第27話 プレコンテストへの道
公募のためのテクニックは多々あるが、まずは、作品をつくり上げなければお話にならない。
今回は、担当者に相談するのがベターだ。
担当者が、推薦者なのだから。
プレコンテストの作品集に掲載されれば、少なくとも存在を知ってもらえる。
存在を知ってもらえれば、本コンテストに参加した時に、作品を読んでもらえる確率はぐっと高くなる。良い作品を書き上げることができたなら、選考を勝ち抜いて、入賞することができるかもしれない。つまり、プレコンテストに参加することは、メジャーデビューへの足掛かりになるかもしれないのだ。
なにより、編集者に作品をみてもらえるというのは、大きい。
現在とりかかっている10万文字作品とスピンオフも、もちろんみてもらえるのだが、コンテストというリアルな戦いの場で戦うための戦術や戦略や武器を、出版の最前線の人間に指導してもらえるというのはありがたい。
そこまで考えて、はっと我に返る。
「げんきん、かな」
たった一通のメールが、感性をかき乱していく。
「とにかく、書こう」
きっと、創作を生業とする者として自分を確立できるまで、こんな波間の小舟状態の連続なのだろう。
一生、波間の小舟かもしれないけれど。
それならそれで、その心持ちを書けばいい。
無駄なことは何一つない。
ないと、思う。
依頼されている原稿の作業と、プレコンテストの作品のプロット作成、そして、泊愛久への小説。
そうだ、本コンテストの作品も。
感性をかき乱すメールは、意欲の炎も焚きつける。
「件名:御連絡ありがとうございました
海都社 編集部
波紋屋 ルカ様
お世話になっております。
凪田真帆子です。
このたびはたいへん素晴らしいお誘いをありがとうございました。
ぜひ、よろしくお願いいたします。
若輩者ですが、精一杯努力いたします。
ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。
プロットもしくはイメージのメモ書きについてですが、以下の内容で形にできないか考えております。
まだ、ほんの走り書きですが、目を通していただき、アドバイスをいただけましたら助かります。
・タイトル:『プラトニックペイン』(仮)
・ジャンル:恋愛メインの近未来SFもしくはファンタジー。ボーイ・ミーツ・ガール、もしくは、ガール・ミーツ・ガール。ポストアポカリプス、もしくはプレアポカリプス、もしくは現代の少し先。この辺りはまだイメージ模索中。
・テーマ:ペイン。痛みの捉え方の変容。プラトニックラブの多様性。
・ストーリー:好意を持った相手に触れると、自分の痛みがその相手に伝染してしまう
・病の性質上、好きになった相手を、永遠に抱きしめることはできない。抱きしめたら、とてつもないペイン・ショックで殺してしまうことになるから。
・病に効く治療法もあるが、あえて治療を受けずに、好きな相手に触れずにひたすら見続けていくという、一種のプラトニックラブに溺れる人々が増えていく。
・そうした人々は自己完結の愛の心地よさに侵蝕されて、そこから抜けられなくなっている。そのため、他者と相互コミュニケーションをとって恋愛を経て結婚に至り家庭を築くというタイプの社会生活の形態が消滅していく。
・自己完結しているため子孫を欲しなくなり、出生率が低下して人口の激減を招く。
・人類は自然滅亡といった破滅への道を辿り始める。
・破滅回避のプログラムが開発される。
・時既に遅しとなるのか、間に合って破滅は回避されるのか。
・登場人物:主な登場人物は少年少女。他はイメージ模索中。
プロットもキャラクター設定もまだ未確定です。
本当にメモ書きです。
お忙しいところお手数をおかけいたしますが、ご確認のほどよろしくお願いいたします。
それでは、何卒よろしくお願い申し上げます。
凪田 真帆子」
メモ書きに加筆し、言葉を選びつつ定型文を参考にして返事を書くと、メールを送信した。
波紋屋ルカからはすぐに返信が来た。
返信の内容は、かいつまんで言うとこんな感じだった。
「テーマ、ストーリーともにたいへん興味深く読ませていただいた。
メモ書きを見た瞬間に光るものが感じ取れた。
できれば早急に打ち合わせをしたい。
打ち合わせまでに、大まかでいいので文章化してきて欲しい。
それをたたき台にして、ブラッシュアップしていきたい。
気をつけた方がよい点として、文章が巧みなので、どうしてもその巧みさに引きずられてしまいがちな点。
テーマや本質に触れる部分は、技巧に走らず、生の声を絞り出すように、叩きつけるように、粗削りでいいのでスパークさせること。
登場人物については、主人公は読者が共感を持てるような設定にして、脇役に個性派、トリックスター的存在を揃えるというのが基本になるが、必ずしもそうしなくてもよい。
この話では、病としてのペインが、人間よりも重きを持った展開になる可能性があるのではないか、それも面白い。
とにかく、今ここでは書ききれないほど、何か言わずにはいられない力が、この作品では描かれるような気がする。
いっそのこと、プレコンテストではなく、本コンテストに応募してみてはどうだろうか。
SF、ファンタジーを想定しているようだが、純文学として書いてみるのもいいかもしれない。
その点も含めて、打ち合わせは綿密にしたい」
文面の最後は、
「編集の私にできるのは、とにかく、凪田さんが気持ちよく作業をできるように環境を調えることです。
どうぞ何かありまあしたら、遠慮なくおっしゃってください」
と、しめくくられていた。
かいつまんだだけでも、かなりの分量の内容がメールには詰め込まれていた。
私は、画面をスクロールしながら、波紋屋ルカが、どうやらこの話をとても評価し気に入ってくれているのだと思った。
この段階では、まだほんのメモ書きにすぎないのに。
純文学にしなかったのは、その領域は泊愛久に捧げたかったからだ。
ジャンルに優劣をつけてはいない。
ただ、純文学以外のものを彼女に捧げるのは、彼女を汚すような気がしている。
ごく個人的な縛り。
こんな縛りを増やしていくのは、言いわけが上手になって何もしない自分を正当化していくのに似ている。
正当化しないと立っていられない、自信の無さ。
これまでに書いたものは、サークルを通した読者であって、彼女一人に向けてのものではなかった。
だから、ジャンルを意識することはあまりなかった。
自分があまり傷つかないで済むように、サークル内で評価の対象になりにくいエッセイやメルヘン的なもので表現活動をしていた。
そうやって趣味として表現活動を続けていくのもありだ。
生活の楽しみとしての創作がもたらしてくれる豊かさも知っている。
けれど、そこに留まっていられない自分を見つけてしまったら、踏み出すしかない。
力をつけたい。
彼女に捧げる最高の文学の結晶を生み出すまでは、チャンスは掴み、外の場で自分がどのように立っていけるのか、試さなければならない。
私は、波紋屋ルカに打ち合わせ承諾の旨をメールすると、早速、作業に取りかかった。
先の10万文字の原稿とスピンオフ、プレコンテスト用のメモ書きのプロット。
それらを仕上げて送ると、打ち合わせの期日を知らせるメールが届いた。
その日は、朝から小雨が降っていた。
一瞬、雨が止んで、雲間から薄日が指した。
そのタイミングで、私は家を出た。
すぐにまた雨は降り始めた。
そぼ降る雨は、徹夜続きで疲れた肌を、やさしく潤してくれた。
肌の潤いは、気持ちをゆるませる。
意欲の適正な放出の後の達成感に満たされて、全てがよい方向に向かっているような気分だった。
そう、海都社に着くまでは。
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