第14話 シトラス城③

翌朝、やや湿った草原を歩き、兵士が集う場所へと向かう。彼らは既に整列しており、誰一人として私語をしていなかった。みな頑なに真正面を向いて次の指示を待っている。

春花は騎士団長という名誉の地位を手に入れ、今日から兵士の強化を行っていく訳だが、春花は自信がなかった。生まれてこの方、秋斗と智也、街の住人としか関わったことがなく、人をまとめ指揮するリーダーをやったことがなかったのだ。

重い肩を無理やり持ち上げて、背筋をピンと伸ばして騎士団の前へ歩く。騎士団らくしくない足並みは、どこか産まれたての子鹿の様にガタガタだった。騎士団の方へ体を向けると、皆の視点は春花一点に集中する。より一層緊張が高まる中、精一杯絞り出した言葉がやっとの思いで出た。

「いい天気ですね!」

彼女はそう告げる。緊張のあまり、顔全体が熱くなるのを感じる。焦っている自分でもわかる、やってしまったと。普通「初めまして」から始まるのに、寄りにもよって天気デッキ。彼女は少しばかりコミュ障でもあるのだ。

そんな中、相も変わらず真顔で突っ立っている騎士団の中から笑い声が聞こえた。彼はそのまま騎士団の群れから出てくると、春花の前に立った。

「いや、新しい騎士団長が来るって聞いてまさか自称勇者なんじゃないかって噂してたら本当に勇者だったし。しかも何、『いい天気ですね』ってまじウケんだけど」

彼は腹を抱えて高らかに笑って見せた。それが数十秒続いてやっと落ち着いたところで再び口を開く。

「いや、ごめんごめん。馬鹿にしてんじゃないんだわ、本当に君が勇者なのかって考えたら驚いちゃって」

「すいません、こういうの初めてで」

「いや、いいんだ。むしろ硬っ苦しい方が割に合わないしな。それに、噂はされてるが、心の中ではめちゃめちゃ期待している。勇者の子孫が帝国を倒してくれるってな。だから、俺らのこと頼むぜ」

彼はそう言って再び騎士団の群れへと入っていく。改めて眺めると、騎士団の目付きも変わっていた。彼の放った言葉が響いたのか、ただじっと眺めていた目付きがやる気全開の目をしている。

躓きさえしたが、再び春花のやる気が上がっていく。今度こそ皆に自分の想いを伝えるため、思いっきりシトラス流の敬礼をする。右手を握りしめ、左胸に打ち出す。

「瑞島槙侍の子孫である我が名は赤井春花。龍の加護を受け、帝国を倒し皆に平和を取り戻すと誓った者。心優しきラクサス様の命により、白薔薇騎士団の団長を努めます!」

大きくな声が整列された騎士団の奥に響き渡る。春花の堂々とした宣言とともに、兵士たちもより一層戦意が混み上がってくる。

「勇者様に栄光あれ!シトラス城に栄光あれ!」

一人の兵士が高らかに声を上げると、他の兵士たちも共に声を上げる。それを見た春花も続いて声を上げる。一人の少女と兵士たちの声がシトラス城内に轟く。それが10分ほどした後、複数人の兵士がこちらに向かってくる。

「自称勇者とかいう居候娘はここにいるのかな?」

突然現れて春花を侮辱するような言動をしたのは、赤黒い鎧に身を包んだ男兵士だった。

「おい、今勇者様に向かってなんつった」

真っ先に反抗したのはマーグレットだった。マーグレットも昨夜に白薔薇騎士団の入団を命じられた。しかし、白き輝かしい鎧の白薔薇騎士団とは相反するく赤黒い鎧はどこかで見覚えがあった。

「存在することで世界に混沌を招く女が規制を上げているなど、なんと呑気なことか。帝国に特攻して早死すれば良いものを」

「貴様もういっぺん言ってみろや!」

赤黒い兵士の言動が許せなかったマーグレットは頭に血が上り、彼に剣を構えてかけ出す。彼はマーグレットの剣に向かって手をかざすと、強烈な突風が吹き始める。体制を崩したマーグレットは勢いよく地面に叩きつけられる。白薔薇騎士団の兵士たちは、今何が起こったのかがわからず動揺している。

「おやおや、まさかそんなに吹き飛ぶとは思いませんでしたよ。元帝国兵とあればそれなりに期待してはいたのですが、失望しましたよ」

「んだと貴様!」

「まだ分かりませんか?あなたは過去に一度私に負けている。シトラス城で最強は私なんですよ」

赤黒い兵士は過去に一度マーグレットと対戦したことがあると言う。そして、その時はマーグレットが敗北しているということになる。マーグレットは一度戦闘を共にした春花だが、かなりの実力を持っている。しかし、そんなマーグレットを上回る彼は一体何者なのか、不穏なオーラが漂う。

「おや、自己紹介がまだでしたね。私はシトラス城陛下の護衛兵のサティウス・ベルサゴーラと申します」

サティウスは会釈とともにこちらを眺め不敵な笑みを浮かべるが、春花はそのおぞましさに躊躇う。

「君が勇者を名乗り続ける限り、帝国は存在し続けその存在を追い求めるだろう。帝国の狙いは君だ。君がここにいればシトラスの住人も巻き込まれよう、もちろん王女も兵士もだ」

こいつの言う通り、わたしは疫病神そのもの。しかし、わたしが消えたとしても、帝国は人を傷つけて領土を広げ世界を手中に収める。これは私だけの問題ではない、世界の問題。それをどのようにサティウスさんに伝えるか。正直、今の戦力じゃ勝ち目はなさそう。どうにかこの場を収められる良い手段はないだろうか。

しばらく沈黙が続き、やがてサティウスは剣を抜いて春花にかざす。

「君が本当に正真正銘の勇者なのならば、その力を見せよ。対して王女にお見せしてないと見えるが、王女も身が軽すぎるゆえわたしが審問に処す」

つまり試験ってことか。随分「勇者」の名を汚されたが、わたしには父の子という想いがある。それに、ここで負けているようじゃ龍の加護を受けた意味がなくなる。絶対に勝ちたい、人を侮辱し存在を否定する者に負けられない。

春花は意を決して戦闘の告白をする。

「わかりました、あなたのおっしゃる通りわたしはただの一般人の可能性もある。しかし、勇者という何興味はない」

「ほほう、興味はないだと」

サティウスは疑問をなげかけてきたが、春花は続ける。

「が、元勇者であった父の名を汚すのは我慢ならん!勝負、サティウス」

春花は腰のレイピアを抜いてサティウスに突きつける。

流石のわたしも憤怒する時はある。それが父の名を汚されること。どんな親友でも家族でも一歩も譲りたくない。今がその時だ、サティウスに負ければシトラス城から退場されるだろう、しかし、ここで勝つことが出来れば団長は継続できる。ついでに不安を募らせている兵士たちに勇者の力を見せることが出来る一石二鳥の状態。こんなに良いコンディションはなかった。

「来い、そしてこの場にいる物全てに証明しろ」

サティウスは春花めげて駆け出す。そして鋭い刃を振り回し、春花に斬りつけてくる。対する春花はダンスをするかのようにステップをし刃を回避する。

まずは様子見ってことか、たとえわたしが攻撃を当てたとしても頑丈な鎧が身を守っているから大してダメージは無いのは分かりきっている。加えてレイピアと鎧の相性は最悪、つまり背負っている使わずの剣か魔法勝負ということになる。

わたしが背負の剣を使わないのは数少ない父の形見だからだ。いつもレイピアを使っているのは形見に傷をつけたくないという理由があるが、最も強い気持ちが復讐のため。父もとい英雄を殺した帝国の最高指揮官を倒す時に使うと決めていた。しかし、今目の前にいるサティウスは今まで戦ってきた者たちと比べものにならない強さを持っている。本当にヤバくなったら使わざるを得ない。

魔法戦は得意じゃないが、そうは言ってられない。我慢するしかないか。

「風魔法・アルウィング!」

春花は魔法を詠唱し、中規模の竜巻を発生させる。竜巻はサティウスを飲み込みやがて刃を発生させ斬り掛かる。春花は大きく迂回しながら立て続けに魔法詠唱をする。

「炎魔法・アルファイア!」

いつから使えたのかが分からない炎魔法を放つ。アルファイアは今も発生している竜巻の中に突撃し、炎の竜巻と化している。

自分の中で魔法の豊富性を感じていた。恐らく龍の加護を受けてから、強力な魔法を使うことができるようになった。前回の港でも突然魔法が使えなくなったのもそのせいだろう。

また、魔法には6つの要素からできている。炎、水、風、雷、光、闇の6属性で人は1つの属性しか扱うことが出来ないが、時折複数属性扱える者もいる。それが魔法に特化している智也である。

しかし、今の春花はこんなことも出来る。再びアルウィングを詠唱して、レイピアに風属性を付与した。レイピアからは風が飛び交っている。

一方竜巻がサティウスを飲み込んで2分が経過しようとしている。すぐに魔法をといても良かったが、あの頑丈そうな鎧は魔法で傷がつくとは思えなかった。しばらく放置しておき、魔法剣を作り出した。

春花は頃合を見計らって魔法を解いた。一瞬のうちに火炎竜巻は跡形もなくなる。しかし、先頭を眺めるシトラスの兵士と春花はその光景に絶句した。竜巻に飲み込まれたサティウスはその場にいなかった。

刹那、春花は後ろから突然やってきた殺気を感じ取り、経験と勘でレイピアを構える。その瞬間、いつからいたのか分からないサティウスが件を振りかざし、レイピアと交わる。

「中々やるじゃないか、旅に出て遊んでいただけではなさそうだ」

サティウスは剣を弾いてバックステップで距離をとった。

あっぶな、今本気で殺しに来ていた。レイピアで防げなかったら確実に頭が斬られていた。しかもどうやって後ろに回り込んだの?途中は穴を掘らない限り後ろに回れないし、空に飛んだとしても影ですぐにわかる。一体何をしたの。

それだけじゃない、パワーも兼ね備えているからこのまま戦っていてもレイピアが折れる。サティウスの剣は通常より太く固く錬成されていて、刃が細いレイピアはそう何度も攻撃を防げない。どうする。

春花はどのように戦っていくかを考えていると、サティウスが次の行動に出る。サティウスは剣を大地に指して魔法を詠唱している。春花はそれに身構えるが、サティウスがとった行動は瞬時に剣の塚をとって風を切り始める。その空間はやがて波紋となって春花目掛けて飛んでくる。いわゆる真空波を物理的に発動させたのだ。

真空波はスピードを増していく。春花がステップの体勢をした頃には遅かった。真空波が春花に命中して大きく吹き飛ばされ、背中が強く城の壁にぶつかる。

「いぎっ!!」

痛い、死ぬほど痛い、久しぶりに吹き飛ばされた。反動で立つことが出来ない、このまま動けないとあたしの負けになる。なんとしてでも立たないと。

春花は痛みが走るのを覚悟で無理やり立ち上がる。体はふらつき、まともに体のバランスを保つことが出来ない。そんな中、サティウスは決着をつけるため全速力で走ってきていた。既に件を構えており、いつでも剣を振ることが出来る状態となっていた。それに気づいた春花はレイピアを構えようとするが、腕が思うように動かずに尻もちをついてしまう。

春花が倒れ込んだ瞬間、春花の首筋目掛けて剣が振るわれた。しかし、接触する手前で剣は止まった。

「この世界の常識は変わった。何も出来なかった哀れな人間は要素体を取り込み、ありとあらゆる技を使えるようになった。しかし、英雄の子がこうも戦力外とは。団長を名乗っていて良く恥ずかしくないな。赤井春花、シトラス城サティウス・ベルサゴーラの審問で追放とする」

サティウスが追放という判決を下す。

終わってしまった。突然団長という責務が始まり唐突に追放されてしまった。けど、帝国と争う為の戦力がまた3人となってしまった。あたしが追放されれば、お兄ちゃんと智也も追放されるだろう。悔しいけど上には上がいるということはまさにこの事。魔物と戦っているだけの者と毎日鍛錬を積んでいる者との核の差だった。認めるしかない、あたしはあの真空波をかわすことも出来なかったんだ。

「わかりました、強い者が勝つ。あなたの言うとおり城から_______」

「お待ちなさい」

春花の言葉を遮り異議申し立てをする女性が現れた。その姿は見たことがある白ドレスに愛らしくも凛々しい顔立ちだった。

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MESSENGERⅡ 〜龍神に選ばれし子孫〜 黒鐵桜雅 @koritukun

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