第46話 紛れもなく、文学だった。

 そして、泊愛久。

 泊愛久の書いた「くずおれて」は、大賞は逃したが、奨励賞に入っていた。

 受賞作品は、コンテストのサイトで、出だしの一部を読むことができるようになっていたので読んでみた。





――くずおれて――



 浜を歩くたびに、一つずつ、彼女は失っていった。

 それがとてもうれしくて、彼女の足どりは軽やかだった。


「失い続けていけば、自分はいつかいなくなる」


 彼女を望む私の前で、彼女はいつも平然とつぶやく。


 砂を踏みしめるサンダルやエスパドリーユやミュールは、彼女の華奢な足に履かれるのを悦んでいるように色彩をふりまく。

 でも、その悦びは、じき取り上げられる。

 波打ち際を歩くうちに、貝殻混じりの白砂が、彼女の足指をくすぐり始める。

 私は、彼女に声をかける。


「脱ぎなよ」


 彼女はその日履いていたサンダルを脱いで、そのまま浜に残して、波で洗われるままに立っている。

 サンダルは波にさらわれ、彼女はワンピースの裾を濡らす。


「切った」


 欠けた巻貝がかかとにつけた傷を、片足立ちになって彼女は私に見せる。

 砂と血がにじむ傷を見せびらかしてから、彼女は私に寄りかかる。

 ふいに訪れた彼女からの接触と髪の匂いに、私はひるんで顔を背け潮風に当てる。


 波にさらわれたはずのサンダルが、足もとに流されてきた。


「いくじがない」


 彼女はサンダルを拾うと、つぶやいた。

 




 彼女と私のちょっとしたひとこまで小説は始まる。

 全てが描かれているわけではない。

 それなのに、二人の今と今までとこれからとが、そして、そこに何かがあるのだと伝わってくる。


 紛れもなく、文学だった。

 純文学。

 最初の一行から。

 読みたい。

 全文を。

 彼女の表現した全てを。


 そう思ったら居ても立ってもいられなくなり、波紋屋ルカにこの作品を通して読んでみたいと言ってみた。すると、奨励賞とゲスト枠の賞を逃した3作品は、今度創刊されることになった新文芸誌に掲載されるので、それまで待って欲しいと言われた。


「新文芸誌、出るんですか」

「はい、コンテストの授賞式で、正式に発表されます。著者の方には事前にお知らせしておきますが、まだ内密にお願いします」

「著者ということは、一般部門の奨励賞の入賞者にもお知らせがいくということですよね」

「担当者から、連絡がいっていると思います」


 受賞を逃した悔しさが、うれしさに転換された。

 泊愛久の小説と、私の小説が、一緒の本に載る。

 それも、新しく発刊される、文芸誌に。

 最高のスタートだ。


「いろいろありがとうございました」

「ました、って、まだこれからじゃないですか。それに、私、約束は守るんです」

「約束、って」

「あなたをデビューさせます! 」

「あ、そうでした、本当に、ありがとうございました」

「だから、ました、じゃなくって」

「ありがとうございます。今後ともよろしくお願いします」

「そう、それです、こちらこそ、今後ともよろしくお願いします」


 お辞儀をし合って、ではまた、と挨拶をして、海都社を後にした。

 


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