人ってこんな声も出せるんだ」
以前に観た作品では、規律やルールを重んじるキビキビしたキャラを演じていて、声質もそれに合わせた角張ったものだったが、この作品ではおっとりとしたゆるふわ系女子にピタリとハマっている。
まるで正反対。同じ人が声を出してるとは思えないくらい。さすが声優以外の言葉がない。
「九重のキャラは、今日は出ないのかな」
確か、名前は北条真凜。ホームページのキャラクター紹介が教える通りであれば、隣のクラスのトラブルメーカー。しかし不思議と周囲からは憎まれない、という役どころ。
残すところ10分もない。九重の声を聞けていないし、なにより面白かったので引き続き視聴することにしよう。
と思った矢先、
『ミ゛オ゛ぢゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!!!!』
のっぴきならない声が耳をつんざいて、たまらず目を剥く。画面の中では廊下の向こうから、粉塵を立てながら誰かが駆け寄ってくるシーンで、
『だじげでえ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛!!!!!!!!!!!!』
そしてこの声は、疑いようもなく、紛れもなく、
『ごろ゛ざれ゛ぢゃう゛う゛う゛う゛う゛う゛!!!!!!!!!!!!』
美桜に突撃した、上背のない小柄な赤髪少女、
『真凛? どーしたのさ』
九重葵、もとい徳川葵。遠くにいても思わず振り向いてしまうような高音でありながら、しかし耳がキーンとなることもなく、するりと落ち込んでくる声は心地が良い。
『聞いてよ、美桜ちゃん! あっ、素晴ちゃん、紫音ちゃん、やほやほ! そだ! こないだ聞いたんだけど、素晴ちゃんってさ――』
声もさることながら演技も、まるで本当に女子高生が話しているような具合(実際、本当の女子高生に違いはないのだけど)。
『こんにちはぁ、北条さん。誰かに追いかけらてるの?』
『あ、そだった! あたし、谷口に追いかけられてるんだった!! ちょーっっといたずらしただけなのにさ! じゃ、またね!』
というか、これは……
「本人そのまんまじゃねーか!!!」
深夜にも関わらず、テレビの前にも関わらず、思わず大声で突っ込んでしまった。
話し方の癖こそ多少違うものの、テレビの中で快活に動く北条真凛というキャラクターは、もはやその動きまで九重葵本人といっても差し支えないのではないのかというくらい。
結局、今日のところの九重の出番はこれぎりだったが、そのインパクトは強烈だった。本人が出演しているのではないかと見紛いそうになったのももちろんのこと、その声や演技が、キャラクターにこれほどハマリ役というのも稀有なのではないだろうか。
せっかくなので感想を送ろうと、スマートフォンを開いて、最近交換した九重の連絡先を表示させる。しばらく悩んだ後、しかしうまく言葉が思い浮かばず、
(まあ、明日会ったときに伝えればいいか……)
スマートフォンを机の上に置き、そのまま布団にもぐりこんだのだった。
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