出立

 翌日、食堂で食事をとった後、厨房の料理人に旅に持っていけるようなものはあるかと聞いた。すると料理人の一人が干し肉を分けてくれた。これで、大抵のものは準備を終えたと思って、部屋に置いている数枚の銀貨を持って友の下を訪れた。


 友の研究室に入ると、友が随分と早かったねと言って出迎えてくれた。

「用意するものも多くはなかったからね」

 と言ってて準備した革袋を見せると友はそれもそうかと笑った。

「そうだろうと思って、外に出るのに必要なものを用意しておいたよ」

「ありがとう。本当に君が来てくれて助かったよ。私一人では多くのものは見られなかっただろうな」

「そういうことはその目で見た後に言ってくれ」

 そう言って友は笑った。ふと私は友研究室が整っているような気がした。友は整理整頓を好んでいたがこれほど物が少ないことはまずなかった。

「部屋がここまで片付いているのは珍しいが、どうしたんだ」

「君と外に出て、君をここに送り戻した後はどこか別の場所へ行くこうかと思ってね」

「ここを離れるのか」

「ああ、君の準備が思ったよりも早くてここを出る準備は終わってないが、あとは後輩にやってもらうことにしようかね」

「でも、なんで出ていくんだ。こんなにいい部屋もあるだろう」

「僕はここが出身というわけじゃない。故郷を離れ、旅をして、ここに着たみたいに。そろそろ別の場所に行くのもいいと思ったんだよ。この闇の中にいても、新しい発見はもうないような気もするしね。

 君が外に出ると聞いて、ちょうどいいと思ったのさ。君がいてくれればよかったのだけどね。しょうがない。最高の旅にしようと思っているよ」

 そうか、と私は言って、友との記憶に思いをはせかけた時友は言った。

「そう感傷に浸るな。外じゃ別れなんてそう珍しいことじゃないんだよ。どうしようもないことも多い。こう別れられることに感謝したいぐらいさ」

 私はそうなのかとつぶやいて、最高の旅にしたいと思った。

「それで、いつ出発する」

「君は明日の早朝、空もまだ暗いうちにここを発つつもりでいてくれ」

「明日っていうのは早すぎはしないだろうか。準備は間に合うのか」

「君を待たせるわけにはいかないだろう。後は誰かに任せれば済むことばかりだからな」

 それからともはこの旅の計画を考えていると言って、その全容を語ってくれた。私には地名など全く分からなかったので、適当な相槌をした。その様子を見て友は笑った。それから友は実際に見るときの楽しみにすればいいと言って、その話を終えた。それから、私の監督している石切り場の最初の荷降ろしの荷台で地上まで降りることになった。

 私は友の最後の片づけを手伝った。それでも、友の研究資料が思ったより多くて、そのほかの研究院にも手伝ってもらう必要があったりした。


 私は気づけば寝てしまっていた。友に揺らされて起きたころには片づけは終わっていた。友に一言すまないと謝ると、友は気にするなと笑って出発の刻だと言った。ついに旅立ちかと考えると急にそわそわとしだした。

「何も気負うことはない。外はただの外だからな」

 友はそうよくわからないことを言ったが、友の顔はやや険しく、私はそれを見て、笑みをこぼした。私は行こうとだけ言って、石切り場へと向かった。


 思えば石切り場の昇降機の荷台なんてものには乗ったこともなかったので、それすらも興味深く思えた。だが、友はそれに対して思うところは無いようだった。何度も乗ったことがあるのだろう。

 石切り場に着いた私は、補佐官によろしく頼んだと言ってから、切り出された石と共に友が乗っている荷台に乗り込んだ。外はまだ暗く、外の様相はあの男と見た時のようにはっきりとは見えなかった。下に着く頃には明るくなるだろうと友は教えてくれた。

 私はふと、部屋に何か置き忘れていないかと気になりだした。あるいは誰かが訪問しているかもしれないと考えだした。あの部屋に置いてきたものもあまりないし、大抵の知り合いにはこのことは伝えていたので、そんなことあるはずがないのだが、それが気になってしょうがなくなった。朝よりも激しくそわそわとしているのに友は気づいたのか、どうしたのかと尋ねてきた。

 私はこの心配を伝えたが、友はそんなものは気にするなと。少々私を小馬鹿にするような口調で言った。友にしてみれば大きな旅立ちにはよくあるものであるらしかった。私はその友の顔が非常に誇らしく、心強く感じた。

 そして、昇降機がぎりぎりと音を立てて、荷台が下りだした。

 どんどんと荷台は下りていった。荷台は私が感じたこともない『揺れる』という挙動をした。右へ、左へ揺れるたびに私は体を振るわせ、か弱い声を出した。

 この様子を見た石に腰掛ける友は大きく笑って、もうちょっとの辛抱だと私に子をかけてくれた。私は初めての外だというのに、景色など見ることもできなかった。

 ようやく、荷台は地上に近づいてきたようが、私にはその揺れが耐えられるものではなく、めまいと頭痛で私は石に背をあずけて、ただ、地上に着くのをくのを待った。

 地上に着いたという友の声が聞こえたが、そのころには私は気分が悪くて何とか立つことで精いっぱいだった。私は友に肩をあずけてどこかへと運ばれているのだけはわかった。途中から何かに乗せられて運ばれているようだった。



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