第14話 孤高だけれども傲慢ではない

 あんかけスパゲッティが運ばれてきた。

 太めのスパゲッティに、ソーセージの斜め切り、ピーマン、玉ねぎ、そして、あんかけソース。とろみのあるソースが、少し太めのスパゲッティに絡まり美味しそうだ。湯気のたっているうちにと、私はフォークでスパゲッティを巻きとって、まずひと口。


「美味しい、なつかしい味。下宿で食べた時より、少しソースが濃いかな。コショウも効いてる。タバスコ欲しくなるね、なぜだかこのあんかけソースって」


 私はひと口目を食べ終わると、彼女に話しかけた。

 赤いソーセージをフォークに刺したまま、彼女は、ぼんやりしている。

 何か、遠くを見ているようだった。


「赤いソーセージっていえばタコ型、エビ型、どっち派。エビってシャコにも見えるよね。タコはイカには見えないけど」


 私は一人でしゃべりながら、彼女の様子を伺う。

 いつのまにか皿に置かれたフォークには、斜め切りの赤いソーセージが3個刺さっていた。食べる気がないのだろうか。せっかく久しぶりに会ったのに、何か言いたいことがあるんじゃないのか、気がかりでもどかしい。

 私は、彼女の皿のソーセージが3個並んで刺さっているフォークをとると、彼女の口に押し込んだ。そこで、ようやく、彼女は我に返った。


「ちょっと、乱暴。フォークささった」

「うそ。フォーク、ソーセージに半分しかささってない」

「ささったのよ。金属の味がした」


 彼女のくちびるに、じわりと血がにじんだ。

 でも、それは、彼女が自分でかんだのだ。

 ぼんやりしている時に、くちびるをかんで、我に返る時に、歯をたててしまう。

 彼女のくせだ。

 彼女は自分のくせだと知っているのか、知らないのか、知っていて知らぬふりをしているのか。

 私がどう言っても、彼女は違うと言うだろう。

 それでこそ、彼女なのだから。

 私は安心する。

 そして、再び自分の皿にとりかかる。

 しばらくして、三分の二ほど食べ終えた頃に、


「帰ろうと思って」


 と、何事もなかったように、彼女が言った。


「帰るって、どこへ」

「東京」

「院でも受けるの」

「勉強は、もういいかな」

「じゃあ、働くの」

「働くのも、しばらくいいかな」

「じゃあ、」


 どうするの、と言いかけた言葉をさえぎって、今度は彼女がフォークに刺したきれいなグリーンのピーマンと薄切りのマッシュルームを私の口に押し込んだ。


「ふらふらする、かな」


 私は、はっとして彼女を見た。

 そっか、ふらふらしたいんだ、そうだね、あまりに忙しいと書けないよね。

 脳がフリーズしちゃって、キャパオーバーで仕事のことだけで精一杯で。


「意志を持って、世間から距離を置きたい」


 表層的な私の考えなど、軽々と超えて、彼女は自分の意思を表明する。

 彼女の意思が沁みてくるのを、私は全身で味わった。

 強い前向きの意思を浴びるのは、心地よい。


 それからあとは、店を出るまでお互いに無言だった。


 駅までおくってくれた途中、デパートの地下に寄ると彼女は、「おみやげ」と、ほかほかの包みを手にのせてくれた。


「都まんじゅう」

「わぁ、皮はしっとりしてい、中は、白あんなんだ。味見しちゃお、ん、美味しい」


 はしゃぐ私を見つめる彼女は、いつになく穏やかだった。


「じゃ、また」

「ん、また」


 その日は、そうして、学生の延長のような挨拶で別れた。


 その後、またしばらく音信が途絶えた。

 秋の文芸パレスにひやかしにいかないかと、正月休みに会えないかと、実家に電話すると、いつも旅行中だと言われた。


 彼女の意思を心地よく味わうなどという失態を見せてしまったのが、いけなかったのだろうか。

 彼女の真剣さを受けとめたつもりが、それが、余計なことだったのだろうか。

 彼女は、遥か足下にひれ伏してただ彼女の言葉を受け入れるだけの、従順な聞き手を欲していただけだったのだろうか。

 そうではないだろう。

 孤高であれども傲慢ではないのだから、彼女は。


 本当にもう会いたくないと思われてしまったのだろうかと落ち込んでいたら、桜が咲き始めた頃に絵葉書が届いた。

 消印は雨に濡れて消えたみたいでわからなかったが、葉書の写真は、どこか南の方を思わせる砂浜だった。

 波打ち際には、貝殻や珊瑚のかけらをラフィアで編み込んだブレスレットが半ば白砂に埋もれている。

 ついさっきまで、そこに彼女がいたような気配が、伝わってきた。

 


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