決断

 翌日。私は石切り場からさらに数層上にある研究院までやってきていた。ここは、様々な学者がいる場所だ。友もその学者の一人だったりする。

 友が何を研究しているのかよく知らないが、馬が合うので時より、何かと彼に相談しに行ったりするのだ。


 知った顔の門番に挨拶をして、研究院の廊下を進んでいく。

 この研究院はこの石像では産出されない珍しい大理石が使われている。何度か曲がり角で学者の人とぶつかりそうになった。学者は大抵足早に歩いていて、ほかのことなど目にも入っていない。周りに見える世界よりずっと大切なものがあるようだった。

 そうやって彼らが周りの見えていないことに関して愚痴をこぼしながら、友の研究室までやってきた。特に合図することもなく、扉を開けて、友に声をかける。友は大きな机に資料を並べて、友した光石の明かりの下それらを凝視していた。

 友は私に気づくとやあと言った。私は久しぶりだなと答えながら友の研究室の中央に並べられた椅子に座る。友は私の正面に座ると、私の顔をまじまじと見つめた。

「なにか悩み事なのかい」

 友はそう言った。あの男も私の顔を見て似たようなことを言った。昨日の出来事もあり、より一層顔に纏うものが深くなっているかもしれない。

 少しの間があって、私は口を開いた。

「今日は相談したいことがあってきたんだ」

「今日は一体どんなことで相談に来たというんだい」

「まあ、いろいろあったんだよ」

 そう言ってから私は今の悩みについてあの男のことも含め伝えると、友はなるほどと言ってから少しして口を開いた。

「つまり、君は己の定めに悩んでいて、それを諭した男のことも気になっていると」

「ああ。そうだ」

「僕の学者としての最終目標は真理への到達だ。君の生きる目的という定めというのも自己の在り方を示した真理だと思うね。その真理へいたる道筋として君のその悩みは正しい。

 それで、その男の首飾りだが、僕に預からせてはくれないか。奴隷にまで身をやつした者が持つ物にしては高価なものだ。手放せなかった何かが眠っているのだろうな」

 私は布に包んだ首飾りを友に手渡した。あの男も、何か真理へいたる道を見いだしていたのだろうか。

 そして、私は真理というものに対して言い切れる友を不思議に思った。

「僕は学者だ。自分の言うことが正しいと思っているよ。何の誤りもないものだとね」

 友は全くそのことを信じて疑ってはいなかった。しかし、私が友に聞きに来たことはそういうことではなかったのを思い出す。定め自体が人というものに対してどういうものかというものではなく、単純に私の定めは何かというだけだ。

「だからさっきから君に言っているだろう。君が探すべきことだと」

 そのようなことを明言していたのかと思い返そうとしたが、そんなことはたいした問題でもないと思い直して、再び己の定めを考えた。

 私は生まれてから、ここで育ち、あの監督の仕事に就いた。私と他世界を繋げたのはあの横穴だけだった。私にとっては、赤く薄暗い世界がすべてだった。あの横穴は私の心の穴だった。私は昨日、世界というものを鮮明に知った。真っ暗で、容積などわからぬ世界が穴から流入した水のようで、私の世界は崩されるようであった。

 私は、光を見たいと思った。遮られることなく、私の下までやってくる光を。

 しかし、それはただの夢であり幻覚だと思うしかないのではないだろうか。この地の者がこの地を離れることがあっていいか。許されるのか。しかし、それを破ってでも世界を見なければならないとしたら……

「はあ、きっと君はずっとその押し問答を続けるのだろう」

 友はそう言った。私はではどうするべきかと彼の顔を見つめた。すると彼は呆れたような表情を見せた。

「やってみればいいじゃないか。外に出て、君の目で見ればいい。それで、旅を始めるか決めればいいさ」

「そうか。見て戻ってくればそれでいいのか。簡単じゃないか。なんで思いつかなかったのだろう。それじゃあ親類に行ってくると伝えておこう」

「いい答えは返ってこないと思うけどな。どうせ戻ってくるだけなら声をかけるまでもないだろう。」

「そうかもしれないが、この聖域を出ることになるのだ。期間の問題でもない」

「それじゃあ、外への出発の時は言ってくれ。準備はしておく」

「準備というのはなんだ」

「僕もついていくつもりだからその準備さ」

「本当か。とても助かるよ。私じゃ外のことなんてわからないからな」


 それから友との会話を終えた私は親類の居住地までやって来ていた。どの階層とも変わらぬ暗がりであったが、いつもより、私の影が強いようだった。

 我が家の家紋の記された大きな扉が見えてくる。ここらはそれぞれ氏族が集まって暮らしている村の一部だ。大抵は皆、大きな広間とそこから延びる小部屋で共同生活をしている。うちは少々名のある家であるから、広間が少し大きかったりする。

 さて、扉を叩くと、身内の門番が出てきた。久しぶりだとその門番に言うと、大層な驚きを見せたが、快く向かい入れてくれた。

 扉を開と広間が広がり、正面には、横穴が開かれて大きな強く光が差し込んでいた。その時、広間から通じる小部屋から一人の女性が出てきたのが見えた。私は顔をしかめた。できれば、両親と祖父に少し外に出てみることを伝えてとっとと帰ろうと思っていたが、厄介なことになりそうだった。私が外に出ることが彼女の耳に入れば、一悶着あるだろうからだった。やはり友の言う通り、戻ってきてから報告すればそれでよかったのではないかと思ったほどだった。

 なぜならその女性は、私の許嫁であったからだ。彼女は私の顔を見るや否や顔に笑みを浮かべてお帰りなさいと言った。私はただいま戻りましたと伝えてから。両親の住む部屋に行こうとした。

 すると彼女は私のこの行動に対して悲しそうで、つまらないといった表情をした。話したいことが数知れずあるのだろうが、私は両親と祖父に伝えるべきことがあって来たと言って、彼女に一間に祖父を連れてきてもらうことにした。


 私が両親を部屋から広間に連れて行くと祖父はすでに絨毯に座っていた。祖父や両親の顔は嬉しそうであった。そしてまた一つ厄介ごとを思い出した。前回の聖祭があった日に、親類が全員集まった酒の場で、再び私が戻った時には彼女と婚姻するという話をしていたのだ。てっきり彼女は単純に再会を喜んでいるものだと思っていたが、きっとこっちの話であの笑顔を浮かべていたのだろう。祖父もそれに関してのことを話しに来たのだと思っているのだろう。私は絨毯の中心に座って、ここまでの話をした。

 私が外に出るつもりだと。話すうちに集まった親類と両親、彼女からは強い反発を受けた。私は少し外を覗いたら、すぐに戻ってくるつもりだというと、少しは静かになった。それでも幾人かは私を疑問の目で見ていた。私はどんな理由であれ、外に行くことは変えない。

 この間、祖父は強く口を閉じ、思案するような顔をしていた。それから、祖父は親類の批判の声を止めて、私一人を祖父の部屋へと向かい入れた。祖父の部屋に入るなど相当久しぶりのことだった。

 祖父はいろいろな悩みをまとめるようにゆっくりと話し始めた。

「なぜこうなったのか儂は考えてもわからぬ。お前が何を考えているのかもな。われらはこの地に生をなし、この地にてその生を終える。その間我らは、神が残されたこの聖地に、身を捧げるのみ。お前はそれに、反している。」

 私は、そんなことを誰に決められたのだと反論しようかと思ったが、それはやめた。祖父の反感を買うのはわかっていたからだ。祖父はさらに続けた。

「だが、まあ戻ってくるのであるなら、行かせることを認められなくもない。しかし仕事はどうするのだ」

「仕事の方は補佐官に一任しますから大丈夫です」

「それで大丈夫なのだろうな」

「ええ、帰ってきたら仕事がないということもないでしょうから」

「そうか、戻ってきたら外がいったいどんな景色であったか戻ったら聞かせてくれ。その時、正式な祝言を挙げよう。これはまずお前から彼女に伝えなさい」

 わかりましたと言ってから部屋出た。部屋の外では家のものの多くが私の出てくるのを待っていた。私は外に行ってくることを告げた。すると皆、それぞれが様々な表情を浮かべて部屋へと戻っていった。

 広間が静かになると、私は広間の中央の絨毯に座り込み、懐かしい記憶に浸る。

 そこに彼女はやってきた。


 私は彼女に私が戻ってきたら、祝言を挙げようと言った。彼女は嬉しそうに笑った。それから彼女は私の横でいろいろと話そうとしていたが、私は一人にさせてほしいと言った。彼女は少し俯いたが、すぐに微笑んで小さく頷き部屋へと戻り私を一人にしてくれた。

 それから私はやっと外で見ることのできるそれらの景色に思いをはせた。少しして、自分の部屋に戻ることにした。祖父や両親、彼女からは今日はここで過ごしたらいいと言われたが、早く外を見てみたいのだと言って広間を出た。その時に、荷物を持てるようにと小物がいくつか入りそうな革袋をもらった。それから門番から面白い話を気かせてくれよと頼まれた。

 もちろんそのつもりだと答えてから私は住んでいる階層までもどった。


 部屋に戻るころには、いつもの食堂に寄ったが騒がしくなり始めていた。仕事を終えた男たちが集まり始めているようだ。私も食事を済ませたが、食事ぐらいあの家でとって過ごしても良かったのかもしれないと思った。だが、帰ってくるのが遅くなっただろうと思って結論付けた。それに、いくらか顔見知りの面々に外への旅をしていることを伝える必要もあったのだから、しょうがないことだと思った。この時に私の補佐官にも今回のことを伝え、仕事上の権利を補佐官に一時的に一任することとなった。

 それから部屋へと戻ると、革袋に部屋の幾つか外でも必要になりそうなもの詰め込んだ。あとは食料を食堂で手に入れられるか聞いてみるかと考え床につく。

 私は外というものがなんであるか友から聞くことをしなかったから、楽しみでしかたがなかった。まだ見ぬ世界に一歩ずつ近づいているような気がした。だが、まだそれを見ることができいないことにもどかしさもあった。

 

 そんなことを思いながらその日は寝たのだった。

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